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その後は大変だった。
団長と私の二人がかりでなんとか争いを止めたはいいが、止めたときには団長の執務室のみならず、隣にある訓練場、数百メートル先にあった宿舎までもが全壊。傭兵達は今日は殆どが休日か任務に出ており、いなかったのが幸いして、数人軽く怪我を負った程度で済んだ。
「まず最初に。僕は誰とも結婚するなんて言ってないし、将来を誓いあった覚えも、世話係になった覚えも、ましてや借金の連帯保証人にもなってない!」
ところどころから不満の声はあがるが、なんとか残っていた塵のような理性で、自分たちが吐いている嘘だという自覚があったのか、先程のような乱闘騒ぎに発展することはなかった。
「これで分かっただろう。ウィリアム、お前はこの傭兵団をやめることなどできないんだ。お前達も反対だろう!?」
「そうだそうだー!」
「やめるなら、このむさくるしい枯れ葉おじさんがやめてください」
「俺と寿退団、決めるだろ?」
「おい!ヒストラ!!俺はやめねえからな!!!」
全員が全員やめさせたくないというのは分かるが、各自の主張が別ベクトルで激しすぎる。というか枯れ葉おじさんに反応したら、認めていることになるのだが、いいのだろうか。
その辺は敢えて突っ込まず、レイヴンの寿退団というウザったい言葉は徹底的に無視して話を進める。
「正直なところ、僕も国に帰りたくなんてありません」
本来だったら、死ぬ場所だし。お墓みたいなイメージで母国を語る。
「でも、僕にはこれでも役割があるから、帰らなければならないんです。父様も心配していると思いますし」
「……父、か。確かに家族というのは大切だ。でもやめるほどのことなのか?お前は既に6年間もここで生活しているんだし、その『役割』とやらも6年間やっていないことになる。それだけ放っておいて大丈夫であれば、お前がやらなくても問題ないということだろう?それにな、俺はもうお前のことを家族のように思っている」
そう言われると言葉に詰まる。
確かにここ数年、聖女の仕事などなにもしていなかったが、どの国でも何かしらの問題が起こったという話は聞いていない。それにこの場所に愛着が湧いているのも事実だった。まるでこの傭兵団は家族のような関係性なのだ。団長が父さんで、他の団員は兄弟のように感じている。バッカスは……近所の酒カスおじさん。
「ほら、ウィリアムも分かったんなら新しい依頼を受けような~。今回はお姫様の護衛だぞ!!やったな!」
「いや、だからやめるって――」
「なんとな!この大陸で最も美しい少女とまで言われたグレシュタット王国の王女を守れとのことだ」
「は?」
予想外の団長の言葉に、口からいつも以上に低い声が漏れた。グレシュタットの王女といえば、私の事だ。私には姉や妹はいないのだから、私以外にその立場に該当する者はいないのである。
いや、父様と母様が私のいない間にハッスルして作った子供っていう可能性も――。
「はあ?それ薄命王女って有名なアレだろ。死人じゃねえか!いくらリアを離したくないからって、無理難題を押し付けるのは見過ごせねえ」
「ああ、それな。俺も驚いたんだが、生きていたって話らしい。なにやら危険な目に遭うところを回避するために12歳の時からずっと隠れて暮らしていたんだとさ。そうだ!これ聞いた、ウィリアムとお前らも、この任務強制参加な。知ってるだろ?守秘義務」
私じゃん。
最も美しい姫というのは知らないが、グレシュタットの第一王女で、生きているのを隠していなんていうのは私以外あり得ないだろう。
「それでな、グレシュタット国王からの依頼によれば、今滞在しているこの街の近くにいるらしいのだが――」
あのクソ親父ーー!!!酷い、酷すぎる。私の事を全く信用していない。
これでも私は帰るつもりでこの傭兵団をやめるとまで言っていたのに……本当に酷すぎる。なんだか裏切られたような気分だ。いや、確かにさっきちょっとだけ団長の言葉に絆されそうにはなったけれども!でも、もっと娘の事を信頼してくれてもいいじゃないか。
そう思いはしたが、ここに来るまでの事を思い出す。
『死んだふりをするので手伝ってください』
『あ。最低でも6年は帰ってきません。帰ってくるとしても18歳の誕生日を迎えた後です』
『生きていることがバレると面倒なので、居場所が分かったとしても手紙は絶対に出さないでください。手紙なんて出して来たら、この国を未来よりも先に私が滅ぼしますから』
……いや、やってるな、これ。
自分の命大事さに、国を滅ぼすとまで言って脅してたわ。きっとこれは父の最大限の嫌がらせなのだろう。それに確かに手紙、出してないじゃん。どうしよう、これでは怒るに怒れない。
今の気持ちとしては、この場で父様からの依頼書とやらを奪い去って、赤子のような奇声をあげながらびりっびりにやぶってやりたいレベルなのだが、そんな大人げないことをするわけにはいかない。私はつい先日18歳を迎えた……成人、即ち大人の聖女サマ(候補)なのだ。
「依頼を受けるのは分かったんだけどー、団長でもまだ見つけられてないやつをどうやって見つけるのよー?」
サリエラがアンニュイな喋り方で不満をたれる。この話題にはあまり興味がないようで、彼女は自身の爪を光に透かして、欠けがないか確かめている。そのまま興味を持たずに立ち去ってくれ!!守秘義務とか知らん!私が許可するから早く帰って!!!
