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「おはようございます、エルカさん」

王宮魔導士達に与えられた寮のエントランスで突然かけられた朝の挨拶。その相手に私は朝から頭を抱えたくなった。

「おはようございます。そしてさようなら」

私の名前をいつの間に知ったんだと疑問に思いながらも、関わるととんでもない事になりそうなので何でもないような風を装って、そのまま通り過ぎ……ようとした。しかしすぐに長く力強い腕にそれは阻まれる。

「逃げるなんて、貴女も中々酷い人だ。昨日はあんなに熱い夜を過ごしたというのに――。僕の牢獄、気に入ってもらえなかったのでしょうか。こんなにも貴女を求めているのにあの時は逃げられ、今はこんなにも冷たい態度をとられている。僕、とても悲しいです」

右手でがっちりと私の肩を掴みながらも左手を顔にあて、泣き真似をする。何とも器用な男だ。そして同じ様に寮から出て仕事に向かおうとしている同僚たちの視線がただただ痛い。副音声で明らかに牢獄と言っているのが透けて見えるだけにこの男が昨日の事も今周りから誤解されていることも分かっていてやっているのは明白だった。

きっと同僚達彼女らから私は良くて男を振った女。悪くてワンナイト……ヤリ捨てでもした最低女として見られているのだろう。
その証拠に”お前、こんなデカい成人男性泣かせるとか、何したんだ。最低すぎるだろ”って感じの視線……。私は何もしていません。無実です!って言っても多分信じてもらえないんだろうなっていうのは直感的に察せた。

「これから仕事があるので、手を放してもらっても良いですか?」

嘘だ。今日は依頼も仕事もない。昨日の夜の街にて既に割り振られた仕事も消化していたため、今日は久しぶりの休みだったのだ。けれど昨日のやり取りから分かるようにこの男は基本的に人の話を聞かない。だから放してくれるであろう理由をでっち上げた。
流石にこの男が大好きであろう”お金”が掛かっている仕事となれば、一時的にくらいは手を放してくれると踏んだのだ。

しかし男が此方を掴む手の力は緩まない。そして口元は先程の悲しみはどこに行ったのか、微笑んでいる。

「エルカさん、貴女は僕に嘘を吐くんですね……」
「――え?」
「今日から2日間、貴女はお休みを貰っているでしょう?」
「な、え……なんで?」

”なんで?”思わず口から漏れたその言葉。それに男は笑みを深くする。

「やっぱり!嘘だったんですね……酷いです」

更に注目を集めるように大声で発言する。周りからの視線がより一層鋭く、痛くなったような気がした。これ以上はまずい。男を誘惑した挙句捨て、今は嘘を吐いて男を撒くことで、責任を逃れようとしている最低女として皆の脳内に染み付いてしまう……!
そして男は更なる一手を打ってきた。

「大人しく着いてきて頂ければ、これ以上は悪いようにはしませんよ」

こそっと耳元で囁かれるその低い声。鳥肌が立った。
その言葉が本当かは分からないが、もうどうしようもなかった私は結局彼に着いて行くという選択肢を取ったのだった。
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