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16.困惑
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クレアは名前を『ルーネスト』と変え、薬まで飲んで変装しているにも関わらず、一発でエストに本当の名前を言い当てられたために動揺して固まっていた。指の一本すら動かすことが出来ない。全く予想すらしていなかった出来事が起き、思考も真っ白になる。
人間、疚しい事があるとそれは態度に出てしまうようで、クレアは少しでもエストの方を見ないように向こう側からも顔が伺えないように無意識の内にエストの顔がある方向とは逆の方向に顔をそむけてしまっていた。
エストも未だ意識がハッキリしないのかクレアの名前を呼んだ以降は焦りと期待、そして不安が混ざった様な瞳で此方を見つめるだけで何も言ってこない。それどころか誰かに助けを求めるようにどこかソワソワとしている。エストがどういう意図で先程の発言をしたのか理解できなかった。
「エスト様!」
そんな状況をひっくり返したのはマルタの声だった。彼女は先程までケントと話していたが、ルーネストに先程の礼を言いに行こうと此方に注意を向けた時にエストの意識が覚醒していることに気が付いたのだ。すぐに此方に駆け寄ってくる。
「目が覚めたのですね。大丈夫ですか、どこか痛むところや体調が悪いと感じる部分はありませんか!?」
「……マルタか。特に体におかしな点はない。っそれよりもクレアが、クレアが戻ってきたんだ。ここに――」
「っ――!!」
エストはマルタにその事実を見せるように痛いくらいにルーネストの手を取り、掲げようとする。ルーネストの手に触れた事で何故かエスト本人も動揺した様子を見せるが、それも一瞬だった。今度は確証を掴んだとでも言いたげに――興奮しているのか頬が上気していた。ルーネストはいきなり触れられたことに更に動揺し、声が出せなかった。しかしそんな二人の空気を全く察していないマルタはまたもやエストの発言に大きく首を傾げる。
「何を言っているのですか、エスト様。その方はクレア様ではなくルーネストさんです……もしかして特異魔法を強制解除した弊害が――!?」
「ルー、ネスト?」
「はい。エスト様の命の恩人です!」
そこまで言われてエストは再びルーネストの方を注視した。視線はルーネストの足から腹、肩、そして髪の毛、顔まで上ってきた辺りで表情が既に暗いモノに変貌していた。これから泣きだすのではないかと思う程に悲痛な顔。しかしそれでもまだ何か希望を見出すように此方を見続けている。
(何故、そんな悲しそうな顔をするの?貴方には私を邪魔だと思うことはあれど、必要だと思う事などある筈がないでしょう?)
ずっと心に突き刺さっていたその疑問。今まではエストの命を救うために無視し続けて来たソレ。
あり得ないと思いつつ、もしかしたら彼から自分が――クレアとしての自分自身が少しでも必要とされていたのかもしれないとそんな希望を持ってしまう自分が嫌で仕方がなかった。
冷静になるために自分に言い聞かせる。『私が彼に必要とされる事等あり得ない』。
だって最初に『お前の事など必要ない』と宣言したのは彼だ。しかしこれはクレア自身もずっと承諾していたことだ。だからクレアの中で一番大きな部分を占めていたのはこんな自分と彼では釣り合わないという感情だった。
クレアの中ではずっと姉を見捨ててしまった自分というのが認められなかった。それどころか心の何処かで『自分は幸せになる資格などない』という強迫観念染みた心情すら浮かび上がる。
それは喰花病に対する対抗薬を開発した今でも変わることはない。確かに姉の死には……自分の罪には向き合うことが出来た。けれど姉を見捨てた自分の罪を完全に許すことが出来たかというと、そうではなかった。この感情は奥底で無意識の内にずっとクレアを縛り続けるモノなのだ。
だからそんな自分がエストから同じ思いを返してもらえるはずがない。
脳内でそこまで結論が出て、少し冷静になれたところで再びエストが口を開く。
「その――君、失礼だが、その眼鏡を外して、顔を見せてもらえないだろうか」
「……はい」
二人の会話や表情からもしかしたらバレずにこのまま誤魔化せるのかもしれないという希望を持っていたクレアだったが、再び話の矛先が自分に向き、思わず肩を揺らしてしまう。しかしここで拒否をすれば更に怪しく思われてしまうだろう。指が震えながらも掛けていた眼鏡を外す。自分の作った薬の効能を信じるしかなかった。
「これで、大丈夫でしょうか」
「っ瞳が――」
「エスト様?ルネさんにこんな事までさせて、本当にどうしたのですか?」
「……俺の勘違いだったみたいだ。ルーネストもすまなかった。手間を掛けさせてしまった」
「いえ、僕は大丈夫です」
ひとまず誤魔化しきれたことに安心した。安心した……筈だ。しかし『ルーネスト』という名前がエストの口から自分に向けられた瞬間、心の中のどこかで言葉で言い表せないモヤモヤとした感情が湧きあがったのも事実だった。何故だか胸の辺りがツキリと痛む。
自分からあんな偽装工作をしてまでエストの隣から離れた筈なのに、今更元婚約者が見つかったとしても迷惑に思われるだけだろう。
(この感情は持ったままではいけないものなんだ。エストは口では何かと言いながらも優しいから、偽装と言えど婚約者が死んだことに心が引きずられているだけ!勘違いしちゃ駄目!!)
