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9.回顧

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あの後――ケントと共にエストの治療のために王都に行くことを決心した後、クレアはとある条件を彼に提案する。
その条件とは、王都に行く際には容姿、そして声を違うものに変化させる『変質薬』を飲むのをケントに許可してもらう事だった。

そんな薬があるのであれば、最初から……それもここに来る前から飲んでおけばこんな面倒な手続きをしなくて済んだだろうと思われるかもしれないが、この薬は普段使いには向いていない。
作り方がかなり難しい上に材料も高額、そして服薬した際に激痛が走るのだ。今のクレアでも心配性の兄そして両親から最後に持たせてもらっていたなけなしのお金と今までの給金をかき集めてなんとか滞在予定である1週間分用意できる程度だろう。
だが利点もある。これを飲めば魔力を使えはするが、知り合いでも判別出来なくなるほどにその性質が変質する。これで容姿の問題だけではなく、魔力でバレる可能性も潰すことが出来る。

最初はケントにも不審がられはしたが、今までの事情――この街に来るまではこの国内で散々特異な容姿のことで怪しまれたり、疑われたり、気持ち悪がられたりした上に面倒事に巻き込まれることが多く、不安なのだということを話したら、了承してもらえた。
実際クレアはこの街から一歩でも出て、別の街に行った際には何度もで見られてきたのだ。一応、何一つ嘘は吐いていなかった。

***

王都行は明後日であると知らされたその帰りにこの街唯一の商店で薬の材料を探す。
ここの店主はよほどこの街を愛しているようで食べ物や生活用品と言ったものだけではなく、緊急を要する場合を想定して、診療所から一度でも依頼があった素材は常にそろえるようにしていると以前聞いたことがある。
変質薬の材料は確かに高額ではあるが、診療所の薬の調合でも普通に使用するようなものが殆どだったことが幸いした。何度かこの店でもそれらの素材は見かけたことがあったから安心してここに買いに来られた。

マンドラゴラの心臓、朝薔薇の雫、鴉の涙、夜蜘蛛の糸――。

素材をそこまで見つけたところでラクサの花の植物標本ハーバリウムが並んでいるのを見つける。珍しさと懐かしさから思わずその薄紅色の物体を手に取ってしまう。この花は春と秋にそれぞれ違う色の花をつけるという珍しいものなのだが、手に取った理由はそれではない。

なにせ喰花病マギア・フィオーレのという病気の元凶がこの花だったのだ。正確には空気中に存在するこの花を中間宿主として選んだことによって、その性質が変化したものが喰花病なのである。中間宿主になった故の変化だが、このラクサの花があの病の原因には違いない。
これらもクレアが年単位で病気と自身の身体を研究したことによって分かった事だった。

そしてその原因が解明されてからは国内にあるラクサの花はほぼ全てが伐採され、燃やし尽くされた。
王宮の中心部にも国宝に認定されるほどに大きく、美しいラクサの木があったのだが、クレアとエストが国の代表として見つめる中で魔法によって浄化され、燃やされた。
しかし国内のものは良いが、親交のない他国やどこの国にも属さないものまでは手が回らない。それ故にその対抗策も一時しのぎにしかならなく、国内でも発症する者は減りはしたが、死者は出続けていた。

しかしクレアが残した対抗薬によってそれらも今はゼロになったと先日ケントや他の医師らが話しているのを聞いている。その時には自身の作った薬の成功を知って、胸をなでおろしたものだ。
こうしてこのラクサの花は最近では殆ど見なくなったのだった――。

「会計お願いします」
「はーい……って、おや?」

薬作りに必要な最低限の量の素材、そしていくつかの専用器具と一緒にラクサの花の植物標本ハーバリウムを出すと、店主に驚いたように目を見開かれる。
この植物標本を買おうと思ったことに明確な理由はなかった。むしろ、最初見た時は店の商品にも関わらず割ってやろうかとすら思った。しかし、ふと昔を思い出して、そんなことはできなくなってしまった。

そう。本来ならば恨むべきものである筈のそれを見て、クレアは姉を思い出したのだ。
彼女はラクサの花を好み、毎年この花が開花する時期になると、クレアを招いて二人きりのお茶会を開いていた。年に二回だけの特別なお茶会……あの穏やかで優しい、大切な時間。それに参加するうちにクレアもこの花が姉と同じく大好きになっていた。

そんな姉との思い出の花が病気の原因だったなんて、当時はなんて酷い皮肉だと思い、怨恨を募らせ、焼かれていても何の思いも抱かない程に感情が消え去っていた。
しかし久しぶりに見てみると、優しい思い出が蘇って、姉と同じくこの花を好いていた記憶を、気持ちを思い出したのだ。もう決して帰ってくることのない愛おしいあの日々を――。

「ルネちゃん、中々珍しいものを買ってくね」
「はい。少し懐かしいな、と思って」

ここの店主をしている老年の彼とは当然ながら知り合いだ。なにせ必要なものの買い出しは殆どここに来ているため、通っている内にそれなりに会話を交わす仲になっていた。
何故か『ルネちゃん』とちゃん付けして呼ばれるが、何度指摘しても直らないので、一種の諦めの心境になりながらもその渾名を受け入れつつあった。

「そうかい。毎度。でも当然理由は知っているだろうけど、これ以降は入荷出来ることはないだろうから、大事にしてあげてね」

柔らかく微笑みながら言われたその言葉に頷きながら、会計を済ませた。
店を出て、薬の材料とは別の袋に入れた植物標本を眺める。改めて見てみると、昔のように綺麗な花だなと思えて、心が何か暖かいもので満たされた。そんなところに自身の心境の変化を感じながらも、クレアは家路についたのだった。
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