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その日の夜は盛大な宴が開かれた。
私たちが魔導車を直せないかを試している間に掃除されていたらしい街の大食堂で様々な料理が振る舞われる。街の人々が逃げ込んでいた地下や各々の家から残っている食材を持ち寄ったのだと聞いた。
アンドレーを中心に私、カノン、ダニエルを大々的に持ち上げ、一応一緒に魔導車に乗っていた人間たちも歓迎の証として食事が振る舞われる。
しかし私だけはそれに一口も口をつけずに、自分の元に街人が持ってきた食事をアンドレーの方に魔法でこっそりと移動させていた。一人、街の人々に疑いの目を向けながら。

宴が終わった夜。
私、アンドレー、ダニエル、カノンは街で一番大きな宿に案内され、各々部屋を与えられていた。
この宿に入って分かったが、この宿は宿全体に魔物除け――それも外側から内側を、魔物から隠すタイプのものが施されていることが分かった。きっとあの外の死体たちが家に入ろうドアに縋っていたことや、あんなにもたくさんの街の住人が生き残っていたことから、殆ど全ての家に魔物除けが施されているのではないだろうか。そう予想できた。
でも、だからこそ、あの二つの死体があんな惨状になっていたことが不思議だった。何故あの二人だけ外にいたのだろうか。

そうして私は思考を続けながらも、自分が感じた違和感を信じ、横になりながらも周囲への警戒を一晩中解くことはなかった。

警戒をし続けること1時間程。左隣のアンドレーの部屋に入る複数人の足音が聞こえた。それから私の部屋、右隣のカノン、そのさらに隣のダニエルの部屋にも同時に誰かが入ってくる気配を感じる。ドスドスという重い、音からして1人70キロほどはあるであろう大男の足音の群れ。
私の部屋に入ってきたのは3人の男だった。

「よし、眠っているな。さっさと首輪をつけろ。連れていくぞ」

その言葉と同時に、寝ている体勢の私の首元に触れようとする手を掴み、捻りながら引きずり込む勢いで起き上がる。
体重を込めながら、思い切り力をいれたせいで、ボキッと男の腕の骨が折れる音がしたが、気にせず動揺して止まっていたもう一人の意識を沈める。そして冷静さを取り戻して逃げ出そうとしていた最後の男は風の魔法で四肢を縛りつけた。

きっとダニエルとカノンも攫われそうになっているということも簡単に予想できたので、外に出て同様に2人を攫おうとしていた男達も拘束する。逃げられて、他の協力者に知らされたら面倒なので、アンドレ―を攫おうとしていた人間達も拘束しておいた。

「ダニエル!カノン!!目を醒まして」

一度与えられた部屋に戻って、二人をベッドに寝かせながら肩を揺らして声を掛けるが、二人が目覚める気配はなかった。しかし正常な寝息はたてているので、純粋に眠っているだけだろう。そういう薬を夕食で盛られた可能性が高いと咄嗟に分析した。

「そいつらはそんなんじゃあ目を醒まさないぜ」

先程拘束した男の一人が嘲笑うように私に話しかけてくる。

「……何をしたの。いえ、これは正しくないわね。夕食に何かを混ぜたんでしょう。睡眠系の魔法薬って言った所かしら」
「チッ!分かってたのかよ。それで止めなかったとか、アンタ悪趣味だな」
「分かっていなかったけど、貴方達がなんとなく怪しいとは思っていたわ」

しかしこの男は中々口が軽そうだ。しかもこちらを馬鹿にしているということが言葉の端々から分かる。だから、四肢を拘束されて、床に顔を付けている男を蹴り飛ばし、壁にぶつけた。人間を蹴り飛ばすだなんて初めての経験だったが、罪悪感は感じなかった。それどころか心の奥底から湧き上がってくるのは、強い怒り――。

「私、これでも怒っているの」
「ふーん。でもお前が悪いんだぜ?素直に眠っておけばよかったのに」
「何故?貴方達は私達に何をしようとしていたの?」
「知りたいんだったら、そこに転がってる魔道具を自分で首につけて俺達に大人しくついて来いよ、魔法使い化け物さんよお。お前らなんて所詮、魔法を使えるだけの化けも――」

ニヤニヤしながら、説明もなしに、だまし討ちするような形でこんなことをしておいて尚、悪びれることのない男に、怒りの感情は沸点を迎える。

「私は目的を答えろって言ったの。それ以外の答えは許さないわ」
「フッ、ヒィ!!」

踏みつけ、仰向けになった男の顔の真横に魔法で生成した風の槍を突き刺す。床が10センチほど完全に抉れて、下の階が見えるようになった。
この男は何か勘違いしている。もしかしたらこの国には魔法を使える者は使えない者に尽くさなければならない、傷つけてはならないなどという法律か何かがあるのかもしれないが、私はそもそもこの国の人間ではない。国外から来た魔法を使える人間なのだから、何にも縛られていないのだ。ただここを通りがかっただけ。
この街の魔物を倒したのだって、ひとえに南下を続けるため。目の前に障害が現れたから、それを排除しただけなのだ。

「一つ言っておくと、私、この国の人間じゃないの。それに元の国を追い出されたせいで国籍だって抹消されているから、私の存在はこの街の住人と魔導車に乗っていた人間達しか知らない。それらを皆殺しにすれば、私がやったなんて言える人はいないわ。死人に口なしって言うでしょう。この意味、分かるかしら?」

ただしこの後には、『と言っても、私はやるつもりはないけど』という言葉が付くが、完全に私の脅しを信じて、怯え切った男は全てを洗いざらい吐いた。

この街は魔物を退けるために、魔法が使える者を首に付けた魔道具――命令に従わないと、爆発して首を吹き飛ばす――で支配し、家に魔物除けの魔法陣を書かせたり、魔物が侵入してきた時には囮にしたり、魔物の討伐をさせたりなどさせているらしい。

「ふんっ!魔法を使えるやつらを弱い俺達が利用して何が悪いんだ。俺は、俺達は、お前達魔法使い化け物に街を守らせてやっているのに。それなのに、あの雑魚は魔物数匹倒しただけでくたばりやがって。だから、だから代わりが必要なんだよ」
「なるほど。外にあった死体は貴方達が見捨てた魔法使いの最後、というわけですか」

あまりに自己中心的なこの男と街の人間達の醜さに吐き気がする。
ノルネンツでも確かに私たちに対しての扱いは酷かったが、エジェリーやアリスの兄なんかは、どちらかというとこういう酷い扱いとは真逆の高待遇を受けていたので、魔法を使えるという人間に対する差別がここまで酷い場所があるだなんて知らなかった。
魔法が使えないから守られて当然、魔法が使える者は弱い人間を守って当然。そんな考え方がとにかく気持ち悪かった。とにかくこいつらと関わりたくない。そう強く思ったのだ。

「首に付けられた魔道具の解除方法は?」
「んなもんねーよ」
「右半身と左半身、貴方はどちらが好き?」
「え……」
「片方は残してあげます」

ニッコリと笑顔でそう声を掛けると、意味を察した男は青褪め、街のまとめ役であるトーマスという人間しか解除は出来ないと悔しそうに吐き出した。

「じゃあ、そのトーマスをここに連れて来てください。今すぐ」

きっと私は、彼を殺しかねないほどに冷たい瞳をしていたのだろう。
目の前の男は怯え切ってガタガタと震えながら立ち上がった。
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