2 / 22
1.
しおりを挟む
そうしてどれほどの時間が経っただろう私の足はいつの間にか謁見室、そして王宮を出て、退魔師として与えられた小さな小屋の前に立っていた。
退魔士団の宿舎の片隅にある古く小さな物置部屋を私と私にずっと付いてきている優しい部下二人で改装した部屋。
この国一番の退魔師としての立場を確立している妹・エジェリーに与えられたような、人間が数百人単位で集まってパーティーが出来る程の規模の部屋とは真逆の場所だった。
扉に手を掛けようとするがその手が情けなくも震える。謁見室から逃げ帰り、いつも使っている場所に来たことで少し落ち着きを取り戻したせいだろう。安心感から感情が溢れ出し、いつの間にか視界も溢れ出した涙で滲んでいた。
でも絶対に泣かない。泣いてたまるかと気持ちを無理矢理に奮い立たせる。だって彼と約束したから――。
思い浮かぶのは名前も知らない、顔ももうぼんやりとしか思い出せなない一人の少女。彼女の特徴で一つだけ覚えているのはマントの隙間から時折見え隠れした綺麗な顔と赤い瞳だけだった。
私も同じく赤い瞳を持つが、それよりももっと濃い――まるで紅玉の様に美しい瞳。
彼女は私にとある約束と言葉をくれたのだ。今でも心を支えてくれている大切な言葉だ。それを思い出すと、どんな理不尽な目にあった時でも勇気が湧いてくる。
一瞬だけ遠い昔に思いを馳せ、目が痛くなるくらいに水の張った目を擦った。
「ッアリスさん!」
「師匠!!」
「ダニエル、それにカノン」
背後から掛かった二つの声。それは私の下に唯一ついている二人の部下のものだった。二人の名前を呼んだ声が泣きそうになった直後特有の湿気を帯びてしまうが、それを咳払いで無理矢理誤魔化した。
***
「っ許せない!あの女もこの国のクソ王も」
「両方ともぶっ殺してきます」
「ダニエル、武器を仕舞いなさい。あとカノンも女の子がクソなんていう汚い言葉を使っては駄目です」
二人を自室に招き入れ、事情説明をした直後の反応がこれだった。カノンは王とエジェリーに対してひたすら憤り、ダニエルに至っては魔物専用の威力が高い武器を握って殺害宣言だ。基本的に感情を表に出さない私の代わりに起こってくれているようだった。
感情を露にする人を見ると、人間ある程度冷静になるものだ。私は逆に、そんな二人を見て、先程よりも冷静な思考を取り戻していた。二人の頭を軽く撫でて落ち着かせる。
けれど二人がここまで憤るのも当然だった。なにせ二人は今日この事件が起こった時もずっと私の傍にいて、全てを見ていたのだ。
今日、王都の南に位置する多くの王都民が住む居住区近くに複数の魔物が発生した。
エジェリーの部隊よりも先に魔物の半数を壊滅させていた私達だったが、そこにようやく到着したエジェリーが『残りは私の取り分だから!アンタは来るんじゃないわよ』と一人だけで王都の方向へ向かったのだ……当然、私も流石に残りの魔物をエジェリー一人では狩りきれないだろうと判断し、付いて行こうとした。
しかしエジェリーは私の静止を聞くこともなく、ご丁寧に部下に足止めをさせてまで一人で行ったのだ。
あの場には足止め役にされていたエジェリーの部下もいた筈だが、彼らは当然エジェリーの味方なので、きっと彼女と口裏を合わせたのだろう。これもいつも通りの事なので簡単に予測できた。
そうして私が足止め役達と怪我をさせない程度に戦い、気絶させて、居住区に向かった時には既にそこは血の海だったというわけだ。
ちなみにエジェリーは追い付いた私と居住区を襲った魔物が戦っている時も、死体だらけの街の端で自分だけに結界を張り『わ、私のせいじゃないもん』と震えていた。
結局エジェリーは、私が魔物の最後の一匹が倒された瞬間に正気に戻った。今までガタガタと震えていたにも関わらず、だ。
そうして彼女も流石に今回の件はまずいと考えたのか、今度は無駄に強度の高いお得意の結界で私を居住区に強制的に閉じ込め、再び足止めをした。その間に自分は王宮に戻り、捻じ曲げた事実を報告したのだ。
その後、なんとかエジェリーの結界を解除して王宮に戻った私に待っていたのが、あの父王からの断罪だった。
「本当、やってられないよね。簡単に人を陥れる嘘を吐くエジェリーもそれを信じる父様……いや、ノルネンツ国王も」
ある程度感情を消化しきって、もう笑うしかなかった。それくらいに感情が疲れて、しんどかったのだ。
信じていた者から完全に裏切られて、捨てられた。その事実は確かに私の心に大きな傷を残していた。しかしずっと悲観しているわけにはいかない。私はこれから生まれ育った国からも出て行き、そして独りで生きていくことになる。
だから早く前を向かなければいけないのだ。
退魔士団の宿舎の片隅にある古く小さな物置部屋を私と私にずっと付いてきている優しい部下二人で改装した部屋。
この国一番の退魔師としての立場を確立している妹・エジェリーに与えられたような、人間が数百人単位で集まってパーティーが出来る程の規模の部屋とは真逆の場所だった。
扉に手を掛けようとするがその手が情けなくも震える。謁見室から逃げ帰り、いつも使っている場所に来たことで少し落ち着きを取り戻したせいだろう。安心感から感情が溢れ出し、いつの間にか視界も溢れ出した涙で滲んでいた。
でも絶対に泣かない。泣いてたまるかと気持ちを無理矢理に奮い立たせる。だって彼と約束したから――。
思い浮かぶのは名前も知らない、顔ももうぼんやりとしか思い出せなない一人の少女。彼女の特徴で一つだけ覚えているのはマントの隙間から時折見え隠れした綺麗な顔と赤い瞳だけだった。
私も同じく赤い瞳を持つが、それよりももっと濃い――まるで紅玉の様に美しい瞳。
彼女は私にとある約束と言葉をくれたのだ。今でも心を支えてくれている大切な言葉だ。それを思い出すと、どんな理不尽な目にあった時でも勇気が湧いてくる。
一瞬だけ遠い昔に思いを馳せ、目が痛くなるくらいに水の張った目を擦った。
「ッアリスさん!」
「師匠!!」
「ダニエル、それにカノン」
背後から掛かった二つの声。それは私の下に唯一ついている二人の部下のものだった。二人の名前を呼んだ声が泣きそうになった直後特有の湿気を帯びてしまうが、それを咳払いで無理矢理誤魔化した。
***
「っ許せない!あの女もこの国のクソ王も」
「両方ともぶっ殺してきます」
「ダニエル、武器を仕舞いなさい。あとカノンも女の子がクソなんていう汚い言葉を使っては駄目です」
