彼の至宝

まめ

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「なあアブドゥルマリク。お前も俺の事エーリクだって思ってるの」

 背に乗ったラウが、アブドゥルマリクにとっては分かりきったことを問いかけてきた。エーリクだと思うも何も魂の気配が同じなのだからアブドゥルマリクからすれば、己の背に乗って間抜けな事を言うこれもエーリクだ。ただ以前のエーリクよりも幾分か馬鹿っぽくなっている事は否めないが。

「俺はね。ラウなんだ。辺境の村のしがない農夫なんだよ。エーリクは俺の中にいるにはいるけど、別人なんだってお前に行っても分かるかなあ」

 さて、それはとんと理解が出来ぬ。アブドゥルマリクは精霊であるから、人間の物差しで物事を見る事は出来ない。魂の気配が同じなのだから、同じ存在としか認識できない。人間とはなんと厄介な生き物だろうか。
 そうこうしているうちに邸の門へ着いたアブドゥルマリクは、門扉の前で立ち止まりラウを背から下ろした。

「ああ、馬車がない。どうしようアブドゥルマリク。ちょっとにおいを嗅いで見付けてよ」

 そこにあるはずの馬車がない事に悲鳴を上げたラウは焦燥し、それから丁度良い事にアブドゥルマリクがいるのだから、犬のように臭いを辿って何処に行ったのか見つけてもらおうと思いついた。
 それに腹を立てたアブドゥルマリクは、鼻に皺を寄せ低い声で唸った。この生まれ変わったエーリクは、偉大な精霊を家畜扱いばかりして無礼にも程がある。少し躾けてやらねばならないとアブドゥルマリクはそう決めたのだった。以前のエーリクとは対等な立場の友だったが、此度のエーリクとは出来の悪い弟とそれを諌める兄の様な関係になりそうだ。無論の事、出来の悪い弟とはラウの事だ。

「何だよ。また怒っちゃって。ちょっとくらい、いいじゃないか。何の為に狼の格好してるんだよ。もしかしてそんな姿なのに鼻が利かないとか、がっかりする様なこと言わないだろうな」

 またもや無礼なことをいってのけたラウにアブドゥルマリクの怒りは頂点に達した。耳を伏せ尻尾を乱暴にぶんぶんと振り回しギャンギャンと怒りの声を上げたのだった。どうもこの生まれ変わりのエーリクといると何度も怒る羽目になり、随分と忙しいものだとアブドゥルマリクは心中で嘆息した。

「旦那様。また一大事で御座います」

 ロブレヒトは主人の部屋の扉を二回叩き、許可が出ると落ち着いた様子で入室した。一大事とは言っているものの、先程の様な大事ではなさそうだ。

「どうした。今度は何が起きた」

「はい。目を覚まされたエーリク様が、アブドゥルマリクの背に乗り門まで疾走したかと思えば、門扉の前でアブドゥルマリクと喧嘩を始められました」

「――それはそれは。また随分と一大事だな」

 ディーデリックはその間抜けな出来事に呆れ笑いを浮かべ、仕方がないと腰掛けていた椅子から立ち上がった。やれやれ、これでは一向に仕事が進まないではないか。生まれ変わったエーリクは随分と元気の良いらしい。呆れている心とは裏腹に、門へと向かうディーデリックの足取りは随分と軽いものだった
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