1 / 76
第一章:序章
0.プロローグ
しおりを挟む
「ソフィア姉様。貴女、邪魔です」
「え……?」
「聖女という権力を振りかざして、私とジョン様の仲を邪魔しないでください。私達、愛し合っているんです。それにずっと前に一線を越えちゃってます。このお腹の中にはきっと既に新しい命が宿っているわ。なのにっ!彼は姉様がいるから私とは結婚することが出来ないって――」
公爵家令嬢であり、聖女ひいては第二王子の婚約者として仕方なく出席した舞踏会にて。
血筋上は父親と呼べる存在に無理矢理引っ張られて、立たされたその場所は、この国の権力者が集まる会場のど真ん中。
中規模の舞踏会であったため、この国の王、そして王妃はいなかったが、それ以外の貴族はかなりの人数が集まっていた。中には妹の取り巻きをやっているのを見たことがある、公爵子息や伯爵令嬢などなど。殆どの顔ぶれがそうなのだから、私の味方がいないことは一瞬で理解することが出来た。
そして冒頭。私の妹であるモリー=トリプレートのこの発言だ。
彼女は隣にジョン=ブレメンス第二王子――私の婚約者を引き連れていた。殆どないような胸を男の腕に擦りつけるようにしながら、イチャイチャを見せつけてくる姿がなんともウザったい。多分、ジョンの方はその胸の存在感のなさに、押し付けられていることに気付いてすらいないだろうななんてくだらないことを考えていた。
しかし、この場でおっぱじめるのではないか?という程に親密な雰囲気だ。
そしてイチャイチャにも飽きたのか、その父親譲りの赤い髪の毛を揺らして悲しそうな表情を作りながら続ける。
「大丈夫です。ジョン様の婚約者になるからには公爵家の人間としての聖女の役目も私が全て引き受けますから。だから残念ですが、姉様にはもう公爵家としてのお役目はありません。どうぞ公爵家から――この国から出て行ってください」
言い終わった直後。モリーは会場の視線を一身に浴びて少し気持ちよさそうにしており、場違いだがその間抜け面に少し笑ってしまいそうだった。
話を要約してしまえば彼女は私の婚約者であるジョン=ブレメンス第二王子と一線を越えた……身体の関係を持ってしまっているらしい。しかし身体も心を通わせたは良いが、このままでは国の聖女という権力者でありジョンの婚約者でもある私の存在が邪魔である……というところだろうか。
大前提として私はとある理由から基本的に婚約者である王子に対して別段興味はない。だからまず彼が自分の妹に手を出している事なんて知らなかった。それ故――知っていたとしてもやらないだろうが――別に権力を振りかざして二人の仲を切り裂こうとした覚えなどない。だが、彼女らからはそう認識されているようだった。両想い(片方は婚約者あり)なのに、それに嫉妬した姉に権力で切り裂かれそうになる恋人たち。まさにモリ―にとってここは、大舞台。そして悲劇のヒロインになったつもりなのであろう。
でも言われてみれば、最近婚約者の様子がどことなくおかしかった様な気がする。公爵家としての仕事を終えての義務感から会いに行き、話しかけてもどこか呆けており常に上の空。部屋を少し観察してみれば、綺麗に装飾されている見覚えのない女性ものの宝飾品と部屋全体から漂う強力な香水の匂い。それに極めつけに今日、私は婚約者からの言付けで誰にもエスコートされずに会場に来た。これまた義務感からドレスを着て、一人で会場に入って来たが、これは『普通』ではないのだ。
それだけじゃない。最近この妹は妙に浮かれてウキウキとしていた気がする。それに両親も妙に羽振りが良く、公爵家本邸には新しい家具や食器が増えていた。
兆候はそれなりにあったのだな、と、興味がなさすぎて働かない頭で考える。
ここまでの話を更にかみ砕いて要約すると『妹、両親、婚約者らにとって正規婚約者である私の存在が邪魔であるが故に消えろ』と、そういうことらしい。
実のところ、こんな予想外な事を言われると思っていなかったので、ここまで理解するのに少し時間がかかってしまった。なにせ一瞬、脳ミソの理解許容量を超えてしまったのだ……あまりにも言動が愚かすぎて。
チラリと妹と婚約者の後ろに視線を走らせる。彼女らの後ろに控えている一応は私と血の繋がった父親と、その後妻であり、モリーの母親でもある私にとっての義母。
彼らは口を挟んでくるような気配は一切ない。どちらも既に知っている……それどころか彼らがここに呼び出したのだ。同意は確認済みということだろう。瞳には隠しきれない権力への欲望が滲んでいる気がした。
醜い。なんて醜悪な姿。一度、自分の今の姿を鏡で見てくることをお勧めしたかったが、今はそんなことを言っている場合ではないので、口を噤んだ。
