貴方の『好きな人』の代わりをするのはもうやめます!

皇 翼

文字の大きさ
上 下
16 / 28

15.

しおりを挟む
「さて、決まったとなれば行動は早い方が良い。明日にでもギルドのある王都に立ちましょう」

楽しそうに中々に鬼畜な予定を決めるイルハルト。
私には一応、お世話になった人への挨拶やら、ここ数カ月で溜まった私物をまとめる時間などなどあるというのに流石に明日はないだろう。
しかし突っかかるのも面倒なので黙っておいた。もし明日中に挨拶が終わらなければ、イルハルトの予定を強制的にずらせばいいのだ。

「ああ、やることがいっぱいだ。ギルドに到着したら、歓迎会でも開きましょうかね。まあ、僕しかいないんですが。君は好きな食べ物はありますか?」
「歓迎会は結構です」
「そんなことおっしゃらず。経費で落とせますから。それと君が加入してくれれば依頼ももっと取ってこれますし、今まで受注できなかったタイプの依頼や新たなアイテムの流通経路も確保しなければ!あとは――ギルドの加入書類……そういえば僕、君の名前を知りませんね」

名前。それに対してピクリと反応してしまう。
元々街でも一度も名前を明かさなかった。『名前』というものは重要だ。私は確実に過去の時代に戻っているのだから、少しでも『痕跡』を残したくなかった。名前というのはその中でも大きな痕跡になってしまう。
しかしギルドに所属するとなると、名前や戸籍といったものは必須だ。本当の名前を使うかなどと考えたのは一瞬だった。あり得ない。
同時代の自分はきっと今別の場所――あの忌々しい家に囚われている段階だろう。
だから元々するつもりはなかったが、当然のことながらソレを使う事など出来はしない。しかし使える名前、そして戸籍など今の自分にはない。どうするか頭を悩ませていると、イルハルトが口を開いた。

「……もしかして、本当の名前を言えない事情でもあるのですか?」

鋭い。
どう誤魔化すべきかと少し言い淀んだだけなのに、ピタリと言い当ててくる。否、彼は出会った時からずっとそう考えていたのかもしれない。

「ギルドには所属できないかもしれません」

元々所属する気のなかったものだ。すぐに掌返しをして、ギルドに所属しない方向で話を進めようとする私に待ったをかけたのはイルハルトだった。

「いや!それはないです。戸籍や個人情報の偽造くらいなら簡単ですから」
「うっわ、犯罪」
「でも、名前はどうしましょう。本来の名前が使えないのであれば、新たな名前が必要でしょう?なんなら僕が付けますか?うん。いいですね、そうしましょう」
「決定事項になっちゃってるじゃないですか」
「ふむ……そうですね。実は君とずっと一緒に過ごしていて思ったのですが、君は実家で飼っていた犬になんだか似ているんですよね。初対面の時の僕に対するツンとした態度や、僕がどんな態度で接しようがに全く尻尾を振ろうとしないところ」
「……貴方に飼われていた犬も可哀想と思いましたが、そもそもその態度、貴方ガッツリ嫌われていますよ」

なんだ犬と似ているって……。
その言葉に途轍もなく嫌な予感がしたが、興味を持ったら終わりだと感じ、その部分については敢えて無視を貫いた。さらに面倒な絡みに発展することが簡単に予測できたからだ。だからとりあえず、犬の方の気持ちを代弁しておく。きっと彼(彼女?)もこいつに付き纏われて、迷惑だろうという同情もあった。
しかしそんな同情なんていう甘い感情を持っていた所為だろうか、イルハルトは結局一人で完結していた。

「じゃあ改めてよろしくお願いしますね、ミートちゃん2世」
「…………は??」
「ふふ、良い名前でしょう!?中々の自信作なんです。これはミートちゃんの進化系なんですよ。でもミートちゃんちょっと照れ屋さんだったので、呼んでも中々返事をしてくれない時もあって――」
「名前のセンスわっる!!もはや生命への冒涜ですよ。何でもいいって言ってもほどがあると思うのですが?っていうか2世ってなんなんですか!!?」
「何世とかついていると、歴史がありそうで、なんか格好いいでしょう?王族みたいです」

あまりにも最悪なネーミングセンスとそれを人間への名称として、本人曰く改善して流用しようとしているという事実に思わず頭を抱えてしまった。
前々から酷い人間だとは思っていたが、ここまでだとは思わなかった。犬に『肉』という意味の名称を付けるのは流石にまずすぎるだろう。明らかに食用として見てるだろう。

「とにかく却下です。何でも良いと言った私にも非がありますが、それ以外でお願いします」
「そんな、シンプルでいて、可愛い可愛いミートちゃん2世以上にいい名前なんてこの世にあるんですか!?」
「なんですかその、驚愕に満ちた表情は。あるでしょう、普通に」

普通に即却下をしたのだが、イルハルトは驚愕とでも言ったような表情で私を見つめる。何故私がドン引きされているのだろうか。
『自分で私に名前を付けるなどと決めておいて、そんな最低な名前はあり得ないだろう』と頭を叩きたい気分だったが、そんなことをしても懲りないなどということは分かっているので、ポツリと『ギルド入るのやっぱりやめようかな……』などと呟いた。彼にとってこれが一番効果があるということは分かりきっている。

「……1週間時間をください」
「1週間!?」
「ミートちゃん2世以上の名前をつけるんです。それくらいの時間は必要でしょう!!それに君は将来、僕をいっぱいサポートしてくれる有能なサブマスターですから」
「……もう、勝手にしてください」

1週間必要という言葉には驚いたが、真面目に考えてくれることは少しだけ嬉しかった。
竜の血が降り注いだせいでくっついてくる地面と格闘しながらも、次の名前も酷かったらギルドに入るのは保留にしようと心に決めたのだった――。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...