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12(ディラン視点5)

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それからはフェリシアと手紙を交わし合った……とは言っても最初の方は俺が一方的に送るばかりで、彼女からの返事は中々来なかったが。
確かに”気が向いたら返事を――”的なことは言ったのは俺だ。だが、ここまで返事がないと届いているのかすら分からなくて不安になってくる。

そうして五通ほど送った頃。送り先を間違えているのかとまで疑い始めた時の事だ。フェリシアから初めて返事の手紙が来る。
彼女からの初めて手紙は「元気になったみたいで良かった」と簡潔な一言しか書かれていなかったが、その文字を目にしたの事は嬉しかったからよく憶えている。手紙は今でも俺の宝物だ。

あの日、フェリシアに全てをぶつけた後。俺は親父や母と話し合い、ある程度の自由を得ることができたのだ。以前の様に起きてから寝るまでの時間をガチガチに拘束されて、武術の鍛錬に充てることはなくなった。
手紙に書くのはそれのお礼だったり、初めて遊び目的で行った遠乗りの話、最近読んで面白かった小説や新しく発見したことなど、フェリシアに話したい話題は毎日のように増えて、尽きることはなかった。

文通し始めてからの俺は手紙を一通送ると、朝が来る度にフェリシアからの手紙が来ていないかマーカスに確かめる日々を送っていた。しかし彼女からの返事が来ていることは殆どなく、一日少ししょんぼりする。それの繰り返し。

フェリシアからの手紙はいつも俺が耐え切れなくなって追加で手紙を更に何通か出した後……精々、一ヶ月に一通程度のもので正直寂しさもあったが、手紙の返信が来た時はそんなもの吹き飛ぶくらいに嬉しかった。


でもある時、珍しく俺が手紙を一通出した直後に彼女からの手紙が来た。初めてのことにワクワクして開いたそれに記されていたのは、”どうやら私に婚約者ができたみたいです ”というまるで他人事のように書かれた文面。そこからは俺の手紙に対しての返事やらが書かれていたがそんなものどうでもいい。

一瞬何が書いてあるのか理解できなかった。しかし手紙の内容を頭が完全に理解した瞬間、心臓を鋭いもので貫かれたような痛みが走る。

「婚約……フェリシアに婚約者?」

その時になって気づいたんだ。俺は既にフェリシアに心を奪われていたことを。
手紙一通届いているか否かで一喜一憂する時点で気づくべきだった。俺はフェリシアの事が好きだ……狂おしい程に。

それと同時に泣きそうな程に悔しかった。俺が今、いくら望んだとしても手に入らないその座は彼女にとってはそんな簡単に、無感情に一言で片付けられてしまうものだったのだ。
でも当時の俺の返事も最悪だった。
俺の返事は"お前みたいなのを貰ってくれる人間が現れて、良かったな。お前もこれを機に少しは淑やかになったらどうだ?"だ。
いくら悔しくて自分の気持ちを悟らたくないがためにも意地を張っていたと言っても、我ながら酷い答えだったと思う。

その後からは手紙を書く頻度は一気に減った。フェリシアに手紙を書こうとすると、気持ちがぐちゃぐちゃになって、どうしても自分の気持ちを吐き出してしまう。そんな手紙、婚約者がいる彼女に送ることなど出来る筈もなく、家には送ることが出来なかった手紙が溜まっていくばかり。あんなに書いていた手紙を送るのは、いつの間にか一月に一回程度になっていた。
でも頻度が減ったとしても手紙を送る事だけはやめられなかった。未練と言っても良いかもしれない。それほどまでに彼女の事が好きだったのだ。

結局それから暫くして魔王が現れたなどの報があったのだが、当時の俺には実感がなかった。現に魔物達はここ――アッシュブレイドより北の地であるヴェスベールの方に集中していて、そこまでの被害が出ていなかったのもある。
それにいくら自由になったからと言っても俺が家を継ぐことは変わらないのだ。アッシュブレイド辺境伯の嫡子として、日々ヴェスベールからの侵攻を防ぐための術を学ぶ日々だった。

その頃には自由を得た時間があったおかげか、戦うことにも昔ほどの嫌悪感を抱くことがなくなっていた。そんな些細なことを自覚する度に、心が痛む。いくら思ったところで、俺を変えてくれた存在である彼女は絶対に手に入らないのだと、そう思い知らされるようで――。

それに加えてその頃丁度、アッシュブレイドの嫡子として夜会にも多く参加するようになり、他の貴族の目に晒されることが多くなった。

けれど誰もが見ているのは俺のアッシュブレイド辺境伯の嫡男という部分だけ。
気持ちが悪い。夜会に参加する度に吐き気を催しそうになりながらも貴族たちの機嫌を取った。どんどん心が摩耗していく……他人に笑顔を向ける度に自分が自分でなくなるような、そんな感覚が纏わりついて消えなかった。

こういう時ほど、フェリシアに会いたくなる……あの時の様に話を聞いて欲しくなる。

しかし結局、たまに夜会で顔を合わせると阿呆な冗談を言い合って、そんなこと話せない。

”フェリシアには婚約者がいるのだから……”

それが俺自身の最後の一線になっていた。

そしてそういう夜ほど耐え切れなくなるのだ。好きな女を目の前にしているのに、気持ちを伝えることすら出来ない。だからその寂しさを埋めるように女性と遊び呆けた。幸いなことに心の隙間を埋める相手ならいくらでもいた。

どうせ俺の家格しか見てない無神経で自己中心的な女だらけだ。心は痛まなかった。
他人の機嫌を取る度に心が擦り切れ、フェリシアに会いたくなるのに、肝心のフェリシアに会うと更に辛くなって結局女性に溺れる。まさに悪循環だった。
けれどやめられなかったのだ。自分がしているのは最低な行為だと分かっていても。

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