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「ねえ、リオン。君、神の記憶を見ただろう?この国について、王族について、どう思った?」
「……そうですね。最低な気分になりました」
「ははっ!『最低な気分になった』だけだなんて、君はこんな時でもオブラートに包むんだね。俺に気を遣わずに、滅びれば良いと思ったとかって言えばいいのに」
「エルヴィヒ、貴方も王族でしょう」
「そうだけど、俺は王族なんて、こんな国なんて滅びれば良いと思ってるからさ」

リオンがエルヴィヒに本音などそのまま喋らないということは知っているのだろう、エルヴィヒはケラケラと笑う。そして楽しそうに言うのだ。こんな国は滅びてしまえと。それに対して、彼と昔から交流があったリオンが何も言えないまま黙っていると、エルヴィヒ少し真面目な顔になって話し出す。

「それで、さ。リオンは神に酷い仕打ちをした国王が、実はついこの間まで生きていたって言ったらどうする?」
「は?そんなことあり得るはずがないでしょう。どんなに強い魔力持ちでも、生きられて300年と言われているのに。今、彼が生きていたら800歳はくだらないですよ?」
「それがあり得たんだよ。俺が殺した。代々王族の精神に乗り移っていたアイツを、あの混乱の中、俺の親父ごとね。殺したんだ」

エルヴィヒ曰く、クロエとリオンそれぞれの中にいる神を追い詰め、騙して、散々利用し続けたその王の名前はドートレット=シュヴァルツフィールド。彼は神々から奪い、搾取し続けた魔法技術と魔力によって、別の肉体を乗っ取る魔法を編み出したのだという。しかしその魔法は自身の血肉を分けた者にしか使うことができない。だからこそ自身の子孫を利用した。そうして子孫の肉体に乗り移ることによって、代々この国をその時代の『王』として操り続けてきたのだ。

今回も本来であればエルヴィヒの兄に乗り移る……はずだった。しかし兄には重大な欠陥があったのだ。遺伝子異常で、子孫を残す子種がなかった。
ドートレットの魔法は、その性質から分けた血が濃ければ濃いほどに馴染む。
兄がずっと国王を継ぐからと放置されていたはずのエルヴィヒは少し前に急に騎士団の副団長というポストを与えられ、強制的に入団させられたのだという。そこまで聞いてリオンは合点が入った。
リオンがクロエにエルヴィヒを諦めろと、アイツに好きな人間がいると言ったのは、実は嘘ではない。公爵家の人間としてそれなりに昔からエルヴィヒと交流のあったリオンは知っていた。エルヴィヒには想い合い、結婚の約束までしていた女性がいたのだ。彼女の名前はマチルダ。マチルダ=コードレント。地方の子爵令嬢だった。
噂では田舎娘を揶揄う遊びをしていたエルヴィヒが酷い振り方をしたと言われていたが、その実違う。エルヴィヒは明らかにあの日から『変化』した。近くにいたリオンだからこそわかったことかもしれないが、なんとなくまだマチルダのことが好きなのだということは直感的にわかっていた。何か事情があるのだと思ったから、口には出さなかったが。しかし今、その理由がわかった。

「貴方がマチルダさんとの婚約を破棄した原因はそれだったのですか?」
「ああ、そうだよ。そうしないとマチルダを守れなかった。彼女をどれだけ傷つけることになろうと、彼女が死ぬよりはマシさ」
「婚約破棄には何か事情があるとは思っていましたが、そんな経緯があったんですね」
「事情……?」
「ええ。無駄に付き合いが長いから僕がわかっただけかもしれませんが、貴方はマチルダさんのことを彷彿とさせる話題には何かしらの反応を示してましたから。あのマチルダさんが遊びだったという噂は嘘だったのだというのはなんとなくわかっていました。だからこそ、クロエさんが貴方を好きだと知って、止めたというのもあります。明らかに悲恋ですからね」

珍しく、虚をつかれたようにぽかんとした顔をするエルヴィヒ。それに内心面白い顔をしているなと思いながら、リオンは腐れ縁のこの呪われたように運が悪い男を見つめる。
数拍後にはいつもの余裕そうな顔に戻っていたが、やはり昔からこの男の根本的な部分だけは変わっていないのだと、リオンは思った。この男は、結局身近な人間を『見捨てる』ことができないのだ。
自分の血族や部下、研究員などに関しては、恨んでいたり、そもそも関心が無かったりで簡単に切り捨てるが、リオンやクロエ、ジェレミーやシトリーと言った気に入っている面々に関しては違う。
彼と話して、事情を聞いて、これは確実にエルヴィヒが裏で糸を引いていたということもリオンはなんとなく察していた。しかし結局、リオンや自分が危険な目に見舞われようとも、一応対抗策は出してくれている。
きっと王を殺した今、少しでも早くマチルダに会いに行きたいと思っているだろうに、殺したことがバレて、捕まるリスクを少しでも減らしたいだろうに。そういうところが変わらない部分だった。
もし今回の計画が成功したら、100回くらい半殺しにするだけで許そうとは思えるくらいに、リオンはエルヴィヒを許し始めていた。

「……バレてたのか。あと、何回も言うけど、クロエちゃんが俺のことを好きだのなんだのって、リオンの勘違いだから」
「未だに信じられませんが、貴方は昨日もソレを言っていましたね」
「うん。これだけは珍しく本当だからさ。彼女が目覚めたら、ちゃんと向き合ってあげてよ。俺から言えるのはこれだけ。これでも君達には悪い事をしたと思ってるんだ」

一応悪いことをしたとは思っていたらしい。
ばつが悪そうな顔をしているエルヴィヒを見て、半殺しにするのは30回くらいでいいかと思い直すリオンだった。
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