貴方の『好きな人』の代わりをするのはもうやめます!

皇 翼

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揺れる。身体が――切られた腹部が熱いはずなのに、まるで揺り籠のように優しく心地よい空気の中にいるお陰で痛みが薄まる。そのあまりにも穏やかな微睡みの中で懐かしい風景を見た。

「ッステラ!!やっと会えた……7年もの間、どこほっつき歩いてたんだよ。ずっと会いたかったんだ、俺のこと勝手に置いて行きやがって、このバカ」
「は?」

これは過去だ。ふわふわと浮かぶような感覚で、あの時のことを見ている。
とある事情から、観察対象兼研究対象として国内最高峰といわれるアトランティス研究所に送られた私。これはそこでアレンに初めて出会った時の風景だ。
思えばアレンがきっと素であろう姿――『俺』という一人称を私の前で使ったのは、これが最初で最後だった。

「ステラ?」
「誰と勘違いしているのかは知りませんが、私の名前はサーシャです。ステラではありません」
「え……」

瞳がみるみる内に絶望の色で染められていくアレンに当時はなんとも思わなかったが、幻想が解けた今ならこう思う。『勝手に勘違いして、勝手に落ち込んで、失礼すぎやしないか!?』と。

「本っ当に失礼な男ですね!!!そのお綺麗な御尊顔をぶん殴りたくなります」
「え!?第一声がそれって、少々酷すぎやしませんか??」

あの時、あの後、言えなかった本音を叫ぶように言うと同時にガバリと身体を起こすと、目の前にいたのはアレンではない。しかし予想外の人物だった。

「イル、ハルト……?」
「ええ、ええ、そうですよ。吸血鬼に無惨にも刺されて、血塗れだった君を街まで背負って医者に見せた後、ずっと君を看病していたイルハルトです」
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました」

流石に見捨てられてあの場に置き去りにされたりすることはないだろうと踏んではいたが、彼がずっと隣に居てくれたのは少々意外だった。寝ていた間に魔力を流し込むために繋がれていたのであろう手をそっと離される。そこには物凄く希少なものである筈の治癒系の魔道具が握らされていた。
ここまで体調が良いのは久しぶりかもしれない。
軽く確かめてみたが、彼の適切な処置のお陰で、怪我をしたはずの腹部の傷は既に殆ど塞がっていた。

「こんな貴重な魔道具モノを使ってくれたのですね。有難うございます」
「感謝しているのであれば是非ともお金を――と普段なら言うところですが、護れなかった僕の責任ですし、それに君は特別です」
「特別……?ちょっと気持ちが悪いのですが。鳥肌が――」
「その反応はなんだか傷つきますが、あんなにも簡単に希少な鉱石達を見つけることが出来るなんて、本当に有能な人材なんですよ?ふふ、お金の匂いがします」
「あー……ところで私はどれくらいの間眠っていたのですか?」

弱すぎて彼の興味の的から外れていた筈なのに、たった数時間で的の中心に入り込んでいることに危機感を抱きながらも、少しでも話題を逸らそうとあの後の事を聞いた。

「君が寝てたのは1、2時間程度です。……なんだかまるで計算されたかのような傷の負い具合でしたね」
「偶然ですよ。偶然傷が浅くて助かりました。私、目的があるので。それまで死ぬ気はないんです」
「ほう。して、その目的というのが、会いたい人がいるから、ということでしょうか」
「会って、その人の顔面に一発拳をいれてやりたいので」
「それでは、僕がその目的のお手伝いをしてあげましょう」
「……どうせ裏があるのでしょう?」
「いえいえ、ありませんよ。ほんのちょ~~っと僕の事を手伝ってもらいたいだけで」
「怪しいのでお断りします」
「相変わらずつれませんね~」

不思議な男だ。
ぐいぐい来るくせに、それを強要はしない。私が既に根無し草のような人間だと分かっているくせに、それを利用して無理矢理従わせようともしない。きっと今現在、この時代で誰にも認知されていない私を従わせるなんてこと、彼のような強い能力を持っている者なら安易だろうに。あくまで彼は私に私自身の意志で頷かせようとするのだ。

きっと彼は最初の印象ほど信じられない人間ではない。面倒だと言いいながらも、私に一度も危害を加えることなく、護ろうとさえしてくれた彼を疑い続けるほど強情な人間ではなかった。

そんな男に明らかに甘やかされていると分かっている状況。
しかし今はこのぬるま湯につかっていたい。きっともう、彼の興味の対象としての視線から逃れられないと悟ってしまったから。
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