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あの急遽始まった現地調査から帰って来た後。
クロエはその日中に魔物の死体の解析を目当ての人物に頼んだ。結果が出るのはそれなりに時間がかかるだろう。
そしてその次の日には、騎士達を改めて呼び出した。そうして、一人一人の実力を知るために、戦闘訓練を行ったのだ。
普通に考えて、これはクロエの仕事ではない。本来であればこれも今回の任務のリーダーであるエルヴィヒの仕事だ。しかし、もはや流石というかなんというか、エルヴィヒは全く次回出撃の時の編成や準備をすることがなかった。むしろ、『戦略?テキトーでいいんじゃない~?クロエちゃんもジェレミー君も強いし』とまでアレは宣りやがったのだ。その発言を同じ場で聞いていた、あの日共に出撃していた騎士達の助けを求める様な目にクロエは耐えられなくなり、作戦・戦略を立てるために準備を進めたのだった。

エルヴィヒはただ単に『強い人間』を集めただけで、各人の能力や強さを雑にしか把握していなかったこともあり、攻撃の属性や相性の良い編成、支援の形、可能射程範囲などといった距離の型などなど全てを一からクロエが把握するために全員と戦闘を行った。手合わせという名のほぼ本気の殺し合いによって、各人の特徴と特性、そして実力を分析していったのだ。

各自の実力を資料に纏めたものを眺めながら、自室で頬杖をつく。
集められたこの騎士達はクロエ達よりも更に年若く、実力的にはまだまだ荒削りな部分もあるものの、かなり将来有望株ばかりのようだった。きっとこのまま暫く鍛え、バランスの良い編成を組んで戦略をたてれば、更に力を伸ばし、以前の戦闘など比にならないくらいにその高いポテンシャルを引き出すことが出来るだろう。
エルヴィヒなんかよりもかなり性格が素直な子が多いのもあるが、自分の受け持つ聖騎士団団員とはまた一味違い、団長としてではなく実力ある先輩として、少しでも技を盗もうと突撃する姿が可愛らしいと感じる。
育て甲斐のある後進達に思わず表情が緩んでいたところで、扉から4回控えめなノックの音が響いた。

「クロエさん、今お時間よろしいでしょうか」
「カルテ?ええ、大丈夫。入って」
「失礼します。先日、頼まれていた解析の結果が出ました」
「早かったわね?ありがとう、あとお疲れ様」

彼女は、魔物の死体を頼んでいた白騎士団所属の子だ。1週間はかかるかと踏んでいたが、3日ほどで結果をまとめた資料を持ってきたカルテの優秀さに舌を巻く。この子も戦闘要員ではないが、かなり優秀な子のようだ。
先程まで見ていた騎士達の資料を一旦机に置き、差し出された資料に目を通す。特に心の準備などしていなかったこともあるだろう。クロエは資料の内容に目を見開いた。

魔法による解析の結果、この魔物達は元・人間である、と――。

その文章に目を通したと同時に、カルテの方を向く。彼女はどことなく気まずそうに目を伏せていたが、見つめられているのが分かったと同時に、悲しそうな瞳を向けてくる。きっとこれらの『処分』をしたのがクロエ達だと知っているからだろう。
クロエは基本的に対魔物専門であり、人間と対峙することは殆どない。だから人間に手をかけるようなことは経験してこなかった。聖騎士について知っているだけに、カルテがクロエに気を遣っているのは明らかであった。

「そんな悲しそうな目をしないで。私は大丈夫だから」
「……その、でも、私はクロエさんは何も悪くないと思います。だって、魔物が元人間だなんて、私も聞いた事がないです。こんな残酷すぎる魔法――」
「うん。ありがとう。カルテは優しいのね」
「そんな、ことはっ!」

彼女の優しい言葉に心が暖かくなるのを感じた。こんな悪趣味にもほどがある、気持ちが悪い魔法、解析した側である彼女も気分が良くなかっただろうに、報告をされた側であるクロエにも気を遣ってくれているのだ。この子は根っからの優しい子なのだろう。流石、ジェレミーが所属している白騎士団で育った子なだけある。

