上 下
46 / 76
第三章:ポッシェ村

45.平常運転

しおりを挟む
「サミュエル、起きて」
「んー、ソフィア?」

ずっと看病してくれていたらしいサミュエルを起こすのは少し申し訳なかったが、こんな固い床で眠るよりはきちんと自室に戻って休んだ方が良いだろう。そう思って彼の肩を軽く揺すって起こそうとする。
一応返事を出来るくらいには意識があるようだ。これくらいに意識があるのであれば、肩を貸せばきっと部屋に返せるだろう。

「肩貸すから、部屋に帰ってから休ん――」
「おはよう、僕のお姫様」

うつ伏せで眠っていたサミュエルのために、身体を屈めて肩を貸そうとしていた体勢からグイっと両手で肩を引き寄せられ、抱き寄せられる。驚きすぎて声が出なかったが、明らかにサミュエルは寝ぼけていた。

「っ離して!」
「だーめ。暴れないで」

いつもよりも気の抜けた声でゆるゆると甘ったるい言葉を吐いてくる。この男、意識が完全に覚醒していないくせに力が強い。しかも目を閉じながら、耳に直接囁きかけてくるように声を発してくるせいで耳がこそばゆくて仕方がなかった。
動揺していると、サミュエルの手が段々と肩から背中、腰回りへと怪しくなぞるように降りてくる。それを感じると同時に、手が勝手にサミュエルの脳天を大きく揺さぶった。

「いっっっっつーー!!」

******

「ごめんなさい」
「はあ、貴方のセクハラ行為は今に始まった事じゃないので、もういいわ。これ以降気を付けて」
「……僕に触れられるのは嫌?」
「は?」
「僕は君に触れたいっていつでも思っているよ」

いつの間にか私が座っていたベッドの淵の左隣に腰を掛け、右手で私の手をするりと撫でてくる。その感触が擽ったくて手を引っ込めそうになるが、強く手を握られ、それは許してもらえなかった。

「なに、言って――いるの」
「ん?君を口説いてるんだけど、分からない?」

冷静にしゃべることが出来ない。急に真面目な顔で距離を詰められて、頬に熱が集まるのを感じる。今までサミュエル相手にこんな状態になったことはなかったのに、『死の制約』を経て改めて口説かれてみると、以前は感じなかった彼の真剣さや痛いくらいに強い想いを感じてしまったのだ。

「っその、私は……こういうのは、あの……」
「うん。こういうのは?ダメ?それともダメじゃない?」

手を握っている方と逆の手がスルリと上ってきて、首筋に触れる。自分でもこういう真っすぐすぎる明らかに好意が籠った色気のある迫られ方は今までされていなかったということもあり、どうすれば良いのか分からない。彼の手が冷たく感じるくらいに身体が熱くなっていた。
そして段々とサミュエルの顔が近付いてくる。キスをしようとしてきている。
そこまで認識して、やっと正常な思考回路が戻って来た。

「何しようとしてんのよ!!」
「ぶへばっ!」

目の前には思い切りベッドのサイドに顔をぶつけて埋めたサミュエルが居た。
本当にこの男は油断も隙もない。しかし私を口説くくらいに無駄な元気があるのであれば、このまま休みを与えずに、私を襲ってきた人間達の元に案内させても問題ないだろう。
先程赤面させられた恨みも込めて、倒れ伏しているサミュエルを軽く足蹴にして叩き起こした――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...