貴方の『好きな人』の代わりをするのはもうやめます!

皇 翼

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「アレン。私たち、もう別れましょう」
「は……?」

王都にある小さなカフェ。少しレトロチックな雰囲気の漂うこの場所で私、サーシャ=オールタントは開口一言目で別れを切り出した。

「……何故、別れたいだなんて言うんだい?」

あくまで年上らしく、優しく諌めるように彼……アレン=ロスティシアは私に語りかける。いつでも彼は大人の余裕があり、態度も穏やかだ。
今も別れを切り出したというのに、動揺はすれど、悲しいとか、別れたくないだとかという強い負の感情は見えない。この冷静な対応がその答えだろう。私はこの言葉を言うまでに何度も何度も悩んで躊躇して、今も心が引き裂かれそうな程の痛みに襲われているというのに、彼には凪のような冷静さしか見えない。
こんな場面でも私と彼の相手に注ぐ愛情の深さと恋への熱量に差が出ているようでただただ悲しかった。

「……ステラ。貴方が私と初めて出会った時に呼び間違えた名前。忘れただなんて言いませんよね」
「あの時は、単純に後ろ姿が似ていて――」
「『やっぱりステラにそっくりだ……』という言葉。私、眠っている時、意識が浅い方なんです。知っていましたか?」

彼が私が寝たことを確認した後に、そう呟いていたのを知っている。しかも眠ってから……それなりに深い関係になった後の出来事。
だから言い逃れようとしたところに敢えて、彼が言っていた言葉を一言一句違わず、そのまま口から出すと目の前の男が息を呑む音が聞こえた。
頭の良い男だ。すぐに自分の言った言葉、そしていつ言ったかまで、全てを思い出したのだろう。
こんなにも目を見開く姿は初めて見たかもしれない。彼は私の前ではやはり隙を見せることがほぼなかった。そういう部分も『所詮は本物ではない』ということの証明であるのかもしれない。

最後の問いかけはせめてもの皮肉だった。
貴方は私のそんな情報知らない、だって知ろうとしなかったから。そういう意味が込められた言葉が自然と口から出た。私自身、長年の付き合いで不満が溜まっていたのだろう。

「っそ、れは、その――」
「やはり言葉に詰まるような相手なのですね。昔の恋人……いいえ、叶わなかった初恋の相手といったところでしょうか」

気まずそうに、何も言えずに押し黙ってしまう男への諦めと深い絶望、そして彼に対する失望が私の心を支配する。
それと同時に確信してしまった。やはり、自分は彼にとって誰かの『代わり』だったのだ――と。
ずっと、彼が何かに対しての後悔という感情を引きずり続けているのは知っていた。
だって出会った当初に彼はそう、その名前で私を呼んだ。それを否定すると今度は、「姉や親戚に君にそっくりな人がいないか?」と聞かれたのだ。その時はなんとも思わなかったが、今は彼がずっと見つからないその人の面影を自分に求めていることを確信している。

「その人はそんなにも私に似ているのですか?どこが?髪?身体?声?それとも全てが似ているのでしょうか。観察力が誰よりも鋭い貴方が私にわざわざ重ねた上、幻想を見続ける程ですからね」

なおも表情一つ変えず、口も開かない彼に、悲しくなる。自分には真実を話す価値すらないと思われているのだろうか。何も言ってくれないその姿に、これ以上自分の心に踏み込んでくるな――と、そう言われている気がした。

「もう……いいです。全部終わりにしましょう。私は二度とプライベートでは貴方と会いません。貴方の家に置いてある荷物は、お手数をおかけしますが全て捨ててください。ああ、それと研究所も退職届を既に本部に提出しているので、仕事の方に関しても気にしないでくださいね。貴方に迷惑は掛けませんので」

手持ちの小さなバックを持って、カフェを出る。飲んでいた紅茶の額より少し多めの金額を机に置いておいた。
所詮、話をする前から結果は全て決まっていたのだ。こういう別れの時、研究室――職場が一緒なのは少々不便だなとは思ったが、自身でもうまく対処を出来たと考える。あそこに引き取られてから、私はずっと彼の世話になってきた。しかし今日でそれも終わり。これからやることは未だ決まっていないが、今までの経験や知識からすぐに次の就職先は見つけられると確信していた。

「待ってくれ、サーシャ!」
「さようなら、アレン」

呼び止める彼に最後の言葉をかけて、走り去るように速度を上げて、歩を進める。けれどやはり堪えきれなかった涙で目の前が滲む。でもこれで新しい一歩を踏み出せる。このまま彼との関係をダラダラと続けていたら、後々後悔することなど分かりきっていた。だからここで断ち切ったのだ。それでも辛いものは辛い。好きなのだ……初恋から全ての初めてを捧げられた程に。

でも泣くのはこれで最後。これからは後悔のない人生を送るのだ――そう考え直し、涙を拭うために歩みを止めると、突然周囲が悲鳴に包まれた。
上を見上げた私の目に映ったのは、今にも触れそうな距離に迫った大きな看板。ソレは『君の才能を活かすなら、イルハルト討伐ギルド!!~新しい人生を切り開こう~』なんていう謳い文句が書かれた少し前からよく見かけるものだった。
私の身体の数十倍の大きさはある。そんなものが空からこちらに向かって落ちて来ていた。完全に別れ話だけをして帰るという予定であったこともあり、今日に限ってこの状況を打破できそうな道具は持ち歩いていない。
死ぬ直前というのは、走馬灯が見えるというが、脳内で経過する時間でも変わるのだろうか。何が『新しい人生を切り開こう』だ、むしろこの看板は人生を終わらせに来てるだろう――。
逃げ道がないと冷静に判断した直後に、そんなくだらないツッコミが頭の中に浮かぶくらいには私の頭は平常運転だった。

ああ、私はなんて運のない女なのだろう。

逃げられないと悟り、そう帰結する。ずっと好きだった、しかし決して心は手に入らない男にやっと見切りをつけ、別れを告げた直後につまらない事故で死ぬのだ。なんて酷い人生。惨めにもほどがある。ここで人生終幕か、悔しい――だなんて冷静な思考がよぎった最後の瞬間、自身の名を呼ぶ最も愛しい男の声が聞こえた気がした。
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