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悪いと思った故に、彼にお礼を言う。

「ありがとうございます。ん?えっと……」
「そういえば自己紹介もまだだったな。僕はこのアトラステア帝国で騎士団長の座を賜っているオリバー=ケストレルだ。オリバーでいい」
「……オリバー?」

その名前を聞いた瞬間、先程のメイド達の会話が脳裏を掠めた。

『くっ!その話は私に効くわ。アレオリーーーー!!!』
『ああ、この子、そういえばアレクサンダー様とオリバー様で妄想した同人誌まで出版してたんだったわねぇ。不敬罪で処刑されそうだわぁ』

そう。あのよく分からない単語が飛び交っていた会話。それの一端――登場人物のうちの一人がやっと分かった。それ故に咄嗟に口から一番言いやすい単語が飛び出たのが良くなかった。

「あ!アレオリの人?」
「っアリスさん!!?何故それを」
「さっき探索してた時に――」
「終わった!!俺達の人生、ここで終わったよ!!!」
「どうかしたのですか?」

ダニエルが目に見えて焦り、周囲にいる人間達が一斉に絶望して地に膝を付けるのを呑気に眺めている私。

「おい、君。アレ?なんだって?」
「アレ?……オリですかね??」

よく分からずに答えたのが良くなかったのだろうか。合言葉感覚で、出した言葉だったのだ。でも周囲がそれでざわついたのを見て、何が起きているんだろうと思う程度だった。

「貴様の存在を、その言葉ごと消し去る」
「え???」

その言葉と共に振り下ろされた人の大きさ程の両刃斧ラブリュス
咄嗟に避けはしたが、地面は私一人が入れるくらいに抉れていた。
さて、今の状況。立派な鎧を着た180以上はあるであろう男が彼と同じ位の大きさの武器を、薄いネグリジェしか纏っていない武器所持なしの無防備な女性……即ち私に振るっている。

「団長!!絵面がやばいので、本気で止まってください。状況を知らない人から見たら、いや、状況を知っていても貴方が完全なる加害者です!!!」
「許さない許さない許さない」

止めようと抱き付いた、部下であろう人達を身体を移動する動きだけで振り払い、オリバーは横に縦に両刃斧ラブリュスを振り続ける。そして、戸惑いながらも、最低限の動きでそれを避け続ける私。

男が振るう武器の風圧は周囲の物体にまで影響を与えていた。周りはいつの間にか傷だらけの人々と地形が変わった大地が横たわっている。何故こんなことになってしまったのか。先程の状況とはまた打って変わってカオスな状況だった。

「あの普通によく分かってないのですが、結局アレオリってなんですか?」
「うわああぁぁああ!この人、意味わからずに言ってたのかー!!」
「消す消す消す消す!!!」

よく分かっていないということを主張するためにも、口に出して聞いてみただけなのだが、男はもっと怒り狂ってしまったようだ。もう一言しか話せない悲しい化け物みたいになってしまっている。

「全員止まれ」

凛と響いたテノール。それと同時に身体がピクリとも動かせなくなった。
この感覚には覚えがあった。あの街で、トーマスの首を刎ねようとした時に止められた時の感覚と全く同じもの。

「おい!アル!!今すぐ魔法を解け!!!」
「ダメだ。解いたらすぐにアリスに危害を加えようとするだろう」
「当たり前だろう!」

どうやらアルと呼ばれたこの魔法の主はアリスの後方……オリバーと向かい合う位置にいるらしく、姿を確認することはできない。しかしながら、声と話し方、そしてなによりも今の状況からあのフードの男であることは確実だった。

「何があったのか知らないが、彼女は眠った状態で、しかも何も教えていない状態でこの国に連れて来てしまったんだ。ここは俺の顔を立てて許してくれないか?」
「…………まあ、確かに、そいつはあの忌々しい単語の意味も分からないと言っていたな。……仕方ない。君に従おう」
「大体その言葉で何が起きたのかは理解した。正直俺もあの風潮にはイラっと来るが、お前は騎士団長だろう。今後は言われても抑えろ」
「はあ?嫌だね!!おい、そこの……」
「申し訳ありません。自己紹介の前に失礼な言葉を発してしまったみたいで。私の名前はアリス……です」

一瞬、ファミリーネームを名乗りそうになったが、私は既に勘当された身。既にこの苗字が嫌いになっていたことも理由の一つであるが、結局口に出すことはしなかった。

「……アリス、まあ、分かったならいい。とにかく僕とアルは、そんな口に出すのもおぞましい関係性ではない。ほら、アル!ブチ切れれば、大体の相手は理解してくれる。僕の勝ちだな」

きっと二人はとても親しいのだろう。
あそこまで怒り狂っていたオリバーが話を聞いた上で、攻撃の意志と怒りを完全にひっこめた。お互いにきちんと信頼関係を築いていないと出来ない行動だ。

「はあ、まあいい。アリス、君に起きたことと今後について説明する。付いて来てくれるか?」

魔法を解いて、ヒラリとアリスの前に舞い降りたアルと呼ばれたその男は、私と目を合わせて懇願する。今まで見たことのない程に美しい容姿の人間が急に目の前に飛び込んできて、少々驚いた。
陽の光に照らされて、キラキラと輝く金の髪の毛に合った綺麗な肌。そして人形のように整った端正な顔にはめ込まれる紅い瞳は、この世のものとは思えない程に美しかったのだ。

「アリス?」
「っ分かりました。よろしくお願いします」

思わず見惚れてしまったが、今は緊張しなければいけない場面だ。カノンやダニエルが警戒していないことから、危険性はないと判断したからついて行くという選択肢を選んだが、警戒はそのままに私は彼の指示に従うことにした。
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