「そう!団長が無理なら僕達がいても無理ですよ。よっ!世界一の実力を持つ男!ナンバーワンッ!!」
「……分かっていないな。俺一人じゃ無理だからお前らを巻き込んだんだろう。依頼書によると、索敵系や探知系の魔法にも引っ掛からないようにしている上に、幼い頃の写真しか残っていなんだ」
くっそ、恥ずかしいセリフ言って持ち上げたのに普通に無視してきたよ、この人。なんだ分かってないって。この状況を誰よりも理解しているのは私なのだが??
もう誤魔化すの無理っぽいし、なにより写真なんていう新情報が出てきてしまった。このまま団長から写真を奪えるか試してみるか?いくら団長の方が私よりも実力者と言えど、不意を突かれたら五分くらいの確率で奪い取れる……か?でも私は未来視の能力で逃げ足にはそれなりに自身がある。だからそんなものに賭けずとも、今からでも逃げたほうが――。
「へえ、写真?ちょっと見せろよ。俺、大陸一の美少女ってどんな顔してるのか興味あったんだよな」
「ちょ、レイヴン!?」
レイヴンが団長に写真を強請る。ここは索敵魔法にも引っ掛からないっていう部分にもうちょい興味持ってよ。写真に近寄るな!そんなことを考えながらも、既に覚悟を決めた私は身体の力を抜く。
そうしてレイヴンの目が見開かれた瞬間、全てがバレたことを直感した。
「これ、リアじゃねえか」
はい!終わった!!!!
団長と私の二人がかりでなんとか争いを止めたはいいが、止めたときには団長の執務室のみならず、隣にある訓練場、数百メートル先にあった宿舎までもが全壊。傭兵達は今日は殆どが休日か任務に出ており、いなかったのが幸いして、数人軽く怪我を負った程度で済んだ。
「まず最初に。僕は誰とも結婚するなんて言ってないし、将来を誓いあった覚えも、世話係になった覚えも、ましてや借金の連帯保証人にもなってない!」
ところどころから不満の声はあがるが、なんとか残っていた塵のような理性で、自分たちが吐いている嘘だという自覚があったのか、先程のような乱闘騒ぎに発展することはなかった。
「これで分かっただろう。ウィリアム、お前はこの傭兵団をやめることなどできないんだ。お前達も反対だろう!?」
「そうだそうだー!」
「やめるなら、このむさくるしい枯れ葉おじさんがやめてください」
「俺と寿退団、決めるだろ?」
「おい!ヒストラ!!俺はやめねえからな!!!」
全員が全員やめさせたくないというのは分かるが、各自の主張が別ベクトルで激しすぎる。というか枯れ葉おじさんに反応したら、認めていることになるのだが、いいのだろうか。
その辺は敢えて突っ込まず、レイヴンの寿退団というウザったい言葉は徹底的に無視して話を進める。
「正直なところ、僕も国に帰りたくなんてありません」
本来だったら、死ぬ場所だし。お墓みたいなイメージで母国を語る。
「でも、僕にはこれでも役割があるから、帰らなければならないんです。父様も心配していると思いますし」
「……父、か。確かに家族というのは大切だ。でもやめるほどのことなのか?お前は既に6年間もここで生活しているんだし、その『役割』とやらも6年間やっていないことになる。それだけ放っておいて大丈夫であれば、お前がやらなくても問題ないということだろう?それにな、俺はもうお前のことを家族のように思っている」
そう言われると言葉に詰まる。
確かにここ数年、聖女の仕事などなにもしていなかったが、どの国でも何かしらの問題が起こったという話は聞いていない。それにこの場所に愛着が湧いているのも事実だった。まるでこの傭兵団は家族のような関係性なのだ。団長が父さんで、他の団員は兄弟のように感じている。バッカスは……近所の酒カスおじさん。
「ほら、ウィリアムも分かったんなら新しい依頼を受けような~。今回はお姫様の護衛だぞ!!やったな!」
「いや、だからやめるって――」
「なんとな!この大陸で最も美しい少女とまで言われたグレシュタット王国の王女を守れとのことだ」
「は?」
予想外の団長の言葉に、口からいつも以上に低い声が漏れた。グレシュタットの王女といえば、私の事だ。私には姉や妹はいないのだから、私以外にその立場に該当する者はいないのである。
