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「聖女様、僕と踊っていただけますか?」
「は?嫌ですけど」
沈黙――。
あの食堂で会ったアトレー=サントラッシュ侯爵の息子だと名乗るリンドール=サントラッシュからの誘いをイリスは間髪入れずにピシャリと断った。先程までニコニコとしていた表情は何処へ。イリスは完全に無表情だった。
断られたリンドールは先程まで自信満々にハキハキと言葉を紡いでいた口元が大きく歪み、瞳からは涙が溢れそうになっている。きっと彼はその立場から、このように女性に正面から振られた事などなかったのだろう。横でその様を見ていたフェリシアが『うわぁ……ちょっと可哀そうかも』などと思う程度には哀れであった。
「ちょっと、イリス。そんな断り方したら流石に失礼じゃない?」
「いいんです。私、こんな変な人と踊りたくありませ――」
「うん。少し黙ろうか」
イリスよりはオブラートに包むとはいえ、ハッキリとした物言いをするフェリシアが言えたことではないのだが、思わず苦言を呈してしまう。自分と似た……自分よりも酷い例がいると一周回ってまともな思考が出来るというやつだろう。それに加えて会場内でも結構目立っていたし、イリスが悪いと言われる状況にしたくなかったのもある。
しかしイリスはどこまでも正直者だった。追い打ちをかけるように『踊りたくありません』と場の雰囲気が更に気まずくなるような事をズバリと言おうとしたところをフェリシアがギリギリで口を塞いで遮る。
「えっと、その……ごめんなさい。この子、今回の舞踏会にあまり乗り気ではなかったみたいで……」
出来るだけ申し訳なさそうに、反省していているか弱い女性に見えるように気を遣ってリンドールに話しかけながら、彼の方に目を向けた――のだがフェリシアは彼を瞳に入れた瞬間、驚いて目を見張る。
「う、う゛ぅ――ひぐっ。ぼ、僕の誘いを゛断るだっ、なんで……ひどっ――」
「あああ、そんな泣かないでください。ほら、イリスも失礼な態度をとってしまってごめんなさいって言ってますから」
「私、そんなこと言ってな――」
「イ・リ・ス!!!!」
「……はあ。すみませんでした」
あまりにもリンドールがぐちゃぐちゃな泣き顔で鼻をズルズルと啜るものだから、イリスに取り敢えず謝罪をさせながらも、反射的にハンカチを差し出す。正直、面倒くさいなと思わなくもなかったが、このまま放置というわけにもいかないだろうと判断した。リンドールはハンカチを受け取りながらも、未だに涙を拭う気力すらないのか、ぎゅっとそれを握りしめたままで立ち尽くしている。
周りからの視線が痛い。
「ひっぐ――う」
「仕方ないな、もうっ!」
止まる事のない涙に内心呆れながらも、フェリシアは渡したハンカチを半強制的に奪い取るように受け取って無理矢理男の涙を拭う。
自身よりも立場が上の人間に対して無礼なのではないか、その考えは既に頭から抜けきっていた。
こんな目立っている場所であろうと構いなく泣き散らす哀れすぎる彼を見ると、昔の泣きべそをかいたイリスと重なってしまって、泣いているのを放っておけなくなったのだ。
顔に触れた瞬間、リンドールはビクリと身体を震わせるが、フェリシアは気にすることなく彼の顔を綺麗にしていった。
***
「落ち着きましたか?」
「…………はい。ご迷惑をおかけしました」
急に泣き始めたリンドールにイリスもドン引きしており、既にこれ以上の悪手を打たないように口をつぐんでいる。
リンドールの声は未だに湿気を帯びているが、一応は落ち着きを取り戻したようだった。
気がつけば、会場の各所から既に注目されており、フェリシアも早く帰りたいとしか思えなくなっていた。しかし、イリスが泣かせてしまった彼を放っておくわけにはいかないというその一心でここに留まっている。
「なんだか注目を集めてしまったようなので、私達はもう帰りますね」
「待ってください!!」
まだ周りの人間がここで何が起きていたのか把握していない内に退散しようと、フェリシアはリンドールにコソっと耳打ちして、背を向ける。あんな醜態を晒したのだ、呼び止められる事などないと思い込んでいたフェリシアとイリスだったが、背後から予想外の静止の声を掛けられる。
「え――」
「あの、貴女のお名前は?」
「フェリシア……ですが」
「あの!また会えますか!?」
「えっと……」
どうにも雲行きが怪しくなってきたと直感する。
なにせリンドールの瞳の色が先程とは全く違うのだ。少し前まではフェリシアに視線すらも向けなかったくせに、今ではイリスを踊りに誘った時とも違う、向けられるだけで溶けそうな、見たこともない熱が籠っていた――。
