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第三章:ポッシェ村

54.ハルトリッヒの目覚め③

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米、鶏肉、バター、ケチャップ、玉ねぎ、卵、ソースを用意して、魔力を込めることで中身を置き換えていく。
トレースする魔力については、ハルトリッヒから事前に貰っておいた髪の毛を媒体にしている。真っ黒な部分の毛を貰ったから、失くしにくくて便利だなと無駄に触り心地が良い水分量も申し分のないソレを軽くいじる。
そうしている間に、食材が元々持っている魔力の置き換えは完了した。今回料理で使う火もあらかじめ彼の魔力でつけておく。これで準備は完了だ。

それにしてもオムライスを作るのは久しぶりだった。
ブレメンスに居た時は材料調達含めて全て自分でやっていたが、王都では全て食事が出て、そこまでの道中でも大体は外食か保存食だったからだ。作ってもお菓子くらいだ。それに直近では、クラウスやサミュエルが気を利かせて作ってくれていたので、それに甘え切っていた。

「さて、卵3つ使っちゃおう」

調理を開始すれば、時間を空けていたといっても勝手に手が動いて料理を作っていた。
バターで炒めた玉ねぎと鶏肉の甘い香りが漂う。それに少しだけお腹を空かせながらも、ごはんとケチャップを加えてチキンライスを作る。一方、別の鍋ではケチャップとソースが煮詰まり、濃厚なデミグラスソースの香りが立ち上っていた。
ここまで完成したところで、フライパンの上にあらかじめ溶いておいた卵と牛乳を混ぜたものを落としてふんわりと固めていく。じゅわじゅわと焼ける音が心地よかった。中にチキンライスを閉じ込め、触れば破けてしまいそうなくらいにやわらかいオムライスの完成だ。

最後に、器に盛り付けられたオムライスの上に、濃厚なデミグラスソースがたっぷりとかけた。
我ながら美味しそうにできたと思う。お店にも出せそうだなと自画自賛しながら、同時進行で作っていたオニオンスープもよそっておく。これももちろん、ハルトリッヒの魔力で置き換え済みだ。もしハルトリッヒが実は予想以上に弱っていて、オムライスという固形物が食べられなかった場合もこちらだけでも食べられればと思って用意したものだ。
こうして料理の準備は1時間もかからずに終わった。ねんのため、ハルトリッヒの魔力で保温魔法をかけながら、彼のいる部屋にそれらを運ぶ。

「はい。ご飯持ってきた」

ハルトリッヒは私が持ってきたものを見ると同時に、スプーンを奪い取るように私の手からひったくった。しかし、食べようとスプーンで掬おうとする手つきは少し震えている。毒でも盛っていると思われているのだろうか。そんなものを盛っていないと証明するために、代わりに最初の一口を食べてあげようとしたところで、ハルトリッヒが決意したように動いた。お腹が空き始めていただけに少しだけ残念に思ったことは秘密だ。
決意したら早いようで、彼は掬ったそれを口に突っ込んだ。

「……やっぱり貴方自身の魔力で染め上げたものは食べられるのね」

実のところ、原理的には出来るだろうが、実際に食べられるかは賭けの部分があったので、きちんと咀嚼して飲み込んだのを見て、胸をなでおろした。
ボケっとハルトリッヒを観察していたのだが、ハルトリッヒが2口目を口に運ぼうとしたところでギョッとする。

「なんで泣いてるの!!?」
「え……は?なんだ、これ」

ぽろぽろと金色の瞳から涙が落ちていく。
え、泣くほどまずかった?何か分量を間違えてしまった??と戸惑うが、ハルトリッヒは休むことなくスプーンを使ってオムライスを減らしていった。
そしてオニオンスープまで完食した後に一言、とても小さな声で呟いた。

「美味しかった……ありがとう」
「どういたしまして。貴方が回復するまではまた作るわ」

一応、不味すぎて泣いたわけではなかったようで安心した。
何故泣いたのかは彼の感情の問題もあるような気がしたので、深くは聞かなかった。今は普通に起きてボケっとしているので、体調的には問題ないのだろう。
完全に回復する日もそう遠くはないのだろうと思いながら、彼の居る部屋を後にした。
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