しかしクレアの覚悟は先程のエストの行動や表情の変化を見て、明らかに揺らいでいた……勘違いするなと自分に言い聞かせなければならない程に。
******
更新遅くなってしまい、申し訳ございません。
なんか作者自身がリアルで疲れてるせいか、予定よりもクレアがうじうじし始めてしまった、やべー(;´Д`)
人間、疚しい事があるとそれは態度に出てしまうようで、クレアは少しでもエストの方を見ないように向こう側からも顔が伺えないように無意識の内にエストの顔がある方向とは逆の方向に顔をそむけてしまっていた。
エストも未だ意識がハッキリしないのかクレアの名前を呼んだ以降は焦りと期待、そして不安が混ざった様な瞳で此方を見つめるだけで何も言ってこない。それどころか誰かに助けを求めるようにどこかソワソワとしている。エストがどういう意図で先程の発言をしたのか理解できなかった。
「エスト様!」
そんな状況をひっくり返したのはマルタの声だった。彼女は先程までケントと話していたが、ルーネストに先程の礼を言いに行こうと此方に注意を向けた時にエストの意識が覚醒していることに気が付いたのだ。すぐに此方に駆け寄ってくる。
「目が覚めたのですね。大丈夫ですか、どこか痛むところや体調が悪いと感じる部分はありませんか!?」
「……マルタか。特に体におかしな点はない。っそれよりもクレアが、クレアが戻ってきたんだ。ここに――」
「っ――!!」
エストはマルタにその事実を見せるように痛いくらいにルーネストの手を取り、掲げようとする。ルーネストの手に触れた事で何故かエスト本人も動揺した様子を見せるが、それも一瞬だった。今度は確証を掴んだとでも言いたげに――興奮しているのか頬が上気していた。ルーネストはいきなり触れられたことに更に動揺し、声が出せなかった。しかしそんな二人の空気を全く察していないマルタはまたもやエストの発言に大きく首を傾げる。
「何を言っているのですか、エスト様。その方はクレア様ではなくルーネストさんです……もしかして特異魔法を強制解除した弊害が――!?」
「ルー、ネスト?」
「はい。エスト様の命の恩人です!」
そこまで言われてエストは再びルーネストの方を注視した。視線はルーネストの足から腹、肩、そして髪の毛、顔まで上ってきた辺りで表情が既に暗いモノに変貌していた。これから泣きだすのではないかと思う程に悲痛な顔。しかしそれでもまだ何か希望を見出すように此方を見続けている。
(何故、そんな悲しそうな顔をするの?貴方には私を邪魔だと思うことはあれど、必要だと思う事などある筈がないでしょう?)
ずっと心に突き刺さっていたその疑問。今まではエストの命を救うために無視し続けて来たソレ。
あり得ないと思いつつ、もしかしたら彼から自分が――クレアとしての自分自身が少しでも必要とされていたのかもしれないとそんな希望を持ってしまう自分が嫌で仕方がなかった。
冷静になるために自分に言い聞かせる。『私が彼に必要とされる事等あり得ない』。
だって最初に『お前の事など必要ない』と宣言したのは彼だ。しかしこれはクレア自身もずっと承諾していたことだ。だからクレアの中で一番大きな部分を占めていたのはこんな自分と彼では釣り合わないという感情だった。
クレアの中ではずっと姉を見捨ててしまった自分というのが認められなかった。それどころか心の何処かで『自分は幸せになる資格などない』という強迫観念染みた心情すら浮かび上がる。
それは喰花病に対する対抗薬を開発した今でも変わることはない。確かに姉の死には……自分の罪には向き合うことが出来た。けれど姉を見捨てた自分の罪を完全に許すことが出来たかというと、そうではなかった。この感情は奥底で無意識の内にずっとクレアを縛り続けるモノなのだ。
だからそんな自分がエストから同じ思いを返してもらえるはずがない。
脳内でそこまで結論が出て、少し冷静になれたところで再びエストが口を開く。
「その――君、失礼だが、その眼鏡を外して、顔を見せてもらえないだろうか」
「……はい」
二人の会話や表情からもしかしたらバレずにこのまま誤魔化せるのかもしれないという希望を持っていたクレアだったが、再び話の矛先が自分に向き、思わず肩を揺らしてしまう。しかしここで拒否をすれば更に怪しく思われてしまうだろう。指が震えながらも掛けていた眼鏡を外す。自分の作った薬の効能を信じるしかなかった。
「これで、大丈夫でしょうか」
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「エスト様?ルネさんにこんな事までさせて、本当にどうしたのですか?」
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「いえ、僕は大丈夫です」
ひとまず誤魔化しきれたことに安心した。安心した……筈だ。しかし『ルーネスト』という名前がエストの口から自分に向けられた瞬間、心の中のどこかで言葉で言い表せないモヤモヤとした感情が湧きあがったのも事実だった。何故だか胸の辺りがツキリと痛む。
自分からあんな偽装工作をしてまでエストの隣から離れた筈なのに、今更元婚約者が見つかったとしても迷惑に思われるだけだろう。
(この感情は持ったままではいけないものなんだ。エストは口では何かと言いながらも優しいから、偽装と言えど婚約者が死んだことに心が引きずられているだけ!勘違いしちゃ駄目!!)
しかしクレアの覚悟は先程のエストの行動や表情の変化を見て、明らかに揺らいでいた……勘違いするなと自分に言い聞かせなければならない程に。
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更新遅くなってしまい、申し訳ございません。
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