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リンブルクへの留学が決まったあの日から、私はずっとオルフェを徹底的に避け続けていた。
魔導士長に『身辺整理をしろ』と言われたあの日……オルフェと二人きりになったあの時から心の奥に棘が刺さったかのように、オルフェの事を思い出すたびに不快感がこみ上げてくるのだ。けれどここ数日避け続けて、会わなくなって冷静になったのもあり、何となくこの気持ちの原因が分かり始めていた。
(私はきっと、オルフェの事が好き……異性として。認めるのは癪だけど)
そしてそんな想い人である筈の彼に告白される度に不愉快な気分になっていたのは、自分でも気づかない内に元恋人のあの言葉――『君のお姉さんのことが好きになっちゃったんだ』というあの言葉を思い出してしまうからだった。
オルフェの面白い事を好む楽天的な性格、そして自分たちの出会いの切っ掛けなどなど原因は色々あるが、どうしても私は彼の好きだという”好意”の言葉を信じることが出来なかった。
***
朝出勤する時間も早朝というより早い時間に大幅に変え、退勤する時間も上司に『留学の準備がしたいから』などとそれらしい理由をつけて話を通して変更してもらっていた。そして必要最低限の外出しかせずに、訪ねて来たオルフェに対しても居留守を使う毎日――。
毎回残念そうに帰っていくその声に罪悪感が湧かなくもなかったが、あの不快感を感じるくらいだったらと言い聞かせて、感情を仕舞い込んだ。だがいつまでもこんな生活を続けることなど出来る筈もなく、この逃亡生活は一週間ほどで終わりを迎える。
「エルカさん」
気配なく目の前を塞ぐように置かれた長い手。予期せぬ事態に身体が勝手に進むのをやめてしまった。
声帯が喉奥に張り付いてしまったように動かない……声が出せない。彼は今の時間は騎士として仕事をしている時間の筈なのに、何故ここにいるのか。そんな単純な疑問すら発することが出来ないままで時間は過ぎていく。
どれくらいの時間だろう、数分だったかもしれない、数十分だったかもしれない。時間の認識すら出来なくなってしまっている今の状態では分かりもしないが、妙に重々しい溜息を吐いたオルフェに身体はビクリと反応してしまった。我ながら酷く情けない状態だ。
「……何故、僕を避けるのですか」
一瞬泣いているのかとすら思ってしまう程に悲しそうな……何かを堪える様な声音だった。思わず気になって顔を上げて後悔した。
オルフェの顔にはいつもの不敵な笑みの面影すらなく、あるのは今まで見たことのない程に悲痛な表情だけである。
「僕は何か貴女の気に障ることをしてしまったのですか?毎日貴女に会いに行く僕の行動が不愉快でしたか?それともいつも無理矢理にペアを組んでいた事?休日も貴女に会いたくて、任務を理由にして会いに行っていたことですか?」
合同演習含め、ペアを無理矢理に組んでた自覚あったのかよ……。そう少し呆れはしたが、未だ声帯が空気に振動を伝える気配はなかった。
自ら避けていたくせに、彼にこんな表情をさせているのは自分自身の行動が原因の筈なのに、心を開く勇気が出ない。否定も肯定もすることが出来ない。いつもとは別の意味で心が痛くて仕方がなかった。
「…………僕の事が嫌いになってしましたか?」
黙っていた私に対して更に不安になったのだろう。オルフェは遂に俯いて表情すら伺えない状態になり、不安そうにポツリとそう、呟いた。
「ごめんなさい。困らせてしまいましたね……僕も今は平静を装うことすら出来ないようです。出直します」
いつもの様に上手く笑うことが出来ないのか、口角を上げている筈なのに口元は少し引き攣っている。無理矢理に微笑むその姿が痛々しい。
最後に『出直す』と絞り出すように伝えて、オルフェは私の目の前から去って行った。
残されたのは沈みそうな程に重い罪悪感と何も言う事が出来なかった後悔、そしていつもよりも大きな不快感から来るジクジクとした心の痛みだった。
