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次の日の早朝。王都の移動用の転送ポート前。
城の一番高所に位置するこの場所は周囲に魔力が満ち、地面に張られた透明度の高い水には空が映っている。まるで天使になって、天上の世界を歩いている様だ。城下町を見下ろせるところが余計にその感覚を強めていた。
クロエは王都を一望できるその風景の美しさに思わず感嘆の溜息を漏らす。

今回は一応王子であるエルヴィヒがいることや、彼の父でもある国王直接の命令任務であることなどが理由で、王宮の最上階の宮に設置されている、この王族専用の転送ポートを使用することになっていた。
聖騎士であるクロエはあまり使用したことはないが、王族を護衛する任務が多い白騎士は任務で時々このポートを使用するというのは以前ジェレミーから聞いたことがある。彼はその時、『限られた人としか共有できないのが勿体ないくらいに美しい場所だ』と言っていた。
当時は、花より団子の筋肉達磨が、何を顔に似合わぬロマンティックな事を言っているんだ、と揶揄ったものだったが、この風景を見て、当時の自分の発言を後悔する。
後でジェレミーにも謝っておこうと思いながら、残りのメンバーを待った。

***

「お~!俺たち以外、全員揃ってるなんて……うん。優秀だね」
「すまない、予定時間よりも大幅に遅れてしまった。そしてエルヴィヒ様、貴方が遅れた原因なのですから、偉そうにしてないで、少しは反省してください」

ちらほらと何度か魔物討伐で一緒になったことがある面子が集まりきったであろうタイミング。
周囲に漂う任務前特有の緊張感をぶち壊す声が響いた。それに若干の怒りを覚えながら、無駄に付き合いの長いクロエは彼を呆れた目で見つめる。

「……はあ。エルヴィヒ。今回のリーダーは貴方でしょう」
「うん。不本意ながら、そうなってるね」
「分かっているなら、自分で決めた集合時間くらいは守ってください」
「えーー。だって今日はなんだかやる気がでなくてさー」
「そんな下らない理由で俺を待たせていたんですか」

ジェレミーが顔を歪めて、エルヴィヒを軽蔑したという瞳で見つめる……いつも通りの光景である。ある意味のルーチンワーク、お疲れ様とクロエは心の中でジェレミーを励ました。しかしそんなジェレミー達の態度など気にすることなく、エルヴィヒの軽い口は動く。

「昨日、シトリーちゃんに君の事を報告するついでに揶揄いに行ったのに、いまいち期待してた反応を得られなかったんだよね。そこから出鼻をくじかれて、やる気がなくなっちゃってさ」
「やっぱりシトリーを揶揄おうという魂胆でしたか。大体予測してはいましたが、相変わらず最低ですね」
「あー。その態度……やっぱり事前にシトリーちゃんに話したんだ。全然取り乱してくれないから、つまんないな~って思ってたんだよね」
「俺の妹で遊ぼうとしないでください。あまりにもその口の扱いを持て余しているようでしたら、縫い付けて差し上げますよ」
「いいんじゃない?はい、裁縫道具」

『物体顕現』。魔法で簡易的に生成した針と糸をジェレミーに差し出した。一瞬で生成されたソレとクロエの姿に、集まった者のうち何人か――クロエと任務を共にしたことのない者――が目を剥いて驚いた。
それもそうだ。そもそも魔法すら使える者が限られているこの国。クロエが使ったのは、その中でも更に所有者が少ないとされている魔法『天賦魔法』だったからだ。
これを使用する際には、瞳が金色に光る。その普通ではあり得ない光景や、産まれた時から与えられており、後天的に身に着けることが出来ないという特徴から、別名『神の贈り物』とも呼ばれているものだ。まさに選ばれし者しか持つことの出来ない魔法なのである。
ちなみにクロエの物体顕現という天賦魔法は、魔力のある限り、物体――即ち武器を産み出すことが出来る魔法だ。しかもその武器は、一度産み出された後も顕現し続ける。消えることがないのだ。だから、どんな状況でも壊れるまで使い続け、なくなったら新たに生み出すという工程を踏むことによって、味方も自分自身も永遠に戦い続けることが出来るのだ。
それに加えて、クロエは高い白魔法適性を持った人間だ。その白魔法を天賦魔法に組み込むことによって、強い聖なる力を宿す物――聖遺物などと呼ばれる物質を作る事も出来た。

聖騎士団団長の名前は伊達ではない。
親代わりである二人に散々つけられた鍛練も全てが彼女の身になり、彼女をより強くしていた。

「え?本気……じゃないよね?」
「私は貴方の口が縫われて開かなくなろうと、何の問題もありませんが。レミーは?」
「俺も問題ありませんね。では――」
「わかった!わかったから!!もう余計なことは言いません。反省します!ってことで、行こうか」

いざ、縫い付けようとジェレミーがエルヴィヒの頬に手を伸ばすと、エルヴィヒはすぐに手の平を返す。少し残念に思ったクロエだったが、さっさとこの自分が粛清されそうな空気をぶち壊したかったのだろうエルヴィヒが転送ポートの方向へ行くようにと、身体をぐいぐい推してきた。
そして三人のやり取りに呆然としていた他のメンバーを次々と転送ポートに立たせていく。

クロエは転送ポートの魔法陣の上に立ちながら、もう一度王都の景色を見つめた。

「……さようなら」

その言葉は誰に向けたものなのか、クロエ自身もわからない。しかし、なんとなくだが、こんな風に穏やかな気持ちで王都を眺めるのは最後のような気がして、口からこぼれ出ていたのだった。
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