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侯爵家の執事に案内された部屋。ここは、アイザックの私室だったはずだ。記憶が朧げだが、こんな関係性になる前は何度か招いてもらったことがあった。
アイザックに会いに来たと言った時の私の固い表情で察したのだろう、部屋だけ案内した上で、『何かあったら呼んでください』と彼は仕事に戻っていった。
最後に公爵邸内に入ったのなんて、6年以上前だ。婚約者のくせに、私は彼を訪ね来ることなんて今まで一度もなかったから。
そんな感覚に緊張してしまったのが良くなかったのかもしれない。扉の前、数拍ノックを躊躇った時、部屋の中の会話が漏れ聞こえてきて、手を完全に止めてしまった。
「はあ、またこの女か。何故婚約者を発表したにも関わらず付きまとってくるんだ!?」
「お言葉ですが、エアリエンス様とアイザック様の婚約には未だ疑いの声が大きいのです。貴方方は社交界でも有名な仲の悪さでしたから」
最初は聞いてはいけないと思っていた。でも手を動かそうとしても、動かすことができなかった。中にいるアイザック達が話していたのは、私のことだったから。
「……はあ。面倒なやつらだ。さっさと素直に信じて、彼女の暗殺など諦めればよいものを。でもこれで踏ん切りがついた。ここはやはり、あの計画を進めるしかないようだな」
暗殺やら、計画やら、なんだかあまり平穏ではなさそうだ、と直感的に思った。それと同時に、ますます入りづらい……。これは本当に私が聞いていても良い話なのだろうか。でも聞いていて気付いたことがある。きっとアイザックと話している方の男の声はアイザックの直属の執事のものであるだということ。何度か聞いたことのある声だ。
「あのおぞましい計画ですか。エアリエンス様も可哀そうですね、その計画に巻き込まれた挙句、最終的には犠牲になるのですから」
「……確かに否定はできないが、――――――――――……いや、いい」
「ええ。犠牲、ですよ。貴方のせいで、彼女はもう別の――を選ぶことが出来ない。全てを知った後では遅い。こんな男に騙されるなんて、貴族の女性としては既に致命傷です」
なんだか先程よりもアイザックのテンションが下がったようで、途中途中声がよく聞こえない。でも一つ分かった事、それは私が騙されて何かの犠牲になるという部分だった。ここまで聞いたら、もうこのまま何も聞かなかったことにして入っていくことなんて出来ない。もっと耳を近づけて、話の続きを待った。
「しかしながら、私としては長年仕えて来た貴方が真に愛している人と幸せになれるのですから、これくらいの情は切り捨てますよ。私には、エアリエンス様の幸せよりも我が主の幸せの方が大切だ」
「言い方は気に食わないが、俺は愛する者のためだったらいくらでも努力できるし、どんな酷いことだってしてみせるさ。全ては俺のエゴだと分かっていても。エリスには悪いが、もう決めたことなんだ」
なるほど。察した。彼にはずっと好きな人間がいるというのは知っていたが、やはり今回のコレは何かしらの計画の一部だったのだ。そして自分は今、それの犠牲になろうとしている。
婚約者を発表したのに付きまとってくる、暗殺、おぞましい計画、犠牲、彼女を愛している、結ばれるため。
大方、愛している女とやらと結ばれるために、私は犠牲にさせられそうになっているのだろう。役割を明確にするのならば、犯人のあぶり出しや暗殺の盾、『囮』というものだろう。
何故『武』に秀でた私、ひいては私の家が選ばれたのかが分かった。私であれば、ある程度の目に遭っても、暗殺者に狙われても1人で戦い抜ける。しかも公爵家よりも格下の家だ。もし死んだとしても、黙らせることが出来るだろう。
そう頭の中で聞いたことから整理しながらも、最終的に思考は一か所に傾いていた。彼にあんな優しい声を出させる、その『真に愛している人』とやらが純粋に羨ましいと思ったのだ。
初恋というのは中々厄介なものだ。未だに私の心を捕えて離してくれない。ずっとこの意味不明な婚約を解消して欲しいとすら思っていた筈なのに、いざ彼に愛する人がいると聞けば――自分意外と幸せになるのだと思えば、苦しくて仕方がなくなる。
こんな状態では、アイザックに会う事なんて出来ない。
少しの間でも、もしかしたら自分は彼に嫌われていないのかもしれない……父の話を信じるのであれば、大事にしてもらえるのかもしれないなんて思ったことが恥ずかしくて仕方がなかった。
