23 / 31
21.呪いの行方
しおりを挟む
「……愛している」
クレアが悲しそうな――でもどことなく満ち足りた様な……相反する感情の乗った顔で愛の言葉を紡ぐ。
(俺も……俺も愛している、クレア)
そう伝えようと口を開くが、何故だか声が出ない。そうして何も出来ない内に、彼女の姿はエストの目の前から掻き消えた――。
***
「ックレア!!!」
エストが目を醒ますと、そこには目の前にあったはずのあの姿はなく、彼女を掴むように伸ばした自身の手と見慣れない部屋の白い天井があるだけだった。
ここはきっと城の医務室だろう。何度か世話になった事があったため、すぐに察することが出来た。
衝動的にベッドから起き上がり、彼女の姿を探そうと部屋を出ようとした――のだが、扉に手を掛けようとしたところで向こう側から扉が開き、つんのめりそうになった。
「エスト様!?」
「……セーレか」
「まだ寝てないと――」
「クレアは!?彼女は何処に……無事、なのか!!?」
しかしそれに対する返事はなかった。
セーレはエストから目を逸らして、申し訳なさそうに下を見て俯くだけ。普段から誰にでもハッキリとした物言いをするはずの彼のその態度にエストの不安は募っていく。
「彼女は……生きているんだよな?」
情けなくも膝をついたエストは、セーレに縋りつくようにして、彼に尋ねる。答えを聞きたいのに、答えを聞くことが怖くて仕方がなかった。
意識が途切れる前の最後の記憶を思い出す。エストは禍々しい魔力に拘束されていた。押しつぶされる様な苦しみと心が芯から塗りつぶされていくような感覚と共に自身の身体から力が抜けていく。こんな状況は今まで経験したことなどなかったが、きっと自分の命はここで終わってしまうのだろうという事が直感的に分かった。
しかしその直後、言葉が聞こえた。紛れもないクレアの声で、その言葉が……。
そして懐かしい気配に身体が包まれたと思ったら、いつの間にか苦しさが消えて、身体に力が満たされていくのを感じた。
その時、エストは察した。自分は彼女に助けられたのだ、と――。
クレアの特異魔法は『詭計』。物の位置を入れ替えたり、他人の視覚を騙して、別のモノを見せたり、感じさせたりなどと言ったことが出来るという魔法だ。
本来であれば使うのは無機物にたいしてだけ。人体にそれを使うには生物学の原理や時空間固定魔術の定義なども関わってくるために、実現出来たとしても術者の負担があまりにも大きいこともあり、あのような使い方をされることはほぼないのだ。
それに加えて、あの状況――途轍もなく強く、凄まじい量の魔力に囚われている状態の人間との空間的位置を入れ替えるという難易度が更に跳ね上がっている状況だったにも関わらず、咄嗟にクレアはその膨大な魔力と魔術の才能でそれをやり遂げたのだった。
だから説明されずとも、エスト自身がクレアの生存の可能性の低さを一番分かっていた。
「あの状態で生きていると言えるのなら……」
セーレから返って来たのはやはり絶望的な返事だった。それでも一縷の望みをかけてクレアは今現在、どのような状況下に置かれているのかを聞く。
しかし、聞いたことを後悔したほどに状況は絶望的だった。
曰く、クレアは今現在、エストにかけられたはずの致死量の呪いによって魂が穢され続けている状態なのだ、と。ケントとマルタが魔法でなんとか一時的に呪いの進行を止めはしたが、いつまた急激に悪化するかは分からない。
意識すらもない。呼吸をしているだけの状態。マルタやケントでさえも『こんな風に呼吸をしているすらも奇跡的』な状態だと言っていたほどだ。
「クレアは何処だ」
「駄目です。今のエスト様をあそこに行かせるわけにはいきません」
背中にある部屋の扉を庇うように、セーレが立ちふさがる。
「セーレ、もう一度言う。これは命令だ。クレアは何処にいるか教えろ。俺は彼女に会いに行かなければならないんだ」
「……申し訳ありません。その命令には従えません」
「……分かった」
「!分かっていただけましたか。よか――」
「もうお前には聞かない。そこをどいてくれ」
「っそれも、駄目です」
セーレを従わせることが出来ないという事を察したエストは無理矢理にでも彼を退かして、扉から出ようとする。しかし、セーレもそんな主人を放っておきなどしない。
エストが魔法でセーレを攻撃すれば、それに対抗する魔法を放つ。一応二人共城内という事を無意識下で認識しており、火力を抑えてはいたが、ベッドは焼け落ち、薬棚は倒れ、机や椅子も引き裂かれたような状態になる。部屋の中は一瞬で廃墟のようにボロボロになった。
セーレは自分の主であるエストに対しても、容赦がなかった。意識を奪ってでも止めようという意志の元だろう。エストの攻撃を防ぐだけではなく、セーレからも攻撃を放つ。
なにせセーレはエストがクレアの元に行って、何をしようとしているのか分かっていたのだ。主の命のためにも、ここを退くわけにはいかなかった。
部屋には正面から睨み合う二人。どちらも決して譲れないものを抱えていた。
クレアが悲しそうな――でもどことなく満ち足りた様な……相反する感情の乗った顔で愛の言葉を紡ぐ。
(俺も……俺も愛している、クレア)
