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15.施術②
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祈るような感情と共にマルタが編み込んでいた魔術式を展開しなおしていく。
解析魔法と魔力の親和、そして解除の工程が綺麗に規則正しい位置に構成された繊細な術式。完璧主義なマルタらしい欠点が何一つ見当たらない術式だった。だからこそ余計に原因が分からなくて、ルーネストの中の恐怖が増す。
しかしここで諦めて、やめるわけにはいかない。なんとか自分を奮い立たせて立ち向かう勇気を出す。
改めて術式を使って解析魔法をかけて、エストの魔力にルーネスト自身の魔力を同化させていく。結論から言うと、解析魔法、そしてエストの魔力と自身の魔力の親和は上手くいった。
しかしいざ『魔力変換』を解除しようとしたら、ルーネストの全身に痛みが走ったのだ。
「っぐ、う――」
エストの攻撃的な魔力が無防備な流れ込んでくる。魔力の親和は完璧な筈なのに拒否反応を起こしていた。元々エストはあまり他人を自分の内側にいれるタイプではない。兄が死んでからは周りに対する警戒心からそれが更に酷くなっていた。
分かっていた事なのに、クレアとしての心は自分自身はやはり姿を変えたとしても、彼を救うためにやっていることだとしても彼の中に入れてもらえないのかという事実を酷く再認識させられ、無意識の内に傷ついていた。
流れ込んで来た部分を内側から焼かれているような、壮絶な痛みが走る。ルーネスト自身元々の魔力、そしてそれに対する耐性が強いせいかマルタの様に吹き飛ばされる様な事は避けることが出来たが、今まで味わったことのない程の痛みをその身に受けていた。
しかし魔力の放出のせいだろう、エストの表情も苦しそうだ。それを見たら自分の痛みなどいつの間にか意識の外に追いやられていた。
「エスト、私は――貴方を傷つけない。絶対に守って見せるから……お願い、私に力を――」
今エストの意識はない。けれどエストの左手を握って、希った。『エストを守りたい』それは彼から離れる前から変わらない願い、そして望み。後半はエストに向けたものというよりは決意に近い思いだった。
しかしどうしたことだろう。その行動を起こした直後、エストの先程までの荒い呼吸は収まり、魔力の拒否反応がぴたりと止んだのだ。
「このまま解除します!あとは頼みました、ケントさん」
その瞬間を好機と見て、術式を最後の解除の工程まで一気に進める。声を掛けるのとほぼ同時にケントの魔力がエストの魔力生成器官を包み込むのを感じた――。
***
「マルタ様、大丈夫ですか?」
「ケン、ト……さん――ッエスト様は!?」
「大丈夫なので、落ち着いてください。先程ルネがやり遂げてくれました」
「よ、良かった――本当に良かった。ありがとう……本当にありがとうございます」
少し遠くの部屋の壁の辺りでケントとマルタが会話しているのが聞こえる。マルタはボロボロと涙を零し、ケントにハンカチを差し出されていた。そして今回はその厚意を素直に受け取り、それで瞳の雫を拭い取る。
ルーネストはそんな二人をなんとなく見つめながら、エストの体調不良の大元を絶てて安心したやら、緊張のしっぱなしで疲れたやらで動くことが出来ず、まだ寝息を立てるエストの隣で呆然と佇んでいた。
「ん――」
「……!」
エストの口から呻くような声が漏れ、瞬間的に彼の方に向き直る。苦しそうな声に何かあったのかと心配して彼の顔を覗き込むが、その心配は杞憂に終わった。見慣れた金色の瞳が久しぶりにその姿を見せる。昔からお月様のようだと思っていたその瞳。クレア自身が好んで、会話で目を合わせる時は必ず眺めていたそれを見ることが出来て、どことなく安心している自分がいた。
長く眠っていたせいだろう。未だにその瞳は焦点が合わないのか瞼をぎゅっと閉じたり、少し開けてみたりをシバシバと繰り返している。そんな傍から見ると少し間抜けな様子を声を掛けるか否かで迷いながらも眺めてしまう。
(可愛い……)
異性を可愛いと思ったらもう既に落ちている証拠だと言われるが、その自覚はとっくの昔にあったので特に気にすることもなくエストのその様子を眺め続けた。
借物とはいえ婚約者として隣に居た時は彼も気を張っていたのか見ることのなかった姿だ。
頭の中のどこか冷静な自分が『今はクレアではなく、ルーネストだ。知らない人間にこんなに見つめられてたらエストも怖いだろう』と諭すが、目を逸らすことは出来なかった。それに急に――こんなにも早く彼が意識を醒ますとは思っていなかったのもあり、内心かなり動揺していたのもある。
しかしそんな一方的に穏やかな時間はやっと瞳の焦点が合ったらしいエストの口から発された言葉によって、終わりを告げた。
「クレ、ア……?」
背中に冷や汗が伝った嫌な感触がした――。
******
あとがき:
久しぶりにアップ出来た気がします。遅くなって申し訳ないです。私事ですが最近寒さで指がかじかんで、PCのタイピングが……orz
それと関係ないですが、新連載一個始めました。タイトルは『妹に罪を着せられて追放を言い渡されましたが、大人しく従いたいと思います~連載版~』です。此方の作品も新連載もちゃんと完結させる気はあります!
