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「おはようございます。良い朝ですね」
「おはようございます。貴方に朝から会ったせいで、私にとっては良い朝ではなくなりました」
「ふふ、そんなこと言われたら照れてしまいますね」
「耳付いていないんですか?」
その無駄に爽やかな笑顔にイラっと来る。
厭味を返したというのに、全く気にしていないという態度。面の皮が厚い男だと思った。
今日は、少し前に見つけた洞窟の中に鉱石を採りに行く予定だ。
『何処へ行くのですか?』というイルハルトの問いかけに何も答えず、道具だけを持って、ぐんぐん目的の場所に進んでいく。
途中何度か魔物に遭遇したが、仕方なく逃げ回る私の横でヤレヤレと言った様子で魔物を魔法で瞬殺するイルハルトがいた。彼からは『この程度の魔物も倒せないのに、街の外をぶらつくのはやめた方が良いのでは?』やら『腰に刺したレイピアは飾りですか?』だのと散々言われた。
『この程度の魔物、貴方さえいなければ一人で倒しています』という言葉を飲み込むのが大変だった。私は実のところ根本的な性格が負けず嫌いなこともあり、あまり馬鹿にされたり、誰かに下に見られることに慣れていないのだ。だから我慢するという行為に対するストレスが激しかった。
「ここからは仕事の時間なので、帰ってもら――」
「嫌です」
「貴方が怪我して動けなくなっても、私、その場に置いて行きますからね」
「大丈夫ですよ。僕、そんな鈍臭くないので。むしろ君が怪我をしたら助けてあげます」
置いて行こうとしたのに、それを笑顔で拒否された挙句に此方の方が怪我をすると思われている。それに少しの苛立ちを覚えながらも、これ以上拒否しても無駄だと察し、洞窟の奥へと足を進めた。
少し前に買って、改良した音叉のような魔道具を腰部分につけたポケットから取り出す。そこから伸びた、聴きとる用の線を蟀谷に付け、魔道具を発動させた。
イルハルトは『何をやっているんだ??』という疑問を持ったような顔をしていたが、仕事であるということを強調していたこともあり、勝手についてきた彼は何も質問をしてくることなく、大人しく私についてきていた。
「この先かな」
そして音叉によって出力、反響してきた音が感覚的にほんの少し”ぐにゃり”となる場所を見つけた時には、自然と口角が上がる。頭の中で貨幣が落ちるような音がした気がする。
「これって、もしかしてアークトゥルスの瞳……ですか!?」
「はい。まあ、でもこれは小さいのでハズレですね」
周りの石を砕き、小指の爪の先程の大きさのソレを取り出しながらイルハルトに答える。闇の中に輝く虹色の光。現在使っている魔道具の光が当たる角度によって様々な表情を見せる。赤、青、黄色、緑、際限なく色が変化していくその姿は、見ているだけでもその人の目を楽しませる代物だ。
アークトゥルスの瞳とは、強い護りの力が宿った浄化石のことである。大きさによって加護の範囲や効果が決まり、指輪や鎧と言ったものの装飾として使われることが多い。呪いや闇属性の魔法といったものへの耐性も強力なため、多くの人がこの石の加護が宿った装飾品を探し求めているという程の品である。
「何を言っているんですか!?この大きさでも、これは十数万エルド(※)はくだらなかったはずですよ??」
「そもそもそんな高値で売るつもりはないので。そこまでのルートも持ってないですし、暫く食べるお金に困らない程度で十分です」
「……僕だったら、その石を高値で売り払うルートも確保できますが」
「最低限の生活費さえあればそれでいいので、あまり儲けには興味ありません」
「はあ。なんてもったいない事を」
嘘だ。本当はずっと自身が本来いるはずの時代に帰るための方法を探し続けている。だからそれらを調べるためにもお金は喉から手が出る程に欲しかった。この小さな街では、買い取ってもらえる価格などは結局たかが知れているのである。
しかし昨日今日で出会ったばかりの、馴れ馴れしい妙な男に頼るほど私は愚かではない。
何も考えずに信じて、従った先で何かを理不尽に搾取されるのは嫌だ。その思いもあり、彼の事はずっと疑い続けているのだ。
後ろで顔を手で覆い、項垂れるイルハルトがいたが、それを無視して再び魔道具を起動させる。今後暫くは付きまとわれることを考えて、依頼された魔物を狩れない分今日は少し多めに鉱石を採っておきたかった。
******
※エルド=お金の単位。大体1円=1エルドでの換算。