魔導士長に『身辺整理をしろ』と言われたあの日……オルフェと二人きりになったあの時から心の奥に棘が刺さったかのように、オルフェの事を思い出すたびに不快感がこみ上げてくるのだ。けれどここ数日避け続けて、会わなくなって冷静になったのもあり、何となくこの気持ちの原因が分かり始めていた。
(私はきっと、オルフェの事が好き……異性として。認めるのは癪だけど)
そしてそんな想い人である筈の彼に告白される度に不愉快な気分になっていたのは、自分でも気づかない内に元恋人のあの言葉――『君のお姉さんのことが好きになっちゃったんだ』というあの言葉を思い出してしまうからだった。
オルフェの面白い事を好む楽天的な性格、そして自分たちの出会いの切っ掛けなどなど原因は色々あるが、どうしても私は彼の好きだという”好意”の言葉を信じることが出来なかった。
***
朝出勤する時間も早朝というより早い時間に大幅に変え、退勤する時間も上司に『留学の準備がしたいから』などとそれらしい理由をつけて話を通して変更してもらっていた。そして必要最低限の外出しかせずに、訪ねて来たオルフェに対しても居留守を使う毎日――。
毎回残念そうに帰っていくその声に罪悪感が湧かなくもなかったが、あの不快感を感じるくらいだったらと言い聞かせて、感情を仕舞い込んだ。だがいつまでもこんな生活を続けることなど出来る筈もなく、この逃亡生活は一週間ほどで終わりを迎える。
「エルカさん」
気配なく目の前を塞ぐように置かれた長い手。予期せぬ事態に身体が勝手に進むのをやめてしまった。
声帯が喉奥に張り付いてしまったように動かない……声が出せない。彼は今の時間は騎士として仕事をしている時間の筈なのに、何故ここにいるのか。そんな単純な疑問すら発することが出来ないままで時間は過ぎていく。
どれくらいの時間だろう、数分だったかもしれない、数十分だったかもしれない。時間の認識すら出来なくなってしまっている今の状態では分かりもしないが、妙に重々しい溜息を吐いたオルフェに身体はビクリと反応してしまった。我ながら酷く情けない状態だ。
「……何故、僕を避けるのですか」
一瞬泣いているのかとすら思ってしまう程に悲しそうな……何かを堪える様な声音だった。思わず気になって顔を上げて後悔した。
オルフェの顔にはいつもの不敵な笑みの面影すらなく、あるのは今まで見たことのない程に悲痛な表情だけである。
「僕は何か貴女の気に障ることをしてしまったのですか?毎日貴女に会いに行く僕の行動が不愉快でしたか?それともいつも無理矢理にペアを組んでいた事?休日も貴女に会いたくて、任務を理由にして会いに行っていたことですか?」
合同演習含め、ペアを無理矢理に組んでた自覚あったのかよ……。そう少し呆れはしたが、未だ声帯が空気に振動を伝える気配はなかった。
自ら避けていたくせに、彼にこんな表情をさせているのは自分自身の行動が原因の筈なのに、心を開く勇気が出ない。否定も肯定もすることが出来ない。いつもとは別の意味で心が痛くて仕方がなかった。
「…………僕の事が嫌いになってしましたか?」
黙っていた私に対して更に不安になったのだろう。オルフェは遂に俯いて表情すら伺えない状態になり、不安そうにポツリとそう、呟いた。
「ごめんなさい。困らせてしまいましたね……僕も今は平静を装うことすら出来ないようです。出直します」
いつもの様に上手く笑うことが出来ないのか、口角を上げている筈なのに口元は少し引き攣っている。無理矢理に微笑むその姿が痛々しい。
最後に『出直す』と絞り出すように伝えて、オルフェは私の目の前から去って行った。
残されたのは沈みそうな程に重い罪悪感と何も言う事が出来なかった後悔、そしていつもよりも大きな不快感から来るジクジクとした心の痛みだった。
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