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「とにかく私はこの国を出ていくことになったの。正直二人の今後の処遇については私には分からない。エジェリーの話だと私が二人に命令したことになってるみたいだから、多分大丈夫だと思うんだけど……エジェリーの部隊に配属されるにしても、他の部隊に配属されるにしても、問題を起こしちゃ駄目だよ」
「は?」
「師匠……何を言っているのですか」
「だから貴方達二人の今後について、だよ。二人共ちゃんと実力はあるんだから、きっと上手くやっていける。私の事なんて忘れて二人共元気でね。二人が私のために怒ってくれたの正直ちょっと嬉しかったよ」
まるで弟妹のように可愛がってきた二人の部下に声援を贈る。
本物の妹であるエジェリーに関しては苦い思い出しかなかったが、ダニエルとカノンが私を慕って、ずっと付いてきてくれていたことは、私にとってとても幸せな時間だった。だからこれから国を追われる前に『今回の事はなかったように振舞え』という意味を込めて釘を刺す。
この二人の性格からして復讐を考えてしまうかもしれない。もしかしたらそれ以前に残るなんて言わずについてくるとすらいうかもしれない。
しかし私がこれから行くのは本当の名前も素性も明かせない、何の立場も持たない茨の道だ。もしかしたら一般人という立場よりも厳しい状況に陥るという可能性も考えられる。
ダニエルは孤児だが、カノンは貴族だ。確かにこの二人はその能力や血筋、容姿そして立場からこの国ではあまり良い扱いを受けて来ていないという事は知っている。しかしこんな先も見えない、明るい未来もない人間と一緒に地の底まで堕ちるくらいだったら、今回の真実を知った上でもこの国で過ごし続ける方が二人にとっても幸せだろう……と、そう考えていた。
「僕はアリスさんから離れるつもりなんて微塵もありませんが?」
「私も地獄の果てまで師匠について行くつもりなので、こんな最低な国には残るつもりはありませんよ?」
「だからそれが駄目だって――」
「アリスさんは何か勘違いをされているようですが、僕らはこの国に仕えていたわけではありません。貴女だからずっと付き従っていただけです。だから貴女がこの国から追い出されるというのなら、当然ついて行きます」
二人の瞳は揺るぎなかった。一応この国は私の故郷でもあるが、二人の故郷でもある。だから二人まで無理に自分に付いてくることはないのだと言いくるめるつもりだったのだ。
「でもカノンは家族がいるでしょう?」
「あー……師匠に心配を掛けないために言っていなかったのですが、私はもう既にあの人達とは他人の間柄です。退魔師を目指した時には既に縁を切っていました」
「え、は??」
「そんな顔しないでくださいよ。私はこれでもこの結果に満足しているんですから」
カノンの実家は貴族――伯爵家だった。私との出会いはカノンが13歳の頃、エジェリーに押し付けられた仕事で王都の周辺の巡回をしていた時のことである。
ここ十数年で一気に増えたことだが、カノンが乗っていた馬車は魔物に襲われていた。それを当時助けたのが私だった。その後そこから数年の全く会わない期間があり、気がついた頃には部下として彼女が私の元に配属されていた。
どこぞの昔話の鶴のように『あの時、助けてもらった者です。貴女に恩返しがしたくて、会いにきました』と言われた時は、面食らったものだ。
そして今も、私は驚きに顔を引きつらせる。
確かに部下になった当初すぐにカノンの両親にも挨拶に行こうとしたが、結局色んな書類や討伐などに立て続けに対応することになったことに加え、カノン自身も両親の事を有耶無耶にしようとしている節があった。だから私も結局、両親についてまで関わって欲しくないのだなと勝手に納得して、挨拶に行くことは断念したのだ。
ずっと気づけなかった自分に呆れながらも、私は未だ二人の『同行する』という言葉を覆すのを諦めきれていなかった。
「……私はこれから明日のご飯すら食べられるか分からない毎日を送るのよ?」
「ご飯がないんだったら、僕達が狩るなりなんなりして作りますよ」
「家もないし――それ以前に寝床すらないのよ?」
「私、昔から野営っていうのに憧れてたんです」
「っ退魔師という立場も失くすのよ?お金もないし、欲しい物も買うことが出来な――」
「「別にそんなものには興味ないです」」
最後は私の声を遮りながらも、カノンとダニエルの声が綺麗に重なる。
「僕は何を捨ててでも、貴女と共に在りたい」
「私も師匠と一緒なら、どんな状況でも幸せです」
「……バカね」
「ええ。バカでいいです」
私がこれ以上、説得という名の反論をすることがないと分かった二人は朗らかに笑った。思わず口から出てしまったが、こんな先の見えない自分についてくるなんて『バカだ』と思ってしまったこの罵りの言葉も軽くかわされてしまう。
二人を言いくるめて置いていこうとしていた筈なのに……結局言いくるめられたのは私の方だった。二人には申し訳ないと思いながらも、一人じゃないという事を改めて実感して、いつの間にか二人に対して微笑んでいた。
信じていた者に易々と捨てられた直後に、別の大切な者達が自分を捨てずに共に行くと言ってくれた。それが純粋に嬉しかったのだ。