私達を遠巻きに囲む舞踏会に参加している面々も全員面白い事が起きているという好奇の表情を浮かべており、何かしらを反発したりする者など一人もいなかった。彼らにとって自分たちは格好の見世物になっていることはすぐに察することが出来た。
会場の全てがなんとも醜く人間らしい……正直吐き気すらする。
反吐が出るだなんて思いながらも、同時にこの状況に感謝すらしていた。なにせこの妹は聖女の役目を全て引き受けると言った。あんな重労働、私とてやりたくてやっていたのではない。私以外にやりたい、そして出来るという人間がいなかったから、仕方なくやっていたのだ。
この半分しか血の繋がっていない愚かな妹が哀れで哀れで愉快で仕方がない……だってこの国で聖女の役目が果たせるのは私しかいないというのは聖女である自身が一番よく分かっている事実。しかし妹含め、他の人間達は、私の事をそもそも見ようとしてすらいないので、それを知らない。腹の底からこみ上げてきそうな高笑いを押し殺して、努めて冷静な声を出す。
「そうですか。ならご自由にどうぞ」
意識的に落ち込んでいるように演出した表情とは裏腹に、心の中は喜びのファンファーレが鳴り響いてすらいた。これでやっとあの家……そしてこのクソみたいな国から解放される――と。
「え……?」
「聖女という権力を振りかざして、私とジョン様の仲を邪魔しないでください。私達、愛し合っているんです。それにずっと前に一線を越えちゃってます。このお腹の中にはきっと既に新しい命が宿っているわ。なのにっ!彼は姉様がいるから私とは結婚することが出来ないって――」
公爵家令嬢であり、聖女ひいては第二王子の婚約者として仕方なく出席した舞踏会にて。
血筋上は父親と呼べる存在に無理矢理引っ張られて、立たされたその場所は、この国の権力者が集まる会場のど真ん中。
中規模の舞踏会であったため、この国の王、そして王妃はいなかったが、それ以外の貴族はかなりの人数が集まっていた。中には妹の取り巻きをやっているのを見たことがある、公爵子息や伯爵令嬢などなど。殆どの顔ぶれがそうなのだから、私の味方がいないことは一瞬で理解することが出来た。
そして冒頭。私の妹であるモリー=トリプレートのこの発言だ。
彼女は隣にジョン=ブレメンス第二王子――私の婚約者を引き連れていた。殆どないような胸を男の腕に擦りつけるようにしながら、イチャイチャを見せつけてくる姿がなんともウザったい。多分、ジョンの方はその胸の存在感のなさに、押し付けられていることに気付いてすらいないだろうななんてくだらないことを考えていた。
しかし、この場でおっぱじめるのではないか?という程に親密な雰囲気だ。
そしてイチャイチャにも飽きたのか、その父親譲りの赤い髪の毛を揺らして悲しそうな表情を作りながら続ける。
「大丈夫です。ジョン様の婚約者になるからには公爵家の人間としての聖女の役目も私が全て引き受けますから。だから残念ですが、姉様にはもう公爵家としてのお役目はありません。どうぞ公爵家から――この国から出て行ってください」
言い終わった直後。モリーは会場の視線を一身に浴びて少し気持ちよさそうにしており、場違いだがその間抜け面に少し笑ってしまいそうだった。
話を要約してしまえば彼女は私の婚約者であるジョン=ブレメンス第二王子と一線を越えた……身体の関係を持ってしまっているらしい。しかし身体も心を通わせたは良いが、このままでは国の聖女という権力者でありジョンの婚約者でもある私の存在が邪魔である……というところだろうか。
大前提として私はとある理由から基本的に婚約者である王子に対して別段興味はない。だからまず彼が自分の妹に手を出している事なんて知らなかった。それ故――知っていたとしてもやらないだろうが――別に権力を振りかざして二人の仲を切り裂こうとした覚えなどない。だが、彼女らからはそう認識されているようだった。両想い(片方は婚約者あり)なのに、それに嫉妬した姉に権力で切り裂かれそうになる恋人たち。まさにモリ―にとってここは、大舞台。そして悲劇のヒロインになったつもりなのであろう。
でも言われてみれば、最近婚約者の様子がどことなくおかしかった様な気がする。公爵家としての仕事を終えての義務感から会いに行き、話しかけてもどこか呆けており常に上の空。部屋を少し観察してみれば、綺麗に装飾されている見覚えのない女性ものの宝飾品と部屋全体から漂う強力な香水の匂い。それに極めつけに今日、私は婚約者からの言付けで誰にもエスコートされずに会場に来た。これまた義務感からドレスを着て、一人で会場に入って来たが、これは『普通』ではないのだ。
