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目覚めた女は一瞬にして王都の城門前に移動する。

「相変わらず、人間臭い場所」

「っ誰だ!お前、止まれ!!」
「これは警告です。そこで止まらないのであれば、強制的に排除します」

クロエであった者の口からは、彼女だった頃の面影もない程に冷たく、表情のない声が発される。急に目の前に転移……出現した彼女に対して門番達の警戒する声が辺りに響いた。

「――敵と判断し、対処します」
「その程度の武器で私を殺せるとでも?」
「ッヒィ」

止まらない彼女に対して、向けていた武器を全て目の前で塵にされた門番達は、その異常さに思わず悲鳴をあげる。
ただ彼女は片手を振っただけなのだ。それだけで武具を無効化した。
クロエの天賦魔法は、『物体顕現』。魔力で物体を作り出す物。自分のエネルギーで『有』を創り出すのだ。逆に今使ったのは自分のエネルギーでその場に『無』を創り出すものだった。魔力で目の前にあるものの存在自体を打ち消す。そんな魔法――。
クロエの魔法を利用してはいるが、普段の彼女では使う事のない、全く異質なもの。

対峙して初めて、その中で渦巻く魔力の異常さに気が付いたのだろう。一番近くで対峙していた者は深淵を覗き見し、そのあまりの恐怖に失禁していた。緊張感と恐怖心が極限まで高まった空気の中、それ以上彼女に歯向かえる者は、誰もそこにいなかった――。

***

まだ日の高い真っ昼間。
大地を震わすような轟音が王都に響き渡る。

何事かと民衆が音の方向に目を向けると、本来街より高いところに位置するはずの王城が半壊し、街のある方に崩れ始めているところだった。城下町の所々から悲鳴があがる。ある者は、『魔物の襲撃か!?』と叫び散らかし、またある者は『終わりだ……ついにあの国が侵略戦争を仕掛けてきたんだ――』などと意味不明なことブツブツと呟く、混沌とした状況。
それほどまでに急に起きた出来事だった。
何百人もの民が、崩れた王城の瓦礫に押しつぶされる未来を脳で過らせ、叫び、逃げまどいながらも、最後の瞬間には死を覚悟して目を閉じる。しかし、彼らのそんな未来はやってこなかった。

「リオン団長!」
「第一部隊はこの騒ぎの原因の調査、第二、第三部隊は住民の避難を……その後は緊急時のマニュアルに従って行動してください。僕はこのまま瓦礫をこの場で止めておきます」
「はい!どちらもすぐに完了させてきます。団長もお気を付けて」

魔法で瞬時に自身とその部下を城下町に転移させたリオンが、結界系の魔法を駆使し、全てを助けた。
民衆はなにが起こったのかわかっていない者が殆どだったが、リオンの部下である黒騎士たちによってすぐさま安全な場所へと移されていた。

さて、リオンは今現在、瞬間的な転移や結界といった複数の珍しい魔法を行使しているが、これは彼自身の魔法ではない。否、確かに彼が使用している魔法ではあるが、のだ。
リオンの天賦魔法は『融合』。これはクロエのものと同じくかなり希少な能力である。
基本的能力としては、物体同士を魔力で同化させるというものだ。文献によると、身体の一部に武器を融合させて自分自身を武器化したり、敵同士や敵と地面などを物理的に無理矢理融合させて、動けなくすることなども可能。
しかしそれだけではない。彼の場合は特に才能に恵まれていた。自身の能力と魔法を深く理解し、それを使う才能。保有魔力量が多いという才能。それ故に、この天賦魔法の真骨頂とも言える力を覚醒させた。

武器と魔法石として取り出した他人の魔法を『融合』させ、自身のものとする。魔法石で魔法の型を取り込むことで、いつでもそれを使えるようにするのだ。その原理から、その能力は、他人の天賦魔法の模倣すらも可能とさせた。
リオンはその力を18歳という若さで発現させてから、能力を伸ばし続けてきたのだ。彼の持つ魔法の種類は数百以上あるのではないか、と言われる程に多い。他国からも百戦錬磨の騎士として恐れられていた。

今回使ったのも彼が天賦魔法で手に入れた魔法の内の一つ。結界の魔法石を融合させた盾を地面に突きさすことで、広範囲で高い強度の結界を張れるものである。
その結界は強固であり、全ての瓦礫が空中で停止している。何も知らずにみれば、まるで時を止めている様だ。
そうして住民が避難し終わった頃だろうか。ソレは現れた。

「クロエ……さん?」
「コレも違う、か」

結界を使い続けていたリオンの目の前に現れた、クロエであるのにクロエでないソレ。どこか違和感を感じながらも、声を掛けずにはいられなかった。
リオンはあの日からずっと後悔していた。あの時言ってしまったあの言葉を、あの後彼女を引き止められなかったことを。
クロエの知り合いに会うたびに否定される彼女の存在と共に過ごしたはずの記憶。どれだけ探し求めても、その存在の残滓すらも見つけさせてもらえない。あの時、彼女の想いを否定して、傷つけたことは分かっていた。久々に見た涙に動揺したことも事実だ。でも、だからこそあれで終わりにしたくなかった。だって彼は彼女に伝えたい言葉があったのだ。ずっと素直になれなくて、伝えられなかったその言葉。言えなくて後悔し続けていたその言葉を。

「クロエさん、待ってください!!僕は貴女に伝えたいことが――」
「触るな、人間風情が」

触れようとして、払いのけられた手。彼女からの拒絶ともとれる行為にリオンは一瞬ショックを受ける……がしかし、手に触れたと同時にその中心にある魔力に接触し、目の前にいる者がクロエではないことが分かる。否、これは正確にはクロエであるが、クロエではないナニカなのだ。

「……誰だ、お前は」

普段の猫を被ったリオンでは出さないような荒い、低い声が漏れる。
その言葉に女はなんとなく察したのか、微笑を浮かべる。

「なんだお前。この器の知り合いか?」
「器――やはり、中身が違うのか。彼女を返せっ!!」
「恋人?いや、違うな。お前の片思い……というところか。恋人であれば、この器をあんな場所にやる筈がない。まあ、諦めろ。この器は既に私のモノとなった」

その言葉がリオンの冷静な心を焼き払った――。
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