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「どうか、ここで散った生命が、穏やかな循環を迎えられますように」
「モンスターのために祈るなんて、おかしな人だ」
「……儀式のようなものですよ。特に今回は、何かしらの目的があって狩ったわけではなかったので」

ただの殺戮だ。街を守るためという大義名分があっても、そうとしか考えられなかった。

あの後。モンスターの群れに襲撃されかけていた街の人々は街を救ったイルハルトと私を離してくれず、結局お礼と称して街全体で急遽開かれた宴のようなものに参加させられてしまった。
久しぶりに質の高い食事を摂ることができたが、あそこまで崇めたてられると少し心苦しいものがあった。
そして宴の後。私は眠れなかったこともあり、サラマンダー達の死体が未だに放置されている森まで来ていた。その道中で同じ様にほっつき歩いていたイルハルトに出会ったのだ。

地面だけでなく、樹木までもが、降り注いだ血で全て赤黒く染まった森の中。触れた地面が足にペタペタくっついてくるという不愉快な体験をしながらも人間の気配が一つもしない最奥まで進んできた。
静かな森で私はただ、祈りを捧げる。昔から何度もその行為をしている私にとっては全ての動作が慣れたものだった。
そんな姿を見て、イルハルトは『おかしな人』と称した。
確かにそうかもしれないと思う。いくら理不尽に奪った命と言えど、強力かつ危険で、きっと今までも人間の命を奪ってきたのであろう魔物相手に祈りを捧げるだなんてどうかしている。それでも、私は自身の自己満足と分かっていても、祈らずにはいられなかった。

「仕方ないですね」

そう一言漏らし、イルハルトが立ち去ったかと思うと、数分もしないうちに大きな岩を浮かせて私の元に戻って来た。そしてそれをほん投げるようにして目の前に置く。

「墓石代わりです」
「……ありがとうございます」
「僕にも咎の一端はあるので。付き合いますよ」

沈黙。隣で手を合わせるイルハルトは、いつものお喋りな部分が鳴りを潜め、一転物静かな美男子と化していた。その容姿の端麗さもあり、神聖な雰囲気を醸し出している。そんな彼に呆気に取られてしまったが、少ししたら慣れて、そのまま祈りを再開した。
暫くの空白の後、イルハルトが急に口を開く。

「君は墓は誰のためにあると思いますか?」
「生者のため、ですかね」
「おや、少し意外な答えですね。君は神だのなんだのを信じている口かと思ってたので、死者のためと答えるかと」
「祈りを捧げておいてなんですが、別に神に祈りを捧げているわけではないので。この奪った命が少しでも穏やかに来世を迎えられるように……とは考えていますが、結局は私自身の罪の意識を少しでも軽くするための行為ですよ。失望しましたか?」
「いいえ、むしろ、ますます君の事が気に入りました。僕も墓なんてものは結局、自分自身が過去の出来事を整理するためのものだと思っていますから」

何故かその答えに安心したのは私の方だった。
私は今まで何度も祈ることがあった。自分が魔物やそれ以外に関わらず、何かしらの理由で生命を奪った時は特に長い時間祈った。それを見た人間は大抵が私のその姿を『優しすぎる』と称する。
イルハルトのように『おかしな人』と言ったり、私自身考えを聞き出して、同意したりなどという人間はいなかったのだ。

アレンもそうだった。それは私は彼に少しでも良く思ってもらいたくて、自身が祈りを捧げる理由を偽っていたこともあるが、彼も私が心優しい人間だと思い込んでいた節がある。
特に私がアレンに恋してからは、自身より年齢が上である彼に見合う自分になるためにもそう思わせようと動いていたというのもあったが、確実に『優しい人間だ』と勘違いされていただろう。
私の猫かぶりは成功していたわけだが、今思い出してみるとその空間はあまりにも息苦しかった。自分を偽るのはとても苦しい行為だ。それを私はずっと感じていた。

この人と話していると、嫌な事ばかりが見えてくる。でもそれと同時にひどく落ち着く。

イルハルトと過ごせば過ごすほどにアレンの事を思い出す頻度は増えていた。だからこそ、八つ当たりのように素直じゃない言葉を発してしまうことはあるが、それと同時に彼と過ごしていると何故か妙な安心感を覚えるのだ。同じような考えを持っているからだろうか。とにかく不思議だった。

「さて。ということで、僕のギルドに入りませんか?」
「は??」
「いや、君も祈って心の整理がついたかと思いまして。実際、今回街が襲われた原因の一端には君も関わっている。だから君自身もここにはもう居られないと考えているのではないですか?ここ数日中に出ていくつもりって感じですかね」
「…………」

確かに似た思考を持つ人間だとは思ったが、ここまで自身の考えを読み取られるとは思っていなかった私は思わず沈黙する。なにせあの宴を開かれてしまった後、ここにはこれ以上居られないと考えて、既にこの街を出る計画を立て始めていたから。

「僕だったら、君の実力を活かすことができる。君の見つける鉱物や素材なんかも今の数倍で売れますよ。まあ、就職口の斡旋だと考えてください。うちは福利厚生もしっかりしているので、生活に困る事はありませんし、君の目的を果たす助けになることでしょう。だから、是非とも僕を利用してください」
「何故私の事を何も知らないはずなのに、そんなことを言えるのですか」

昼間は聞くことが出来なかった疑問を口から洩れる。彼は私が原因の一端となった争いに巻き込まれてなお、この言葉を再び口に出したのだ。普通ならばそんな厄介な人間は受け入れ難いはずだ。ただ、不思議で仕方がなかった。

「君の考え、生き方、底の知れない実力。その全てに対して欲しいと思えたからですよ。僕は君にだったら例え裏切られたとしても構わない。直感的にそう思えた。いつか、準備が出来たらで良い。僕の唯一無二相棒になって欲しいんです」

昼の彼のおちゃらけた雰囲気とは真逆。まるで口説かれているかのような熱い言葉を吐きながら、真っ直ぐに見つめてくる彼に冗談などという言葉は一つもなかった。
狡猾な蛇のように鋭くありながらも、どこか慈悲深さもある不思議な瞳を向けられる。不思議な感覚だった。真逆の印象を持ちながらも、その瞳を見つめると、何故か彼は信頼できると心の奥底から信じることが出来たのだ。

「……仕方がないので、口説かれてあげます」
「ああ、感無量です。これからよろしくお願いしま――」
「ただし!少しでも貴方に不信感を感じれば、躊躇なく裏切りますから」
「大丈夫ですよ。そんな事象、あり得ないですから」

月明かりに照らされながら、不敵に笑うイルハルト。何かが大きく音を立てて動き出す予感に私も同じ様に笑みを浮かべた。

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