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ディリア曰く、流石に私が禁書の棚にまで行くと言い出すとは思わなかったそう。そしてどれだけ説得しても、やめようとしない私に彼が先に折れたというわけだ。
そうして彼は魔法式を紙にサラサラと書き示していく。それは複雑かつ難解なものではあったが、魔術師・魔導士として研鑚を積んで来た私にとっては、そこまで難解なものではなかった。しかし流石に一人では構築することができないと言ったレベルだろうか。
系統としては、白魔法に近かったのが皮肉だ。他人の感情を消し去ることをまるで医療行為だと言われているようである。
書き記されたそれを見て、ディリアを見つめる。『あー、はいはい。分かったよ』と頭を掻きながら言う彼は、付き合いがそれなりに長いだけに、一瞬で私の言わんとすることを察したようだった。

***

「……本当に後悔しないんだな?」
「私は少しでも早くこの気持ちの悪い感情を捨て去りたいの。捨てられるのなら、悪魔にだって魂を差し出すわ」
「冗談じゃない。絶対やめろ」

悪魔。人間を堕落させるというソレは、対価さえ払えば、どんな願いすらも叶えてくれるのだという。しかし要求される対価は途方もないものであると言われている。
消せるのであれば、そんなものに頼っても良い。そう思わせる程に最悪な気持ち。どんな辛い気持ちも、時間が解決してくれるなどと人は言うが、私もゼルクもどちらも貴族である。だからこそ、どんな道を選択したとしても、私と彼は永遠に貴族社会上では必ずどこかしらで顔を合わせ続けるのだ。
そんな相手に、こんな感情を持ったまま接する。それに耐えられる自信など持ち合わせていなかった。

「構築した式、渡すね」
「早くねえか!?この魔法式って難易度的にも最高クラスなんだぞ!!?」
「早く捨てたいって言っているでしょう?それだけ本気なの。だからくだらない事を聞いていないで、私に早く魔法をかけて。どんな結果になったとしても、ディリアを責めるようなことはしないから」

懇願だった。情けない声が出ている事には気付いている。情けないと思いながらも、頼まずにはいられない。
届かない気持ち程虚しくて、悲しいものはないと知っている筈だったのに、いざ拒否されてみると心が痛くて仕方がなかったのだ。
そこまで伝えると、ディリアの顔からも戸惑いと躊躇いが消えるのが見て取れた。

「目を、閉じてろ」
「うん」

体全体が温かい光に包まれるのが分かる。
そしてその温かさが身体全体に浸透すると共に、段々とモヤモヤとした何かが浄化されていくような気がした――。
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