改めて資料を読み進める。
この魔物達は、元々人間であったものの肉体を魔法で変質させた挙句、閉じ込めるように外側を魔法でコーティングすることで操られていたものである。だから、魔力の動きが変だと感じたのだな……なんて思考の片隅に浮かぶ。
もしかしたら、クロエが剣を突き立てた時、魔法を当てて燃やし尽くした時も中身に自我があり、中身では『やめて』と叫び、最終的には一方的に蹂躙されるがままの行為に助けを求めていたのかもしれない。

(考えるな!あの時はそれ以外に対抗手段はなかった)

そう。気付いていなかったこともあるが、これは『何かを特性ごと変質させる魔法』である。それは既に魔法なんて生易しいものではない。そこまでいくと、もはや『呪い』だ。

『呪い』というのは解呪するのがかなり難しい。
解き方として有効なものは術者を仕留めて、その魔法を解かせること。そしてもう一つだけ、これはかなり稀有な例ではあるが、解きたい側の術者がそのかけられた魔法の原理を知っており、同じ魔法が使えるという条件下の元、魔法をかけた術者以上の魔力でそれを上書きして、解くという方法しかない。実際のところ、後者についてはあまり聞いたことがない。
だからきっと、この後も魔物と対峙する度に、殺すしかないのだろう。これはエルヴィヒとジェレミー以外には伝えない方が良い情報かもしれない。きっと戦えなくなってしまう者や、あの時一緒にこの魔物らを倒した者達は酷いショックを受けるとクロエは考える。
この罪は自分達だけで背負えばいいのだ。彼らに隠したという罪ごと背負っていく。ジェレミーに関しては巻き込んでしまって少し申し訳ない気持ちがあるが、年長者としてクロエと共に知っておくべきことだろう。後進を護るのも先進者の務めだ。
資料を全て読み終わって、そんなことを考えていると、またカルテから声がかかった。

「クロエさん、その資料には書かなかったのですが、魔物の身体からは妙なモノが見つかったのです。見て頂いても良いでしょうか」
「……?ええ、むしろ情報が少しでも欲しいから、見せて」
「では、私に付いてきてください」

***

「クロエさん?……クロエさん!」
「っええ、ごめんなさい。少しボケっとしていたわ」

カルテがクロエの服の裾を引っ張り、声を掛けてくる。考え事に耽っていたこともあり、一瞬、声を掛けられていることに気づかなかった。連れてこられた死体安置室だった。独特なツンとする刺激臭が辺りに漂っており、あまり長居したい場所ではないなと思ってしまう。

「お見せしたかったのは、これです。魔力で覆われた内側、魔物の体内に埋め込まれていました。私にはこれがなんなのかはよく分からなかったのですが――クロエさん!?」

砕けてしまった小さな翠色の石を差し出される。
ソレに、先程よりも大きな驚きがクロエを襲う。ただでさえ先程まで吐きそうになっていたのに、今はそれを通り越して喉が引き攣る感覚に対して、思わず床に蹲ってしまった。カルテがクロエを心配する声が耳に入ってくるが、それに『平気だ』なんて装うような余裕もない。情けない、とは思えど、あまりの衝撃に呼吸をしていることすらも辛かった。戦場では気絶することはイコール死に直結する。こんな状況でも意識を失えないのが苦しかった。

何故、クロエはこんな状態になっているか。それはこの物体がクロエも良く知るものだったからだ。

『クロエ。これはな、俺お手製の”結界石”だ!』
『結界石……?』
『ああ。これを持っているだけで、ある程度の攻撃は弾いてくれる。特に今回のは強力な力を込めておいた!!きっと、副団長格となれば、危険な任務も回ってくるだろう。だからこれを常に持っておくんだぞ』
『ありがとう、コール』

過去の記憶が蘇る。一度、死にかけた時。リオンへの態度を見直すきっかけになったあの時――本来であれば、死ぬような怪我の筈だったが、治るような傷で済んだのはコレのお陰である――ヒビが入ってしまったが、クロエが貰ったソレと全く同じ魔力を纏って、同じ色をしているのだ。

彼が団長だった時は、ある程度の個数が騎士団内で配られていたが、いなくなってから数年。それを持っている者はもう殆ど王都にいないわけで、これがここに……この魔物が持っていたということは――。

敵の側に、あの人がいる。そしてかなり高い可能性で敵の上層部にいるか、彼の意志でないとしたら、彼より強い者に操られているのだろう。

そんな絶望的な事実だった。
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