こうして一人出ていく筈だったのが、三人で一緒に出ていくという予定に塗り替わったのだった。
「は?」
「師匠……何を言っているのですか」
「だから貴方達二人の今後について、だよ。二人共ちゃんと実力はあるんだから、きっと上手くやっていける。私の事なんて忘れて二人共元気でね。二人が私のために怒ってくれたの正直ちょっと嬉しかったよ」
まるで弟妹のように可愛がってきた二人の部下に声援を贈る。
本物の妹であるエジェリーに関しては苦い思い出しかなかったが、ダニエルとカノンが私を慕って、ずっと付いてきてくれていたことは、私にとってとても幸せな時間だった。だからこれから国を追われる前に『今回の事はなかったように振舞え』という意味を込めて釘を刺す。
この二人の性格からして復讐を考えてしまうかもしれない。もしかしたらそれ以前に残るなんて言わずについてくるとすらいうかもしれない。
しかし私がこれから行くのは本当の名前も素性も明かせない、何の立場も持たない茨の道だ。もしかしたら一般人という立場よりも厳しい状況に陥るという可能性も考えられる。
ダニエルは孤児だが、カノンは貴族だ。確かにこの二人はその能力や血筋、容姿そして立場からこの国ではあまり良い扱いを受けて来ていないという事は知っている。しかしこんな先も見えない、明るい未来もない人間と一緒に地の底まで堕ちるくらいだったら、今回の真実を知った上でもこの国で過ごし続ける方が二人にとっても幸せだろう……と、そう考えていた。
「僕はアリスさんから離れるつもりなんて微塵もありませんが?」
「私も地獄の果てまで師匠について行くつもりなので、こんな最低な国には残るつもりはありませんよ?」
「だからそれが駄目だって――」
「アリスさんは何か勘違いをされているようですが、僕らはこの国に仕えていたわけではありません。貴女だからずっと付き従っていただけです。だから貴女がこの国から追い出されるというのなら、当然ついて行きます」
二人の瞳は揺るぎなかった。一応この国は私の故郷でもあるが、二人の故郷でもある。だから二人まで無理に自分に付いてくることはないのだと言いくるめるつもりだったのだ。
「でもカノンは家族がいるでしょう?」
「あー……師匠に心配を掛けないために言っていなかったのですが、私はもう既にあの人達とは他人の間柄です。退魔師を目指した時には既に縁を切っていました」
「え、は??」
「そんな顔しないでくださいよ。私はこれでもこの結果に満足しているんですから」
カノンの実家は貴族――伯爵家だった。私との出会いはカノンが13歳の頃、エジェリーに押し付けられた仕事で王都の周辺の巡回をしていた時のことである。
ここ十数年で一気に増えたことだが、カノンが乗っていた馬車は魔物に襲われていた。それを当時助けたのが私だった。その後そこから数年の全く会わない期間があり、気がついた頃には部下として彼女が私の元に配属されていた。
どこぞの昔話の鶴のように『あの時、助けてもらった者です。貴女に恩返しがしたくて、会いにきました』と言われた時は、面食らったものだ。
そして今も、私は驚きに顔を引きつらせる。
確かに部下になった当初すぐにカノンの両親にも挨拶に行こうとしたが、結局色んな書類や討伐などに立て続けに対応することになったことに加え、カノン自身も両親の事を有耶無耶にしようとしている節があった。だから私も結局、両親についてまで関わって欲しくないのだなと勝手に納得して、挨拶に行くことは断念したのだ。
ずっと気づけなかった自分に呆れながらも、私は未だ二人の『同行する』という言葉を覆すのを諦めきれていなかった。
「……私はこれから明日のご飯すら食べられるか分からない毎日を送るのよ?」
「ご飯がないんだったら、僕達が狩るなりなんなりして作りますよ」
「家もないし――それ以前に寝床すらないのよ?」
「私、昔から野営っていうのに憧れてたんです」
「っ退魔師という立場も失くすのよ?お金もないし、欲しい物も買うことが出来な――」
「「別にそんなものには興味ないです」」
最後は私の声を遮りながらも、カノンとダニエルの声が綺麗に重なる。
「僕は何を捨ててでも、貴女と共に在りたい」
「私も師匠と一緒なら、どんな状況でも幸せです」
「……バカね」
「ええ。バカでいいです」
私がこれ以上、説得という名の反論をすることがないと分かった二人は朗らかに笑った。思わず口から出てしまったが、こんな先の見えない自分についてくるなんて『バカだ』と思ってしまったこの罵りの言葉も軽くかわされてしまう。
二人を言いくるめて置いていこうとしていた筈なのに……結局言いくるめられたのは私の方だった。二人には申し訳ないと思いながらも、一人じゃないという事を改めて実感して、いつの間にか二人に対して微笑んでいた。
信じていた者に易々と捨てられた直後に、別の大切な者達が自分を捨てずに共に行くと言ってくれた。それが純粋に嬉しかったのだ。
こうして一人出ていく筈だったのが、三人で一緒に出ていくという予定に塗り替わったのだった。
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