二人を自室に招き入れ、事情説明をした直後の反応がこれだった。カノンは王とエジェリーに対してひたすら憤り、ダニエルに至っては魔物専用の威力が高い武器を握って殺害宣言だ。基本的に感情を表に出さない私の代わりに起こってくれているようだった。
感情を露にする人を見ると、人間ある程度冷静になるものだ。私は逆に、そんな二人を見て、先程よりも冷静な思考を取り戻していた。二人の頭を軽く撫でて落ち着かせる。
けれど二人がここまで憤るのも当然だった。なにせ二人は今日この事件が起こった時もずっと私の傍にいて、全てを見ていたのだ。
今日、王都の南に位置する多くの王都民が住む居住区近くに複数の魔物が発生した。
エジェリーの部隊よりも先に魔物の半数を壊滅させていた私達だったが、そこにようやく到着したエジェリーが『残りは私の取り分だから!アンタは来るんじゃないわよ』と一人だけで王都の方向へ向かったのだ……当然、私も流石に残りの魔物をエジェリー一人では狩りきれないだろうと判断し、付いて行こうとした。
しかしエジェリーは私の静止を聞くこともなく、ご丁寧に部下に足止めをさせてまで一人で行ったのだ。
あの場には足止め役にされていたエジェリーの部下もいた筈だが、彼らは当然エジェリーの味方なので、きっと彼女と口裏を合わせたのだろう。これもいつも通りの事なので簡単に予測できた。
そうして私が足止め役達と怪我をさせない程度に戦い、気絶させて、居住区に向かった時には既にそこは血の海だったというわけだ。
ちなみにエジェリーは追い付いた私と居住区を襲った魔物が戦っている時も、死体だらけの街の端で自分だけに結界を張り『わ、私のせいじゃないもん』と震えていた。
結局エジェリーは、私が魔物の最後の一匹が倒された瞬間に正気に戻った。今までガタガタと震えていたにも関わらず、だ。
そうして彼女も流石に今回の件はまずいと考えたのか、今度は無駄に強度の高いお得意の結界で私を居住区に強制的に閉じ込め、再び足止めをした。その間に自分は王宮に戻り、捻じ曲げた事実を報告したのだ。
その後、なんとかエジェリーの結界を解除して王宮に戻った私に待っていたのが、あの父王からの断罪だった。
「本当、やってられないよね。簡単に人を陥れる嘘を吐くエジェリーもそれを信じる父様……いや、ノルネンツ国王も」
ある程度感情を消化しきって、もう笑うしかなかった。それくらいに感情が疲れて、しんどかったのだ。
信じていた者から完全に裏切られて、捨てられた。その事実は確かに私の心に大きな傷を残していた。しかしずっと悲観しているわけにはいかない。私はこれから生まれ育った国からも出て行き、そして独りで生きていくことになる。
だから早く前を向かなければいけないのだ。
1,225
お気に入りに追加
2,358
あなたにおすすめの小説
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
冷遇された王妃は自由を望む
空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。
流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。
異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。
夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。
そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。
自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。
[もう、彼に私は必要ないんだ]と
数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。
貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。
実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです
サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――
妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした
水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」
子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。
彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。
彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。
こんなこと、許されることではない。
そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。
完全に、シルビアの味方なのだ。
しかも……。
「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」
私はお父様から追放を宣言された。
必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。
「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」
お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。
その目は、娘を見る目ではなかった。
「惨めね、お姉さま……」
シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。
そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。
途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。
一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる