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27.幸せの音
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目が醒めると、見知らぬベッドの上だった。なんだかすごく幸せな夢を見ていた気がする。普段は寝起きが悪いクレアにしては珍しく、スッキリとした目覚めだった。
しかしそんな幸福感に長く浸ることは出来なかった。周囲には見慣れない魔法道具や装置が置かれており、身体を少し動かしただけで強烈な痛みが走る。意識がなかった時は気にならなかったようだが、いざ意識が戻ってみると大量に刺された点滴やら生命維持装置やらの身体の随所に通った管が痛くて仕方がなかった。それにおかしな装置が口の辺りに付けられているせいで上手く声を出すことが出来ない。息苦しいから、早く外したいのに……。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が鳴り響いた。
「クレア、お見舞いにきたよ……って、目が覚めたのかい!?」
目が醒めて、身じろぐクレアを見て、クリストファーは驚きから、尻餅をつく。久しぶりにみる兄の情けない姿だった。この兄は普段は温厚で冷静な人間を装っているが、案外おっちょこちょいなところもあるのだ。
「すぐに他の皆を呼んでくるね!!」
そうクレアに告げて、走り出す。もう暫くの間、この痛みに耐えなければならないらしい。しかしそんなクレアの様子を察することなく、クリストファーはよほど嬉しかったらしく、笑顔でスキップでもしそうな勢いで遠ざかって行った――。
***
「クレア様!!すぐに装置を外しますね」
ここまでマルタに安心感を覚えたのは初めてだった。彼女のお陰でやっと身体の色んな部分に通されたチューブが外され、痛みが少し消える。
「マルタさん……ありがとう。本当に助かったわ」
「いえ、私達もクレア様がここまで早く目覚めるとは思っておらず、対応が遅れてしまって申し訳ありません」
「ここまで早く……?あれ、その前に私ってなんでこんなところで眠って――」
そこまで言葉にしたところで、頭に強烈な痛みが走った。
思わず頭を強く抑える。頭痛に耐えている中で、ここ暫くの映像が脳裏で再生される。
薬を飲んで死を偽装したこと、ルーネストとして診療所で過ごしたこと、エストを救うために再び王都に舞い戻ったこと、そしてエストを救ったは良いが、今度はエストにかけられた呪いを肩代わりしてしまい、自分が倒れてしまったこと、最後に夢の中でエストに助けられたこと――。
「エスト……エストは今どこにいるの?無事、なのよね?」
「エスト様ですか?大丈夫ですよ。彼はクレア様のお陰で元気です。今クリストファー様が呼びに行ってると思いますが……」
『元気』その言葉を聞いて何よりも安心する。でもそれと同時にマルタのこの様子から、きっとクレアがしたこと、そしてエストとの間にあったこと全てを知っているのだという事を何も言われずとも推測することが出来た。
マルタがクレアを見つめる瞳は優しい。
「……マルタ、一つ変な事を聞いても良い?」
「はい。何でしょうか」
「私、さっきまで夢の中でエストに会ってたんだ」
クレアは楽しそうにその時の様子を思い出しながら話す。
「その夢の中でね、エストは私が欲しかった言葉をたくさんくれたの。ずっと欲しかった言葉。それで私も、そこでならって思って、今まで思っていたことを全て伝えたんだ」
マルタはクレアが途中途中途切れ途切れになりながらも、口を挟まず聞いてくれている。だからクレアは話しやすかった。
「その後のことは記憶がおぼろげなんだけど、夢が醒める前にエストが私の事を抱きしめてくれたことだけは憶えている。すごく心の奥からポカポカして、夢の中の出来事だとしても嬉しかった」
「夢――だけど、あれは夢じゃない」
「え……?」
部屋の入り口から聴き慣れた声で聞き覚えのある言葉が聞こえた。
「あそこでも言っただろう。現実の俺もちゃんとクレアの事を愛している」
「エ、スト!?」
先程までの発言を聞かれていたのかという羞恥心と『あれが現実であった』という予想外の内容をエストの口から聞かされたため、混乱しきっていた。
「ルーネストとしてのクレアにも、あの夢の中でも言った事だが、お前と出会った当初の俺は間違っていた。本当にすまない」
