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21.呪いの行方

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「……愛している」

クレアが悲しそうな――でもどことなく満ち足りた様な……相反する感情の乗った顔で愛の言葉を紡ぐ。

(俺も……俺も愛している、クレア)

そう伝えようと口を開くが、何故だか声が出ない。そうして何も出来ない内に、彼女の姿はエストの目の前から掻き消えた――。

***

「ックレア!!!」

エストが目を醒ますと、そこには目の前にあったはずのあの姿はなく、彼女を掴むように伸ばした自身の手と見慣れない部屋の白い天井があるだけだった。

ここはきっと城の医務室だろう。何度か世話になった事があったため、すぐに察することが出来た。
衝動的にベッドから起き上がり、彼女の姿を探そうと部屋を出ようとした――のだが、扉に手を掛けようとしたところで向こう側から扉が開き、つんのめりそうになった。

「エスト様!?」
「……セーレか」
「まだ寝てないと――」
「クレアは!?彼女は何処に……無事、なのか!!?」

しかしそれに対する返事はなかった。
セーレはエストから目を逸らして、申し訳なさそうに下を見て俯くだけ。普段から誰にでもハッキリとした物言いをするはずの彼のその態度にエストの不安は募っていく。

「彼女は……生きているんだよな?」

情けなくも膝をついたエストは、セーレに縋りつくようにして、彼に尋ねる。答えを聞きたいのに、答えを聞くことが怖くて仕方がなかった。

意識が途切れる前の最後の記憶を思い出す。エストは禍々しい魔力に拘束されていた。押しつぶされる様な苦しみと心が芯から塗りつぶされていくような感覚と共に自身の身体から力が抜けていく。こんな状況は今まで経験したことなどなかったが、きっと自分の命はここで終わってしまうのだろうという事が直感的に分かった。

しかしその直後、言葉が聞こえた。紛れもないクレアの声で、その言葉が……。
そして懐かしい気配に身体が包まれたと思ったら、いつの間にか苦しさが消えて、身体に力が満たされていくのを感じた。

その時、エストは察した。自分は彼女に助けられたのだ、と――。


クレアの特異魔法は『詭計きけい』。物の位置を入れ替えたり、他人の視覚を騙して、別のモノを見せたり、感じさせたりなどと言ったことが出来るという魔法だ。

本来であれば使うのは無機物にたいしてだけ。人体にそれを使うには生物学の原理や時空間固定魔術の定義なども関わってくるために、実現出来たとしても術者の負担があまりにも大きいこともあり、あのような使い方をされることはほぼないのだ。
それに加えて、あの状況――途轍もなく強く、凄まじい量の魔力に囚われている状態の人間との空間的位置を入れ替えるという難易度が更に跳ね上がっている状況だったにも関わらず、咄嗟にクレアはその膨大な魔力と魔術の才能でそれをやり遂げたのだった。

だから説明されずとも、エスト自身がクレアの生存の可能性の低さを一番分かっていた。

「あの状態で生きていると言えるのなら……」

セーレから返って来たのはやはり絶望的な返事だった。それでも一縷の望みをかけてクレアは今現在、どのような状況下に置かれているのかを聞く。

しかし、聞いたことを後悔したほどに状況は絶望的だった。
曰く、クレアは今現在、エストにかけられたはずの致死量の呪いによって魂が穢され続けている状態なのだ、と。ケントとマルタが魔法でなんとか一時的に呪いの進行を止めはしたが、いつまた急激に悪化するかは分からない。
意識すらもない。の状態。マルタやケントでさえも『こんな風に呼吸をしているすらも奇跡的』な状態だと言っていたほどだ。

「クレアは何処だ」
「駄目です。今のエスト様をあそこに行かせるわけにはいきません」

背中にある部屋の扉を庇うように、セーレが立ちふさがる。

「セーレ、もう一度言う。これは命令だ。クレアは何処にいるか教えろ。俺は彼女に会いに行かなければならないんだ」
「……申し訳ありません。その命令には従えません」
「……分かった」
「!分かっていただけましたか。よか――」
「もうお前には聞かない。そこをどいてくれ」
「っそれも、駄目です」

セーレを従わせることが出来ないという事を察したエストは無理矢理にでも彼を退かして、扉から出ようとする。しかし、セーレもそんな主人を放っておきなどしない。
エストが魔法でセーレを攻撃すれば、それに対抗する魔法を放つ。一応二人共城内という事を無意識下で認識しており、火力を抑えてはいたが、ベッドは焼け落ち、薬棚は倒れ、机や椅子も引き裂かれたような状態になる。部屋の中は一瞬で廃墟のようにボロボロになった。
セーレは自分の主であるエストに対しても、容赦がなかった。意識を奪ってでも止めようという意志の元だろう。エストの攻撃を防ぐだけではなく、セーレからも攻撃を放つ。

なにせセーレはエストがクレアの元に行って、何をしようとしているのか分かっていたのだ。主の命のためにも、ここを退くわけにはいかなかった。

部屋には正面から睨み合う二人。どちらも決して譲れないものを抱えていた。
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