いや、父様と母様が私のいない間にハッスルして作った子供っていう可能性も――。
「はあ?それ薄命王女って有名なアレだろ。死人じゃねえか!いくらリアを離したくないからって、無理難題を押し付けるのは見過ごせねえ」
「ああ、それな。俺も驚いたんだが、生きていたって話らしい。なにやら危険な目に遭うところを回避するために12歳の時からずっと隠れて暮らしていたんだとさ。そうだ!これ聞いた、ウィリアムとお前らも、この任務強制参加な。知ってるだろ?守秘義務」
私じゃん。
最も美しい姫というのは知らないが、グレシュタットの第一王女で、生きているのを隠していなんていうのは私以外あり得ないだろう。
「それでな、グレシュタット国王からの依頼によれば、今滞在しているこの街の近くにいるらしいのだが――」
あのクソ親父ーー!!!酷い、酷すぎる。私の事を全く信用していない。
これでも私は帰るつもりでこの傭兵団をやめるとまで言っていたのに……本当に酷すぎる。なんだか裏切られたような気分だ。いや、確かにさっきちょっとだけ団長の言葉に絆されそうにはなったけれども!でも、もっと娘の事を信頼してくれてもいいじゃないか。
そう思いはしたが、ここに来るまでの事を思い出す。
『死んだふりをするので手伝ってください』
『あ。最低でも6年は帰ってきません。帰ってくるとしても18歳の誕生日を迎えた後です』
『生きていることがバレると面倒なので、居場所が分かったとしても手紙は絶対に出さないでください。手紙なんて出して来たら、この国を未来よりも先に私が滅ぼしますから』
……いや、やってるな、これ。
自分の命大事さに、国を滅ぼすとまで言って脅してたわ。きっとこれは父の最大限の嫌がらせなのだろう。それに確かに手紙、出してないじゃん。どうしよう、これでは怒るに怒れない。
今の気持ちとしては、この場で父様からの依頼書とやらを奪い去って、赤子のような奇声をあげながらびりっびりにやぶってやりたいレベルなのだが、そんな大人げないことをするわけにはいかない。私はつい先日18歳を迎えた……成人、即ち大人の聖女サマ(候補)なのだ。
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サリエラがアンニュイな喋り方で不満をたれる。この話題にはあまり興味がないようで、彼女は自身の爪を光に透かして、欠けがないか確かめている。そのまま興味を持たずに立ち去ってくれ!!守秘義務とか知らん!私が許可するから早く帰って!!!
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「……分かっていないな。俺一人じゃ無理だからお前らを巻き込んだんだろう。依頼書によると、索敵系や探知系の魔法にも引っ掛からないようにしている上に、幼い頃の写真しか残っていなんだ」
くっそ、恥ずかしいセリフ言って持ち上げたのに普通に無視してきたよ、この人。なんだ分かってないって。この状況を誰よりも理解しているのは私なのだが??
もう誤魔化すの無理っぽいし、なにより写真なんていう新情報が出てきてしまった。このまま団長から写真を奪えるか試してみるか?いくら団長の方が私よりも実力者と言えど、不意を突かれたら五分くらいの確率で奪い取れる……か?でも私は未来視の能力で逃げ足にはそれなりに自身がある。だからそんなものに賭けずとも、今からでも逃げたほうが――。
「へえ、写真?ちょっと見せろよ。俺、大陸一の美少女ってどんな顔してるのか興味あったんだよな」
「ちょ、レイヴン!?」
レイヴンが団長に写真を強請る。ここは索敵魔法にも引っ掛からないっていう部分にもうちょい興味持ってよ。写真に近寄るな!そんなことを考えながらも、既に覚悟を決めた私は身体の力を抜く。
そうしてレイヴンの目が見開かれた瞬間、全てがバレたことを直感した。
「これ、リアじゃねえか」
はい!終わった!!!!
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