あと応援してもらえたら作者は咽び泣いて喜びます(´;ω;`)
2021.01.10 PC上で一部文字化けしてたので修正しました
解析魔法と魔力の親和、そして解除の工程が綺麗に規則正しい位置に構成された繊細な術式。完璧主義なマルタらしい欠点が何一つ見当たらない術式だった。だからこそ余計に原因が分からなくて、ルーネストの中の恐怖が増す。
しかしここで諦めて、やめるわけにはいかない。なんとか自分を奮い立たせて立ち向かう勇気を出す。
改めて術式を使って解析魔法をかけて、エストの魔力にルーネスト自身の魔力を同化させていく。結論から言うと、解析魔法、そしてエストの魔力と自身の魔力の親和は上手くいった。
しかしいざ『魔力変換』を解除しようとしたら、ルーネストの全身に痛みが走ったのだ。
「っぐ、う――」
エストの攻撃的な魔力が無防備な流れ込んでくる。魔力の親和は完璧な筈なのに拒否反応を起こしていた。元々エストはあまり他人を自分の内側にいれるタイプではない。兄が死んでからは周りに対する警戒心からそれが更に酷くなっていた。
分かっていた事なのに、クレアとしての心は自分自身はやはり姿を変えたとしても、彼を救うためにやっていることだとしても彼の中に入れてもらえないのかという事実を酷く再認識させられ、無意識の内に傷ついていた。
流れ込んで来た部分を内側から焼かれているような、壮絶な痛みが走る。ルーネスト自身元々の魔力、そしてそれに対する耐性が強いせいかマルタの様に吹き飛ばされる様な事は避けることが出来たが、今まで味わったことのない程の痛みをその身に受けていた。
しかし魔力の放出のせいだろう、エストの表情も苦しそうだ。それを見たら自分の痛みなどいつの間にか意識の外に追いやられていた。
「エスト、私は――貴方を傷つけない。絶対に守って見せるから……お願い、私に力を――」
今エストの意識はない。けれどエストの左手を握って、希った。『エストを守りたい』それは彼から離れる前から変わらない願い、そして望み。後半はエストに向けたものというよりは決意に近い思いだった。
しかしどうしたことだろう。その行動を起こした直後、エストの先程までの荒い呼吸は収まり、魔力の拒否反応がぴたりと止んだのだ。
「このまま解除します!あとは頼みました、ケントさん」
その瞬間を好機と見て、術式を最後の解除の工程まで一気に進める。声を掛けるのとほぼ同時にケントの魔力がエストの魔力生成器官を包み込むのを感じた――。
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「マルタ様、大丈夫ですか?」
「ケン、ト……さん――ッエスト様は!?」
「大丈夫なので、落ち着いてください。先程ルネがやり遂げてくれました」
「よ、良かった――本当に良かった。ありがとう……本当にありがとうございます」
少し遠くの部屋の壁の辺りでケントとマルタが会話しているのが聞こえる。マルタはボロボロと涙を零し、ケントにハンカチを差し出されていた。そして今回はその厚意を素直に受け取り、それで瞳の雫を拭い取る。
ルーネストはそんな二人をなんとなく見つめながら、エストの体調不良の大元を絶てて安心したやら、緊張のしっぱなしで疲れたやらで動くことが出来ず、まだ寝息を立てるエストの隣で呆然と佇んでいた。
「ん――」
「……!」
エストの口から呻くような声が漏れ、瞬間的に彼の方に向き直る。苦しそうな声に何かあったのかと心配して彼の顔を覗き込むが、その心配は杞憂に終わった。見慣れた金色の瞳が久しぶりにその姿を見せる。昔からお月様のようだと思っていたその瞳。クレア自身が好んで、会話で目を合わせる時は必ず眺めていたそれを見ることが出来て、どことなく安心している自分がいた。
長く眠っていたせいだろう。未だにその瞳は焦点が合わないのか瞼をぎゅっと閉じたり、少し開けてみたりをシバシバと繰り返している。そんな傍から見ると少し間抜けな様子を声を掛けるか否かで迷いながらも眺めてしまう。
(可愛い……)
異性を可愛いと思ったらもう既に落ちている証拠だと言われるが、その自覚はとっくの昔にあったので特に気にすることもなくエストのその様子を眺め続けた。
借物とはいえ婚約者として隣に居た時は彼も気を張っていたのか見ることのなかった姿だ。
頭の中のどこか冷静な自分が『今はクレアではなく、ルーネストだ。知らない人間にこんなに見つめられてたらエストも怖いだろう』と諭すが、目を逸らすことは出来なかった。それに急に――こんなにも早く彼が意識を醒ますとは思っていなかったのもあり、内心かなり動揺していたのもある。
しかしそんな一方的に穏やかな時間はやっと瞳の焦点が合ったらしいエストの口から発された言葉によって、終わりを告げた。
「クレ、ア……?」
背中に冷や汗が伝った嫌な感触がした――。
******
あとがき:
久しぶりにアップ出来た気がします。遅くなって申し訳ないです。私事ですが最近寒さで指がかじかんで、PCのタイピングが……orz
それと関係ないですが、新連載一個始めました。タイトルは『妹に罪を着せられて追放を言い渡されましたが、大人しく従いたいと思います~連載版~』です。此方の作品も新連載もちゃんと完結させる気はあります!
あと応援してもらえたら作者は咽び泣いて喜びます(´;ω;`)
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