「は?嫌ですけど」
沈黙――。
あの食堂で会ったアトレー=サントラッシュ侯爵の息子だと名乗るリンドール=サントラッシュからの誘いをイリスは間髪入れずにピシャリと断った。先程までニコニコとしていた表情は何処へ。イリスは完全に無表情だった。
断られたリンドールは先程まで自信満々にハキハキと言葉を紡いでいた口元が大きく歪み、瞳からは涙が溢れそうになっている。きっと彼はその立場から、このように女性に正面から振られた事などなかったのだろう。横でその様を見ていたフェリシアが『うわぁ……ちょっと可哀そうかも』などと思う程度には哀れであった。
「ちょっと、イリス。そんな断り方したら流石に失礼じゃない?」
「いいんです。私、こんな変な人と踊りたくありませ――」
「うん。少し黙ろうか」
イリスよりはオブラートに包むとはいえ、ハッキリとした物言いをするフェリシアが言えたことではないのだが、思わず苦言を呈してしまう。自分と似た……自分よりも酷い例がいると一周回ってまともな思考が出来るというやつだろう。それに加えて会場内でも結構目立っていたし、イリスが悪いと言われる状況にしたくなかったのもある。
しかしイリスはどこまでも正直者だった。追い打ちをかけるように『踊りたくありません』と場の雰囲気が更に気まずくなるような事をズバリと言おうとしたところをフェリシアがギリギリで口を塞いで遮る。
「えっと、その……ごめんなさい。この子、今回の舞踏会にあまり乗り気ではなかったみたいで……」
出来るだけ申し訳なさそうに、反省していているか弱い女性に見えるように気を遣ってリンドールに話しかけながら、彼の方に目を向けた――のだがフェリシアは彼を瞳に入れた瞬間、驚いて目を見張る。
「う、う゛ぅ――ひぐっ。ぼ、僕の誘いを゛断るだっ、なんで……ひどっ――」
「あああ、そんな泣かないでください。ほら、イリスも失礼な態度をとってしまってごめんなさいって言ってますから」
「私、そんなこと言ってな――」
「イ・リ・ス!!!!」
「……はあ。すみませんでした」
あまりにもリンドールがぐちゃぐちゃな泣き顔で鼻をズルズルと啜るものだから、イリスに取り敢えず謝罪をさせながらも、反射的にハンカチを差し出す。正直、面倒くさいなと思わなくもなかったが、このまま放置というわけにもいかないだろうと判断した。リンドールはハンカチを受け取りながらも、未だに涙を拭う気力すらないのか、ぎゅっとそれを握りしめたままで立ち尽くしている。
周りからの視線が痛い。
「ひっぐ――う」
「仕方ないな、もうっ!」
止まる事のない涙に内心呆れながらも、フェリシアは渡したハンカチを半強制的に奪い取るように受け取って無理矢理男の涙を拭う。
自身よりも立場が上の人間に対して無礼なのではないか、その考えは既に頭から抜けきっていた。
こんな目立っている場所であろうと構いなく泣き散らす哀れすぎる彼を見ると、昔の泣きべそをかいたイリスと重なってしまって、泣いているのを放っておけなくなったのだ。
顔に触れた瞬間、リンドールはビクリと身体を震わせるが、フェリシアは気にすることなく彼の顔を綺麗にしていった。
***
「落ち着きましたか?」
「…………はい。ご迷惑をおかけしました」
急に泣き始めたリンドールにイリスもドン引きしており、既にこれ以上の悪手を打たないように口をつぐんでいる。
リンドールの声は未だに湿気を帯びているが、一応は落ち着きを取り戻したようだった。
気がつけば、会場の各所から既に注目されており、フェリシアも早く帰りたいとしか思えなくなっていた。しかし、イリスが泣かせてしまった彼を放っておくわけにはいかないというその一心でここに留まっている。
「なんだか注目を集めてしまったようなので、私達はもう帰りますね」
「待ってください!!」
まだ周りの人間がここで何が起きていたのか把握していない内に退散しようと、フェリシアはリンドールにコソっと耳打ちして、背を向ける。あんな醜態を晒したのだ、呼び止められる事などないと思い込んでいたフェリシアとイリスだったが、背後から予想外の静止の声を掛けられる。
「え――」
「あの、貴女のお名前は?」
「フェリシア……ですが」
「あの!また会えますか!?」
「えっと……」
どうにも雲行きが怪しくなってきたと直感する。
なにせリンドールの瞳の色が先程とは全く違うのだ。少し前まではフェリシアに視線すらも向けなかったくせに、今ではイリスを踊りに誘った時とも違う、向けられるだけで溶けそうな、見たこともない熱が籠っていた――。
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