俯きながら公爵家の外に出れば、乗って来た馬車が入り口に着けてあったので、それに乗り込んだ。
アイザックに会いに来たと言った時の私の固い表情で察したのだろう、部屋だけ案内した上で、『何かあったら呼んでください』と彼は仕事に戻っていった。
最後に公爵邸内に入ったのなんて、6年以上前だ。婚約者のくせに、私は彼を訪ね来ることなんて今まで一度もなかったから。
そんな感覚に緊張してしまったのが良くなかったのかもしれない。扉の前、数拍ノックを躊躇った時、部屋の中の会話が漏れ聞こえてきて、手を完全に止めてしまった。
「はあ、またこの女か。何故婚約者を発表したにも関わらず付きまとってくるんだ!?」
「お言葉ですが、エアリエンス様とアイザック様の婚約には未だ疑いの声が大きいのです。貴方方は社交界でも有名な仲の悪さでしたから」
最初は聞いてはいけないと思っていた。でも手を動かそうとしても、動かすことができなかった。中にいるアイザック達が話していたのは、私のことだったから。
「……はあ。面倒なやつらだ。さっさと素直に信じて、彼女の暗殺など諦めればよいものを。でもこれで踏ん切りがついた。ここはやはり、あの計画を進めるしかないようだな」
暗殺やら、計画やら、なんだかあまり平穏ではなさそうだ、と直感的に思った。それと同時に、ますます入りづらい……。これは本当に私が聞いていても良い話なのだろうか。でも聞いていて気付いたことがある。きっとアイザックと話している方の男の声はアイザックの直属の執事のものであるだということ。何度か聞いたことのある声だ。
「あのおぞましい計画ですか。エアリエンス様も可哀そうですね、その計画に巻き込まれた挙句、最終的には犠牲になるのですから」
「……確かに否定はできないが、――――――――――……いや、いい」
「ええ。犠牲、ですよ。貴方のせいで、彼女はもう別の――を選ぶことが出来ない。全てを知った後では遅い。こんな男に騙されるなんて、貴族の女性としては既に致命傷です」
なんだか先程よりもアイザックのテンションが下がったようで、途中途中声がよく聞こえない。でも一つ分かった事、それは私が騙されて何かの犠牲になるという部分だった。ここまで聞いたら、もうこのまま何も聞かなかったことにして入っていくことなんて出来ない。もっと耳を近づけて、話の続きを待った。
「しかしながら、私としては長年仕えて来た貴方が真に愛している人と幸せになれるのですから、これくらいの情は切り捨てますよ。私には、エアリエンス様の幸せよりも我が主の幸せの方が大切だ」
「言い方は気に食わないが、俺は愛する者のためだったらいくらでも努力できるし、どんな酷いことだってしてみせるさ。全ては俺のエゴだと分かっていても。エリスには悪いが、もう決めたことなんだ」
なるほど。察した。彼にはずっと好きな人間がいるというのは知っていたが、やはり今回のコレは何かしらの計画の一部だったのだ。そして自分は今、それの犠牲になろうとしている。
婚約者を発表したのに付きまとってくる、暗殺、おぞましい計画、犠牲、彼女を愛している、結ばれるため。
大方、愛している女とやらと結ばれるために、私は犠牲にさせられそうになっているのだろう。役割を明確にするのならば、犯人のあぶり出しや暗殺の盾、『囮』というものだろう。
何故『武』に秀でた私、ひいては私の家が選ばれたのかが分かった。私であれば、ある程度の目に遭っても、暗殺者に狙われても1人で戦い抜ける。しかも公爵家よりも格下の家だ。もし死んだとしても、黙らせることが出来るだろう。
そう頭の中で聞いたことから整理しながらも、最終的に思考は一か所に傾いていた。彼にあんな優しい声を出させる、その『真に愛している人』とやらが純粋に羨ましいと思ったのだ。
初恋というのは中々厄介なものだ。未だに私の心を捕えて離してくれない。ずっとこの意味不明な婚約を解消して欲しいとすら思っていた筈なのに、いざ彼に愛する人がいると聞けば――自分意外と幸せになるのだと思えば、苦しくて仕方がなくなる。
こんな状態では、アイザックに会う事なんて出来ない。
少しの間でも、もしかしたら自分は彼に嫌われていないのかもしれない……父の話を信じるのであれば、大事にしてもらえるのかもしれないなんて思ったことが恥ずかしくて仕方がなかった。
俯きながら公爵家の外に出れば、乗って来た馬車が入り口に着けてあったので、それに乗り込んだ。
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