「おはようございます。貴方に朝から会ったせいで、私にとっては良い朝ではなくなりました」
「ふふ、そんなこと言われたら照れてしまいますね」
「耳付いていないんですか?」
その無駄に爽やかな笑顔にイラっと来る。
厭味を返したというのに、全く気にしていないという態度。面の皮が厚い男だと思った。
今日は、少し前に見つけた洞窟の中に鉱石を採りに行く予定だ。
『何処へ行くのですか?』というイルハルトの問いかけに何も答えず、道具だけを持って、ぐんぐん目的の場所に進んでいく。
途中何度か魔物に遭遇したが、仕方なく逃げ回る私の横でヤレヤレと言った様子で魔物を魔法で瞬殺するイルハルトがいた。彼からは『この程度の魔物も倒せないのに、街の外をぶらつくのはやめた方が良いのでは?』やら『腰に刺したレイピアは飾りですか?』だのと散々言われた。
『この程度の魔物、貴方さえいなければ一人で倒しています』という言葉を飲み込むのが大変だった。私は実のところ根本的な性格が負けず嫌いなこともあり、あまり馬鹿にされたり、誰かに下に見られることに慣れていないのだ。だから我慢するという行為に対するストレスが激しかった。
「ここからは仕事の時間なので、帰ってもら――」
「嫌です」
「貴方が怪我して動けなくなっても、私、その場に置いて行きますからね」
「大丈夫ですよ。僕、そんな鈍臭くないので。むしろ君が怪我をしたら助けてあげます」
置いて行こうとしたのに、それを笑顔で拒否された挙句に此方の方が怪我をすると思われている。それに少しの苛立ちを覚えながらも、これ以上拒否しても無駄だと察し、洞窟の奥へと足を進めた。
少し前に買って、改良した音叉のような魔道具を腰部分につけたポケットから取り出す。そこから伸びた、聴きとる用の線を蟀谷に付け、魔道具を発動させた。
イルハルトは『何をやっているんだ??』という疑問を持ったような顔をしていたが、仕事であるということを強調していたこともあり、勝手についてきた彼は何も質問をしてくることなく、大人しく私についてきていた。
「この先かな」
そして音叉によって出力、反響してきた音が感覚的にほんの少し”ぐにゃり”となる場所を見つけた時には、自然と口角が上がる。頭の中で貨幣が落ちるような音がした気がする。
「これって、もしかしてアークトゥルスの瞳……ですか!?」
「はい。まあ、でもこれは小さいのでハズレですね」
周りの石を砕き、小指の爪の先程の大きさのソレを取り出しながらイルハルトに答える。闇の中に輝く虹色の光。現在使っている魔道具の光が当たる角度によって様々な表情を見せる。赤、青、黄色、緑、際限なく色が変化していくその姿は、見ているだけでもその人の目を楽しませる代物だ。
アークトゥルスの瞳とは、強い護りの力が宿った浄化石のことである。大きさによって加護の範囲や効果が決まり、指輪や鎧と言ったものの装飾として使われることが多い。呪いや闇属性の魔法といったものへの耐性も強力なため、多くの人がこの石の加護が宿った装飾品を探し求めているという程の品である。
「何を言っているんですか!?この大きさでも、これは十数万エルド(※)はくだらなかったはずですよ??」
「そもそもそんな高値で売るつもりはないので。そこまでのルートも持ってないですし、暫く食べるお金に困らない程度で十分です」
「……僕だったら、その石を高値で売り払うルートも確保できますが」
「最低限の生活費さえあればそれでいいので、あまり儲けには興味ありません」
「はあ。なんてもったいない事を」
嘘だ。本当はずっと自身が本来いるはずの時代に帰るための方法を探し続けている。だからそれらを調べるためにもお金は喉から手が出る程に欲しかった。この小さな街では、買い取ってもらえる価格などは結局たかが知れているのである。
しかし昨日今日で出会ったばかりの、馴れ馴れしい妙な男に頼るほど私は愚かではない。
何も考えずに信じて、従った先で何かを理不尽に搾取されるのは嫌だ。その思いもあり、彼の事はずっと疑い続けているのだ。
後ろで顔を手で覆い、項垂れるイルハルトがいたが、それを無視して再び魔道具を起動させる。今後暫くは付きまとわれることを考えて、依頼された魔物を狩れない分今日は少し多めに鉱石を採っておきたかった。
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※エルド=お金の単位。大体1円=1エルドでの換算。
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