そう伝えようと口を開くが、何故だか声が出ない。そうして何も出来ない内に、彼女の姿はエストの目の前から掻き消えた――。
***
「ックレア!!!」
エストが目を醒ますと、そこには目の前にあったはずのあの姿はなく、彼女を掴むように伸ばした自身の手と見慣れない部屋の白い天井があるだけだった。
ここはきっと城の医務室だろう。何度か世話になった事があったため、すぐに察することが出来た。
衝動的にベッドから起き上がり、彼女の姿を探そうと部屋を出ようとした――のだが、扉に手を掛けようとしたところで向こう側から扉が開き、つんのめりそうになった。
「エスト様!?」
「……セーレか」
「まだ寝てないと――」
「クレアは!?彼女は何処に……無事、なのか!!?」
しかしそれに対する返事はなかった。
セーレはエストから目を逸らして、申し訳なさそうに下を見て俯くだけ。普段から誰にでもハッキリとした物言いをするはずの彼のその態度にエストの不安は募っていく。
「彼女は……生きているんだよな?」
情けなくも膝をついたエストは、セーレに縋りつくようにして、彼に尋ねる。答えを聞きたいのに、答えを聞くことが怖くて仕方がなかった。
意識が途切れる前の最後の記憶を思い出す。エストは禍々しい魔力に拘束されていた。押しつぶされる様な苦しみと心が芯から塗りつぶされていくような感覚と共に自身の身体から力が抜けていく。こんな状況は今まで経験したことなどなかったが、きっと自分の命はここで終わってしまうのだろうという事が直感的に分かった。
しかしその直後、言葉が聞こえた。紛れもないクレアの声で、その言葉が……。
そして懐かしい気配に身体が包まれたと思ったら、いつの間にか苦しさが消えて、身体に力が満たされていくのを感じた。
その時、エストは察した。自分は彼女に助けられたのだ、と――。
クレアの特異魔法は『詭計』。物の位置を入れ替えたり、他人の視覚を騙して、別のモノを見せたり、感じさせたりなどと言ったことが出来るという魔法だ。
本来であれば使うのは無機物にたいしてだけ。人体にそれを使うには生物学の原理や時空間固定魔術の定義なども関わってくるために、実現出来たとしても術者の負担があまりにも大きいこともあり、あのような使い方をされることはほぼないのだ。
それに加えて、あの状況――途轍もなく強く、凄まじい量の魔力に囚われている状態の人間との空間的位置を入れ替えるという難易度が更に跳ね上がっている状況だったにも関わらず、咄嗟にクレアはその膨大な魔力と魔術の才能でそれをやり遂げたのだった。
だから説明されずとも、エスト自身がクレアの生存の可能性の低さを一番分かっていた。
「あの状態で生きていると言えるのなら……」
セーレから返って来たのはやはり絶望的な返事だった。それでも一縷の望みをかけてクレアは今現在、どのような状況下に置かれているのかを聞く。
しかし、聞いたことを後悔したほどに状況は絶望的だった。
曰く、クレアは今現在、エストにかけられたはずの致死量の呪いによって魂が穢され続けている状態なのだ、と。ケントとマルタが魔法でなんとか一時的に呪いの進行を止めはしたが、いつまた急激に悪化するかは分からない。
意識すらもない。呼吸をしているだけの状態。マルタやケントでさえも『こんな風に呼吸をしているすらも奇跡的』な状態だと言っていたほどだ。
「クレアは何処だ」
「駄目です。今のエスト様をあそこに行かせるわけにはいきません」
背中にある部屋の扉を庇うように、セーレが立ちふさがる。
「セーレ、もう一度言う。これは命令だ。クレアは何処にいるか教えろ。俺は彼女に会いに行かなければならないんだ」
「……申し訳ありません。その命令には従えません」
「……分かった」
「!分かっていただけましたか。よか――」
「もうお前には聞かない。そこをどいてくれ」
「っそれも、駄目です」
セーレを従わせることが出来ないという事を察したエストは無理矢理にでも彼を退かして、扉から出ようとする。しかし、セーレもそんな主人を放っておきなどしない。
エストが魔法でセーレを攻撃すれば、それに対抗する魔法を放つ。一応二人共城内という事を無意識下で認識しており、火力を抑えてはいたが、ベッドは焼け落ち、薬棚は倒れ、机や椅子も引き裂かれたような状態になる。部屋の中は一瞬で廃墟のようにボロボロになった。
セーレは自分の主であるエストに対しても、容赦がなかった。意識を奪ってでも止めようという意志の元だろう。エストの攻撃を防ぐだけではなく、セーレからも攻撃を放つ。
なにせセーレはエストがクレアの元に行って、何をしようとしているのか分かっていたのだ。主の命のためにも、ここを退くわけにはいかなかった。
部屋には正面から睨み合う二人。どちらも決して譲れないものを抱えていた。
444
お気に入りに追加
5,975
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
殿下が私を愛していないことは知っていますから。
木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。
しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。
夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。
危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。
「……いつも会いに来られなくてすまないな」
そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。
彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。
「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」
そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。
すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。
その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。
木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。
彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。
スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。
婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。
父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
君に愛は囁けない
しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。
彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。
愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。
けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。
セシルも彼に愛を囁けない。
だから、セシルは決めた。
*****
※ゆるゆる設定
※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。
※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者の初恋を応援するために婚約解消を受け入れました
よーこ
恋愛
侯爵令嬢のアレクシアは婚約者の王太子から婚約の解消を頼まれてしまう。
理由は初恋の相手である男爵令嬢と添い遂げたいから。
それを聞いたアレクシアは、王太子の恋を応援することに。
さて、王太子の初恋は実るのかどうなのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愚か者は幸せを捨てた
矢野りと
恋愛
相思相愛で結ばれた二人がある日、分かれることになった。夫を愛しているサラは別れを拒んだが、夫であるマキタは非情な手段でサラとの婚姻関係そのものをなかったことにしてしまった。
だがそれは男の本意ではなかった…。
魅了の呪縛から解き放たれた男が我に返った時、そこに幸せはなかった。
最愛の人を失った男が必死に幸せを取り戻そうとするが…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
幼馴染だけを優先するなら、婚約者はもう不要なのですね
新野乃花(大舟)
恋愛
アリシアと婚約関係を結んでいたグレイ男爵は、自身の幼馴染であるミラの事を常に優先していた。ある日、グレイは感情のままにアリシアにこう言ってしまう。「出て行ってくれないか」と。アリシアはそのままグレイの前から姿を消し、婚約関係は破棄されることとなってしまった。グレイとミラはその事を大いに喜んでいたが、アリシアがいなくなったことによる弊害を、二人は後に思い知ることとなり…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください。私は、堅実に生きさせてもらいますので。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアルネアには、婚約者がいた。
しかし、ある日その彼から婚約破棄を告げられてしまう。なんでも、アルネアの妹と婚約したいらしいのだ。
「熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください」
身勝手な恋愛をする二人に対して、アルネアは呆れていた。
堅実に生きたい彼女にとって、二人の行いは信じられないものだったのである。
数日後、アルネアの元にある知らせが届いた。
妹と元婚約者の間で、何か事件が起こったらしいのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる