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その日、リオン=イッシュベルクは彼の事を良く知っている者が見たら不気味に思うであろうほどに上機嫌の笑みを浮かべながら、聖騎士団の執務室へと続く廊下を歩いていた。

彼は先日、その立場を分からせることで、想い人を慰めるという目的で、彼女に会いに行く。
彼女の想いを潰すのは、周囲から自己中心的や性格が非常に悪いなどと言われるリオンでも少々心が痛んだが、あの女性ひとの心が自分以外の男に囚われているなどという事実に耐え切れなかった。だから実行した……実行してしまった。

(それにしてもエルヴィヒのやつ……あのタイミングで現れて、国王からの仕事を押し付けるなど、本当に邪魔な男だ)

そう。あの直後、彼女の希望を断ち切る決定的な言葉を投げつけた後のことだ。
まさか彼女が泣くだなんて思ってすらいなかったリオンはあの時、柄にもなく動揺していた。冷血やら陰湿やらと言われようと、彼女の前では彼も恋する一人の男。いつでも強気だった好きな人の悲しそうな顔に、涙に、事前にしていたシミュレーションに反して足が竦んだ。
顔と強さに全振りされているクソ野郎とかなりの頻度で称される彼でも、初めて見た好きな人の涙には少なからず動揺するのだ。だって彼女は、大切な人を亡くして落ち込みはしても、涙を見せた事など一度もなかったのだ。

逃げ出す彼女に差し出す手が空を切る。そうして内心追いかけなければと思いながらも、呆然と立ち尽くしているところにエルヴィヒが現れた。
だから正確にはエルヴィヒだけのせいではない。リオンは認めようとしないが、彼の心の弱さが、あの時追いかけられない大元の原因であった。そうして仕事を片付けていたら、一日以上日をまたいでしまった。
あの時に動けなかった事を後悔することになるとも知らず、彼は『今度こそ、仕留めてやる』と、自信満々に彼女に会いに行く。

「クロエさん、いらっしゃいますか?」

この時間は彼女の勤務時間だ。だから、ここにいることなど分かりきっている。それでも敢えて扉の向こうに声を掛けた。今度こそは逃がさない、そして自分から逃げる事など許さない、という意志を込めて――。

「リオンさん……ですか?」

しかし中から覗いたのは、求めた女性ではなかった。予想外の事に少し気落ちしてしまう。

「クロエさんはいませんよ」
「ああ、なるほど。また緊急の用でも入って、どこかに出かけているのですね。あの人はいつも厄介事を引き受けてしまうから――どこに行ったか場所は分かりますか?迎えに行きます」
「何を言っているんですか?クロエさんはもう既に王都にはいません。貴方の部下が連れ出したのですよ?……まさか、知らなかったなどとは言いませんよね」
「………………は?」

クロエの部下であるシトリーが何を言っているのか理解できなかった。たっぷり間をおいて発せられたのは、一文字ともつかぬ言葉と疑問符のみ。
自分の部下に連れ出されて王都には既にいない?そんな話は何一つとして入ってきていない。一瞬、自分の耳がおかしくなってしまったのかと疑いすらした。それでも無表情という名の動揺を表に出さない術だけは無駄に身に着けているこの男は、いつも通りに見える態度で、シトリーにそれとなく訊ねてみる。しかし、その表情に出さなかったはずのそれはあまり意味を成さなかった。

「部下、というのは誰の事でしょうか」
「なるほど。流石、あの男ですね。上司には任務の事を伝えてないだなんて」
「まさか――」
「エルヴィヒですよ」

その名前を聞いた瞬間、頭に一気に血がのぼる。それと同時に焦燥感が心の中で燃え広がった。
なにせ、クロエの片思い中の相手は彼なのだ。先日リオンがバッサリと叩き斬った想いは、エルヴィヒに向けられたもので――。
そこまで考えたところで、口は自然とその先を促す。

「任地はどこですか」
「知りません」
「言えないのではなく、知らない……?上司が行った場所も知らないのですか?聖騎士の管理体制はどうなっているんだか」

一刻も早く、エルヴィヒとクロエが一緒にいるという事実に対する苛立ちとクロエに会いに行き、かつエルヴィヒと引き離したいという焦りから、厭味ったらしい態度を取ってしまう。

「部下が任務に出たことすら知らない黒騎士団団長には言われたくありません……相変わらず、失礼な男ですね。だから部下からも情報を落としてもらえないんですよ」
「……あの男については論外です。それにまあ、どうせ調べれば必然的に分かる事なので。貴女とは違って。それでは、さようなら」

エルヴィヒのことを引き合いに出されて苛立ったリオンは、力を込めて扉を閉める。確かにエルヴィヒの行動や今回のことについて知らなかったこともあり、正論では言い返せなかった。自分でも最悪な行動だとは思ったが、怒りと焦りの方が大きかった故に、そんなことを謝罪する気にもなれない。だから厭味と共にそのまま扉を閉めた。

予想以上に勢いよく閉まった扉に対して、クロエがこの行動と見たのならば自分はその場で怒られるだろうなと考える。
むしろ、怒って欲しかった。いつも通りの表情で、自分の隣にいて――。
そこまで考えたところで、今は彼女は目に入る場所にはいない。こんな想像、無意味だと思考を振り払い、リオンは彼女や任務について調べるための目的地への歩みを進めた。

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