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第一章:序章

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「ソフィア姉様。貴女、邪魔です」
「え……?」
「聖女という権力を振りかざして、私とジョン様の仲を邪魔しないでください。私達、愛し合っているんです。それにずっと前に一線を越えちゃってます。このお腹の中にはきっと既に新しい命が宿っているわ。なのにっ!彼は姉様がいるから私とは結婚することが出来ないって――」

公爵家令嬢であり、聖女ひいては第二王子の婚約者として仕方なく出席した舞踏会にて。
血筋上は父親と呼べる存在に無理矢理引っ張られて、立たされたその場所妹と婚約者の前は、この国の権力者が集まる会場のど真ん中。
中規模の舞踏会であったため、この国の王、そして王妃はいなかったが、それ以外の貴族はかなりの人数が集まっていた。中には妹の取り巻きをやっているのを見たことがある、公爵子息や伯爵令嬢などなど。殆どの顔ぶれがそうなのだから、私の味方がいないことは一瞬で理解することが出来た。

そして冒頭。私の妹であるモリー=トリプレートのこの発言だ。
彼女は隣にジョン=ブレメンス第二王子――私の婚約者を引き連れていた。殆どないような胸を男の腕に擦りつけるようにしながら、イチャイチャを見せつけてくる姿がなんともウザったい。多分、ジョンの方はその胸の存在感のなさに、押し付けられていることに気付いてすらいないだろうななんてくだらないことを考えていた。
しかし、この場でおっぱじめるのではないか?という程に親密な雰囲気だ。

そしてイチャイチャにも飽きたのか、その父親譲りの赤い髪の毛を揺らして悲しそうな表情を作りながら続ける。

「大丈夫です。ジョン様の婚約者になるからには公爵家の人間としての聖女の役目も私が全て引き受けますから。だから残念ですが、姉様にはもう公爵家としてのお役目はありません。どうぞ公爵家から――この国から出て行ってください」

言い終わった直後。モリーは会場の視線を一身に浴びて少し気持ちよさそうにしており、場違いだがその間抜け面に少し笑ってしまいそうだった。

話を要約してしまえば彼女は私の婚約者であるジョン=ブレメンス第二王子と一線を越えた……身体の関係を持ってしまっているらしい。しかし身体も心を通わせたは良いが、このままでは国の聖女という権力者でありジョンの婚約者でもある私の存在が邪魔である……というところだろうか。


大前提として私はから基本的に婚約者である王子に対して別段興味はない。だからまず彼が自分の妹に手を出している事なんて知らなかった。それ故――知っていたとしてもやらないだろうが――別に権力を振りかざして二人の仲を切り裂こうとした覚えなどない。だが、彼女らからはそう認識されているようだった。両想い(片方は婚約者あり)なのに、それに嫉妬した姉に権力で切り裂かれそうになる恋人たち。まさにモリ―にとってここは、大舞台。そして悲劇のヒロインになったつもりなのであろう。


でも言われてみれば、最近婚約者の様子がどことなくおかしかった様な気がする。公爵家としての仕事を終えての義務感から会いに行き、話しかけてもどこか呆けており常に上の空。部屋を少し観察してみれば、綺麗に装飾されている見覚えのない女性ものの宝飾品と部屋全体から漂う強力な香水の匂い。それに極めつけに今日、私は婚約者からの言付けで誰にもエスコートされずに会場に来た。これまた義務感からドレスを着て、一人で会場に入って来たが、これは『普通』ではないのだ。


それだけじゃない。最近この妹は妙に浮かれてウキウキとしていた気がする。それに両親も妙に羽振りが良く、公爵家本邸には新しい家具や食器が増えていた。
兆候はそれなりにあったのだな、と、興味がなさすぎて働かない頭で考える。

ここまでの話を更にかみ砕いて要約すると『妹、両親、婚約者らにとって正規婚約者である私の存在が邪魔であるが故に消えろ』と、そういうことらしい。

実のところ、こんな予想外な事を言われると思っていなかったので、ここまで理解するのに少し時間がかかってしまった。なにせ一瞬、脳ミソの理解許容量を超えてしまったのだ……あまりにも言動が愚かすぎて。

チラリと妹と婚約者の後ろに視線を走らせる。彼女らの後ろに控えている一応は私と血の繋がった父親と、その後妻であり、モリーの母親でもある私にとっての義母。
彼らは口を挟んでくるような気配は一切ない。どちらも既に知っている……それどころか彼らがここに呼び出したのだ。同意は確認済みということだろう。瞳には隠しきれない権力への欲望が滲んでいる気がした。
醜い。なんて醜悪な姿。一度、自分の今の姿を鏡で見てくることをお勧めしたかったが、今はそんなことを言っている場合ではないので、口を噤んだ。

私達を遠巻きに囲む舞踏会に参加している面々も全員面白い事が起きているという好奇の表情を浮かべており、何かしらを反発したりする者など一人もいなかった。彼らにとって自分たちは格好の見世物になっていることはすぐに察することが出来た。

会場の全てがなんとも醜く人間らしい……正直吐き気すらする。
反吐が出るだなんて思いながらも、同時にこの状況に感謝すらしていた。なにせこの妹はと言った。あんな重労働、私とてやりたくてやっていたのではない。私以外にやりたい、そして出来るという人間がいなかったから、仕方なくやっていたのだ。
この愚かな妹が哀れで哀れで愉快で仕方がない……だってこの国で聖女の役目が果たせるのは私しかいないというのは聖女である自身が一番よく分かっている事実。しかし妹含め、他の人間達は、私の事をそもそも見ようとしてすらいないので、それを知らない。腹の底からこみ上げてきそうな高笑いを押し殺して、努めて冷静な声を出す。

「そうですか。ならご自由にどうぞ」

意識的に落ち込んでいるように演出した表情とは裏腹に、心の中は喜びのファンファーレが鳴り響いてすらいた。これでやっとあの家……そしてこのクソみたいな国から解放される――と。
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