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第三章:ポッシェ村

53.ハルトリッヒの目覚め②

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次の日。私は再びハルトリッヒのいるこの場所を訪れていた。サミュエルはブーブーと自分以外の男と過ごすだなんて!!と言って引き留めようとしてきたが、今回は私しか対応出来なさそうな案件だったので、置いてきた。デート一回するという約束を取り付けられたのは非常に痛手だが、必要な犠牲だった……と思い込むことで、我慢した。
クラウスはなんだか落ち込んでいるようで何も言ってこなかった。少し心配だが、声を掛けて話すほどの時間はなかった。

さて。ここまで来た理由は、彼が食事を拒否するからというものだった。

「……ご飯、食べられない?」
子供ガキを諭すみたいに言うんじゃねえ!」
「そういう意味で聞いたんじゃなくて、刻印のせいでしょう?貴方の食事には一応、魔力を極力削いだものをって指定したんだけど」
「……ダメだった」
「そっか」

軽い感じで返したが、これは由々しき事態だった。エーテルは魔力の塊だから当然ダメだとして、ここまで彼の刻印が強く弾くだなんて。これでも事前に彼の食事は確認したのだ。魔法を使わずに自然の力で育てた素材のみを使った食事で、不純な魔力や人の魔力が籠もっていない状態になっていたはずなのだが、食べられなかったようだ。
いくら治療したと言っても、食事が摂れないと魔力の回復なんて出来ない。身体が弱っていく一方だろう。

「今までは何を食べていたの?」
「なんか、渡されたタブレット」
「それは今持ってる?」
「……なくした」
「作り方は知ってる?」
「…………知らない」

彼もそれなりに焦っているようで、顔面が少し青くなっている。凶暴な面さえ知らなければ、可哀想な病弱美少年である。
しかし、食事を自由に食べられないとなると、本当に少しだけ可哀想に思えてきた。だからこそ、彼を完全に治療したという状態にするためにも、私が一肌脱ぐことにした。

「好きな料理ってある?」
「は?」
「私が作れば、きっと貴方は食べられるから。それにどうせなら美味しい……好きなものを食べたいでしょう?」

ハルトリッヒは最初は意味がわからないという顔をしたが、言わなければ私が動かないという気配を感じたのだろう。
長考の末、ポツリと呟いた。

「……オムライス。卵がふわふわのやつが食べたい」
「うん。分かった」

また一仕事ひとしごとするかー、と部屋を出る。私も病み上がりのようなものだが、背筋を伸ばして気合を入れて、準備に取り掛かった。
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