先程とは一転、今度は地面を頭で穿とうとしているのではないかという程の速度で、頭を地につける。マルタは空気を読んだのか、いつの間にかこの部屋からはいなくなっていた。
「でも私は貴方に相応しくない」
貴方に相応しくない。ずっと思っていた事を打ち明ける。クレアは自分でも情けないとは思うが、どうしても彼の隣に立つには相応しくないという考えが心にこびりついて離れないのだ。
「あの夢の中では答えられなかったが、俺は相応しいだの相応しくないだのそんなことどうでもいい。俺がクレアに隣に居て欲しいんだ。自信がないというなら、何度でも言うさ。俺はクレアを愛しているから」
しかしそんな考えは顔を上げて立ち上がったエストによって即座に否定された。
「けれど私が――」
「幸せになって良いはずがない、か?」
「……そう、です」
言おうとしていた言葉を一言一句違わず言い当てられて、驚きに目を見張る。だからクレアは完全に最初の勢いを失ってしまっていた。
「でも俺はクレアが隣にいないと幸せになれないんだ。なにせ俺はお前のために2回も命を捨てようとした馬鹿だからな」
「2回?なんのこと……?」
「まあ、それは追々話していこう。あー、それにしてもクレアが幸せになっちゃいけないっていう理由で俺の隣に居ることを拒むのなら、俺の幸せはどうなるんだろうなー」
白々しい様子でそんなことを言いながら、エストが此方をちらちらと見てくる。その見たこともない程にキョドキョドした様子が少し可笑しくて、面白くて、思わず笑みを零してしまう。
今までこんなエストから軽口を叩くような発言をされることはなかった。だから余計に笑いのツボにはまってしまったのだ。
それを見て、エストが再び真面目な顔つきに戻った。
「もしお前が幸せになってはいけないと思っているのなら、こう考えてくれないか?俺の隣にいて、俺を幸せにしてくれ……そしたら俺も嬉しい」
とても傲慢な言葉だ。しかしクレアにとってこれ以上の救いの言葉はなかった。
好きな人にここまで言わせて、断れるわけがない。クレアのそこからの返事は決まりきっていた――。
******
あとがき:
今めっちゃタイピングしまくって、続き書いているので文章の推敲が出来ていません。後々誤字修正などをいれます。
しかしそんな幸福感に長く浸ることは出来なかった。周囲には見慣れない魔法道具や装置が置かれており、身体を少し動かしただけで強烈な痛みが走る。意識がなかった時は気にならなかったようだが、いざ意識が戻ってみると大量に刺された点滴やら生命維持装置やらの身体の随所に通った管が痛くて仕方がなかった。それにおかしな装置が口の辺りに付けられているせいで上手く声を出すことが出来ない。息苦しいから、早く外したいのに……。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が鳴り響いた。
「クレア、お見舞いにきたよ……って、目が覚めたのかい!?」
目が醒めて、身じろぐクレアを見て、クリストファーは驚きから、尻餅をつく。久しぶりにみる兄の情けない姿だった。この兄は普段は温厚で冷静な人間を装っているが、案外おっちょこちょいなところもあるのだ。
「すぐに他の皆を呼んでくるね!!」
そうクレアに告げて、走り出す。もう暫くの間、この痛みに耐えなければならないらしい。しかしそんなクレアの様子を察することなく、クリストファーはよほど嬉しかったらしく、笑顔でスキップでもしそうな勢いで遠ざかって行った――。
***
「クレア様!!すぐに装置を外しますね」
ここまでマルタに安心感を覚えたのは初めてだった。彼女のお陰でやっと身体の色んな部分に通されたチューブが外され、痛みが少し消える。
「マルタさん……ありがとう。本当に助かったわ」
「いえ、私達もクレア様がここまで早く目覚めるとは思っておらず、対応が遅れてしまって申し訳ありません」
「ここまで早く……?あれ、その前に私ってなんでこんなところで眠って――」
そこまで言葉にしたところで、頭に強烈な痛みが走った。
思わず頭を強く抑える。頭痛に耐えている中で、ここ暫くの映像が脳裏で再生される。
薬を飲んで死を偽装したこと、ルーネストとして診療所で過ごしたこと、エストを救うために再び王都に舞い戻ったこと、そしてエストを救ったは良いが、今度はエストにかけられた呪いを肩代わりしてしまい、自分が倒れてしまったこと、最後に夢の中でエストに助けられたこと――。
「エスト……エストは今どこにいるの?無事、なのよね?」
「エスト様ですか?大丈夫ですよ。彼はクレア様のお陰で元気です。今クリストファー様が呼びに行ってると思いますが……」
『元気』その言葉を聞いて何よりも安心する。でもそれと同時にマルタのこの様子から、きっとクレアがしたこと、そしてエストとの間にあったこと全てを知っているのだという事を何も言われずとも推測することが出来た。
マルタがクレアを見つめる瞳は優しい。
「……マルタ、一つ変な事を聞いても良い?」
「はい。何でしょうか」
「私、さっきまで夢の中でエストに会ってたんだ」
クレアは楽しそうにその時の様子を思い出しながら話す。
「その夢の中でね、エストは私が欲しかった言葉をたくさんくれたの。ずっと欲しかった言葉。それで私も、そこでならって思って、今まで思っていたことを全て伝えたんだ」
マルタはクレアが途中途中途切れ途切れになりながらも、口を挟まず聞いてくれている。だからクレアは話しやすかった。
「その後のことは記憶がおぼろげなんだけど、夢が醒める前にエストが私の事を抱きしめてくれたことだけは憶えている。すごく心の奥からポカポカして、夢の中の出来事だとしても嬉しかった」
「夢――だけど、あれは夢じゃない」
「え……?」
部屋の入り口から聴き慣れた声で聞き覚えのある言葉が聞こえた。
「あそこでも言っただろう。現実の俺もちゃんとクレアの事を愛している」
「エ、スト!?」
先程までの発言を聞かれていたのかという羞恥心と『あれが現実であった』という予想外の内容をエストの口から聞かされたため、混乱しきっていた。
「ルーネストとしてのクレアにも、あの夢の中でも言った事だが、お前と出会った当初の俺は間違っていた。本当にすまない」
先程とは一転、今度は地面を頭で穿とうとしているのではないかという程の速度で、頭を地につける。マルタは空気を読んだのか、いつの間にかこの部屋からはいなくなっていた。
「でも私は貴方に相応しくない」
貴方に相応しくない。ずっと思っていた事を打ち明ける。クレアは自分でも情けないとは思うが、どうしても彼の隣に立つには相応しくないという考えが心にこびりついて離れないのだ。
「あの夢の中では答えられなかったが、俺は相応しいだの相応しくないだのそんなことどうでもいい。俺がクレアに隣に居て欲しいんだ。自信がないというなら、何度でも言うさ。俺はクレアを愛しているから」
しかしそんな考えは顔を上げて立ち上がったエストによって即座に否定された。
「けれど私が――」
「幸せになって良いはずがない、か?」
「……そう、です」
言おうとしていた言葉を一言一句違わず言い当てられて、驚きに目を見張る。だからクレアは完全に最初の勢いを失ってしまっていた。
「でも俺はクレアが隣にいないと幸せになれないんだ。なにせ俺はお前のために2回も命を捨てようとした馬鹿だからな」
「2回?なんのこと……?」
「まあ、それは追々話していこう。あー、それにしてもクレアが幸せになっちゃいけないっていう理由で俺の隣に居ることを拒むのなら、俺の幸せはどうなるんだろうなー」
白々しい様子でそんなことを言いながら、エストが此方をちらちらと見てくる。その見たこともない程にキョドキョドした様子が少し可笑しくて、面白くて、思わず笑みを零してしまう。
今までこんなエストから軽口を叩くような発言をされることはなかった。だから余計に笑いのツボにはまってしまったのだ。
それを見て、エストが再び真面目な顔つきに戻った。
「もしお前が幸せになってはいけないと思っているのなら、こう考えてくれないか?俺の隣にいて、俺を幸せにしてくれ……そしたら俺も嬉しい」
とても傲慢な言葉だ。しかしクレアにとってこれ以上の救いの言葉はなかった。
好きな人にここまで言わせて、断れるわけがない。クレアのそこからの返事は決まりきっていた――。
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あとがき:
今めっちゃタイピングしまくって、続き書いているので文章の推敲が出来ていません。後々誤字修正などをいれます。
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