それだけじゃない。最近この妹は妙に浮かれてウキウキとしていた気がする。それに両親も妙に羽振りが良く、公爵家本邸には新しい家具や食器が増えていた。
兆候はそれなりにあったのだな、と、興味がなさすぎて働かない頭で考える。
ここまでの話を更にかみ砕いて要約すると『妹、両親、婚約者らにとって正規婚約者である私の存在が邪魔であるが故に消えろ』と、そういうことらしい。
実のところ、こんな予想外な事を言われると思っていなかったので、ここまで理解するのに少し時間がかかってしまった。なにせ一瞬、脳ミソの理解許容量を超えてしまったのだ……あまりにも言動が愚かすぎて。
チラリと妹と婚約者の後ろに視線を走らせる。彼女らの後ろに控えている一応は私と血の繋がった父親と、その後妻であり、モリーの母親でもある私にとっての義母。
彼らは口を挟んでくるような気配は一切ない。どちらも既に知っている……それどころか彼らがここに呼び出したのだ。同意は確認済みということだろう。瞳には隠しきれない権力への欲望が滲んでいる気がした。
醜い。なんて醜悪な姿。一度、自分の今の姿を鏡で見てくることをお勧めしたかったが、今はそんなことを言っている場合ではないので、口を噤んだ。
私達を遠巻きに囲む舞踏会に参加している面々も全員面白い事が起きているという好奇の表情を浮かべており、何かしらを反発したりする者など一人もいなかった。彼らにとって自分たちは格好の見世物になっていることはすぐに察することが出来た。
会場の全てがなんとも醜く人間らしい……正直吐き気すらする。
反吐が出るだなんて思いながらも、同時にこの状況に感謝すらしていた。なにせこの妹は聖女の役目を全て引き受けると言った。あんな重労働、私とてやりたくてやっていたのではない。私以外にやりたい、そして出来るという人間がいなかったから、仕方なくやっていたのだ。
この半分しか血の繋がっていない愚かな妹が哀れで哀れで愉快で仕方がない……だってこの国で聖女の役目が果たせるのは私しかいないというのは聖女である自身が一番よく分かっている事実。しかし妹含め、他の人間達は、私の事をそもそも見ようとしてすらいないので、それを知らない。腹の底からこみ上げてきそうな高笑いを押し殺して、努めて冷静な声を出す。
「そうですか。ならご自由にどうぞ」
意識的に落ち込んでいるように演出した表情とは裏腹に、心の中は喜びのファンファーレが鳴り響いてすらいた。これでやっとあの家……そしてこのクソみたいな国から解放される――と。
263
お気に入りに追加
3,558
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい
カレイ
恋愛
公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。
聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。
その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。
※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
聖女の取り巻きな婚約者を放置していたら結婚後に溺愛されました。
しぎ
恋愛
※題名変更しました
旧『おっとり令嬢と浮気令息』
3/2 番外(聖女目線)更新予定
ミア・シュヴェストカは貧乏な子爵家の一人娘である。領地のために金持ちの商人の後妻に入ることになっていたが、突然湧いた婚約話により、侯爵家の嫡男の婚約者になることに。戸惑ったミアだったがすぐに事情を知ることになる。彼は聖女を愛する取り巻きの一人だったのだ。仲睦まじい夫婦になることを諦め白い結婚を目指して学園生活を満喫したミア。学園卒業後、結婚した途端何故か婚約者がミアを溺愛し始めて…!
【完結】聖女の妊娠で王子と婚約破棄することになりました。私の場所だった王子の隣は聖女様のものに変わるそうです。
五月ふう
恋愛
「聖女が妊娠したから、私とは婚約破棄?!冗談じゃないわよ!!」
私は10歳の時から王子アトラスの婚約者だった。立派な王妃になるために、今までずっと頑張ってきたのだ。今更婚約破棄なんて、認められるわけないのに。
「残念だがもう決まったことさ。」
アトラスはもう私を見てはいなかった。
「けど、あの聖女って、元々貴方の愛人でしょうー??!絶対におかしいわ!!」
私は絶対に認めない。なぜ私が城を追い出され、あの女が王妃になるの?
まさか"聖女"に王妃の座を奪われるなんて思わなかったわーー。
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる