ドラコと賢者の日常

まめ

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ドラコと賢者と悪魔侯爵

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「いいかドラコ。おつかい中は火を吐くな。後、他の生き物に襲い掛かるな。それから……」

 セティは珍しく真面目な顔をし、おつかいの注意点をドラコに言い聞かせていた。それに反して当のドラコはというと、大好きなセティに抱っこされているというのに仏頂面だ。

「セティ、ドラコいかない。やー」

「やーじゃねえよ。行ってもらわなきゃ困るんだって。お願いしますよドラコ先生。おつかい行ってくれたら明日のおやつは、お前の好きなプリン作ってやるからよ」

 プリンを作る賢者の絵面を想像するとなんとも間抜けなものだが、この同居人が来てからはそれが日常となりつつある。生来から持つ強大な魔力、成長するにつれ捻くれたガラの悪い性格、更には依頼であればどんな凶悪な効果を持つ薬でも作るその姿勢から、彼は悪魔の子として人間や一部の人外の生き物から恐れられているというのにだ。それがどうだ。今の彼は小さな竜人の子供の機嫌を必死に取り、その子をおつかいに行かせようと四苦八苦しているのだから滑稽なものだ。

「やーあ。ドラコ、セティといく」

「手が離せねえから俺は無理なんだって。お前と一緒に行きたいのは山々なんだけどよ、どうしても行けねえの」

 グズグズと言うドラコの背をポンポンと叩いてあやしながら、セティはどうしたもんかと悩んだ。
 本当は一緒に行ってやりたい。けれども彼は、急な依頼で今日中に薬を3つも作らなくてはならなかった。
 そりゃあドラコをおつかいに行かせるのは、実に心配で心配で堪らない。なにせこの小さな竜人は、常人では理解し難い理由で他人を襲ったりするものだから危なっかしくてしょうがない。おつかい中にどこかの精霊を蝶々と間違え、ひっ捕まえたりしないだろうか。それとも人魚を美味しそうな魚だと丸焼きにするかもしれない。ああ、それともポケッとした彼がうっかり人間に捕まり、どこぞの王族にでも献上されてしまうかもしれない。そうなれば取り返すのに面倒だ。やっぱり一緒に行ってやりたい。そのほうが随分と楽だ。まあそうは言っても仕事がある以上、セティはどうやっても一緒について行ってやることが出来ないのだが。

「やあだ。やだやだやー」

「お願いだから頼む! ほらポシェットの中に、こないだのエルフから貰った飴玉入れてやってるから。おつかい中は好きに食べろ。水筒の中身は大好きなラクスのジュースだぞ。これもおつかい中は好きなだけ飲め」

「……セティおこらない?」

 いつもおやつは日に2回。朝の10時と昼の3時だ。セティはそれ以外の時間にお菓子やジュースの飲食を認めていない。もしドラコがそれを破ろうものならば、セティの大きな雷が落ちることになる。恐らくドラコはそのことを言っているのだろう。

「怒んねえよ。全然全く怒んねえよ。でもおつかいに行かねえのに食べちゃったら怒るよ」

「……うー、いく」

 お菓子の誘惑に負けたドラコは、渋々行くと答えた。けれどもセティの服を両手でギュッと握り、ううと唸っているところを見ると本心はやはり行きたくないようだ。

「流石は俺が育てたドラコ! 賢いなあ! よっ、男前!」

 わざとらしい感じに煽てられたドラコは、ふへへへへと気持ちの悪い声を出して照れ笑いをした。つい先程までは不機嫌だったというのにもう上機嫌だ。セティはそれを可愛いと思う反面、なんとも現金な奴だと呆れもした。
 しかし、この流れならばいける。そう確信したセティはドラコの機嫌が変わらないうちに、おつかいへ行かせようと決めた。

「いいかドラコ。人魚の所に行って鱗を5枚貰ってきてくれ。人魚にはお前が背負ってるそのラスクの貴腐ワインを渡してくれればいいから。わかったか?」

「ん?」

「ん? じゃねえよ。必ず鱗は貰ってきてくれよ。いいな?」

「ん」

「命に危険がない限り、絶対に火は吐くなよ。いいな?」

「……ん」

 本当に理解しているのだろうか。セティは疑問を抱いたが、気にしたところで仕方がないので諦めた。それから抱いていたドラコを床に下ろすと彼の背にあるワイン瓶に右手を当て、中腰になって扉の前まで一緒に歩いてやった。

「じゃあ頼んだぞ」

「へーい」

 ドラコは右肩にポシェット左肩に水筒を袈裟掛けにし、更に両肩にワイン瓶を結んだ紐を八の字にして掛け、背に負ぶった恰好でセティに向かい敬礼をした。最近よく来るようになった魔族の軍人に教わったようなのだが、それがまあまあ気に入ったらしい。ちょくちょくこのようにする。

「はいはい。じゃあドラコ2等兵。いってらっしゃい」

 セティがそう言うとドラコは危なっかしい足取りで歩きだした。多分荷物が重いので飛ぶのは止めたのだろう。それでもフラフラとしているのを見たセティは、ああ心配だと大きな溜息を吐いた。

「にんぎょー、にんぎょ」

 ドラコは自作の歌を歌いながら庭を出て森に入ると獣道を通り、人が一人通るのにやっとといった大きさの洞穴の前に出ると立ち止まった。それからご機嫌だったはずの彼は、一転して再び不機嫌に戻った。洞穴の闇をじっと見つめ、コウモリのような羽をぺたりと下げると、うう、ううと唸り声をあげた。暫くしてそうしていたがフラフラと洞穴に歩いて近寄り、そっと入り口を覗きこんだ。どうやら彼は洞穴に入るのが怖いようだ。
 けれどもセティに頼まれたおつかいを遂行するには、ここを通らなければならない。人魚はこの先にある入り江にいるのだから。
 ドラコは一旦そこから離れると側にあった石に腰を掛け、再びうう、ううと唸った。

「おや。どこの獣が唸っているのかと思えば、悪魔の所のチビではないか。こんなところでどうした? 一人で庭から出ては悪魔に怒られるだろう?」

 唐突に何の音も無くドラコの前に、意地の悪い笑みを浮かべた魔族の男が現れた。彼は最近よくセティの家に来るようになった軍人の上司にあたる。ドラコは全く理解できていないのだが、この男はただの魔族ではなく悪魔侯爵で絶大な力を持っている。
 魔族の住む魔界には悪魔貴族というものがおり、それらが世界を支配している。中でもこの男を含め幾人かいる悪魔侯爵はその頂点だ。したがって普通の生き物ならばその力に恐れを抱き、近寄ろうともしないだろう。
 けれどもドラコはポケッとした間抜けな生き物なので、彼によく懐き偉大なる悪魔侯爵ペレルヴォを畏れ多くもペーさんと呼んでいる。本来ならば首どころか存在そのものが消し飛ぶ程の無礼だが、何故かペレルヴォはドラコとセティに限りその無礼を許していた。その代わりに彼はセティのことを態と悪魔と呼んでからかっているのだが、肝心のセティはあっそといった反応しか返さず、それを詰まらなく思ったペレルヴォは、これまた代わりのドラコを弄ることに楽しみを見出したようだった。 

「ペーさん。ドラコわるいこちがう。ドラコおつかいちゅう」

 ドラコは突然現れたペレルヴォに全く驚かず、からかうような彼の態度にプンスカと怒った。しかしドラコの頬っぺたをぷうと膨らませた怒りの表現は、陸に上がったフグのようで益々ペレルヴォが面白がるだけだった。

「ほう。おつかいとは。それでチビは何を唸っている?」

「このあなやー。でもにんぎょいるのこのさき」

「ははあ。チビはこの洞穴が怖いのか。おつかいは薬の材料を取りに行くのか?」

 これはまた、からかい甲斐がありそうだとペレルヴォはほくそ笑んだ。

「ん。にんぎょのうろこないと、セティくすりできない。セティいそがしいたいへん」

「それは困った。私も今から悪魔に依頼をしようと思っていたというのに。その様子では随分と待つことになりそうだ」

 ペレルヴォは顎に右手を当てると少し考えるそぶりを見せた。それから恐ろしく綺麗な、けれども禍々しい笑みを浮かべた。何か気まぐれに愉快なことを思いついたのだろう。

「では順番を待つ間の暇つぶしに、この私がお前のおつかいに付き合ってやるとしよう」

「ペーさんいっしょ?」

 ああとペレルヴォは頷くとドラコを抱き上げた。高貴なる悪魔侯爵がこのような子供を抱き上げ、薄汚い洞穴を通ったと魔界にいる彼の口煩い執事が知れば卒倒することだろう。
 ふむ。魔界に帰ってからは、それで遊ぶのも悪くないな。
 ペレルヴォは、また新たな楽しみを見つけるとニタリと笑みを浮かべ、そのまま洞穴へと歩を進めた。洞穴の中に入ると視界を闇に覆われたドラコは、ほへーと変な声を出して驚いたが、魔族のペレルヴォは闇の中であろうと目が利くのでそのままスタスタと歩いた。

「ところでチビよ。この間、悪魔の所に私の使い魔を飛ばしたのだが、一向に帰って来なくてなあ。お前何か知らないか?」

 彼はつい一週間程前。確かに使い魔をセティのもとへ送った。通常ならば2日もあれば戻ってくるそれが未だに帰って来ない。まあ使い魔くらい掃いて捨てる程いるのだから、どうということもないのだが、もしそれが悪魔侯爵の物だと知っていながら誰かに殺されたとすれば、彼にとって面白いことでは無い。それは喧嘩を売られたことと同じなのだから。

「しらないー」

「そうか。黒い鷲のような鳥でな、お前よりも少し大きいくらいの奴なんだが」

 使い魔と言っては残念な頭のドラコには理解できなかったようなので、ペレルヴォは彼でも分かりやすいように言い直してやった。

「くろいとり? ドラコたべた」

 犯人はお前か。
 ペレルヴォは心中でそう突っ込み、この愚かな生き物をどうしてやろうかと考えたが、ふとそのままにしておこうと思い直した。ドラコはこの間抜けさで、これからもペレルヴォを色々と喜ばせることだろう。たかが使い魔一匹を殺した事を咎めるより、見逃してやるほうがずっと面白いことが多そうだ。なによりドラコを殺せば、彼の背後に控えるセティが厄介でもある。
 今回のことも、ドラコはペレルヴォに喧嘩を売るなんて考えてもいなかっただろう。恐らくそこに美味そうな鳥がいたから食った。理由はそれだけだ。
 まあいい。使い魔の1匹くらいくれてやろう。

「ほう、お前が食ったのか。どうりで帰って来ないはずだ。それで我が使い魔は美味かったか?」

「へんなあじした。まずい」

 それは残念だ。折角食われたのだから、美味いに越したことはないというのに。それにしても我が使い魔はそんなにも不味いのか。どれ、魔界に帰ったら品種改良でもしてみよう。
 ペレルヴォは手持ちの使い魔に、どの鳥を合成しようかと思考を巡らせた。醜く太った食用のコカトリスはどうだろうか。

「変な味か。どんな味だ?」

「ガリガリにくかたい。くさい」

「ほう。そうだったか。では今度使い魔を飛ばす際は、お前の為に美味い奴をくれてやろう。だが食うのは悪魔に要件を伝えた後にしてくれないか。それにしても、お前よく悪魔にばれなかったな。こっぴどく叱られるだろうに」

 きっとドラコはこれからも腹が減っていれば、ペレルヴォの使い魔を食ってしまうのだろう。なにせ半分以上は、本能で生きている奴なのだから。それならば不味いと言われるよりも、美味いと言われたほうがいいに決まっている。

「セティいそがしくてひるめしなかった。ごめんいわれた。ドラコおこられてない。まえオークおそったらおこられた。いたかった」

「そうか。それは美味そうなトンテキを逃したな」

 ペレルヴォの言葉にドラコは全くだといった様子で頷いた。もうちょっと強くなったらリベンジをすると言うドラコに、ペレルヴォは止めておいた方がいいのではないかと思ったが、言わない方が面白くなりそうなので放っておくことにした。下手をすれば近い将来にオークが絶滅するかもしれないが、それもまた面白そうだと彼の口元は弧を描いた。

「さてチビや。目的地に着いたようだが、人魚はどこにいる?」

 洞穴を抜けると視界は一気に明るくなり、彼らは開けた入り江へと出た。ところが目的の人魚は一匹たりとも見当たらず、ただ波の音だけが聞こえるだけだった。普段は多数の人魚でさざめいているというのにおかしなものだ。
 ドラコは無言で首を傾げ、海をじっと見つめた。よくよく波打ち際を見れば、きらりと輝くにんぎょの鱗が数枚重ねて置かれていた。

「ペーさん、あれあれ」

 ドラコはその場所を指差し、ペレルヴォに教えると彼はドラコを抱いたままそこへと向かった。その場に着くとドラコは地面に降り、しゃがんで鱗を数えだした。

「いっこ、にーこ、さんこ、よんこ、ごーご、ろっこ、ななこ、はっこ、きゅーこ、じゅっこ」

 鱗は全部で十枚あった。セティに言われた5枚よりも随分と多い。流石のドラコもこれは貰っていいのかと疑問に思い、再び首を傾げた。

「にんぎょー、もらっていいのー?」

 ドラコが海に向かい、大きな声で問いかけた。するとどこからか、やるからさっさと酒を置いて立ち去れ。その悪魔をどこかに連れていけ、と言う震えた女の声が聞こえてきた。
 実に不愉快だ。
 ペレルヴォは気味の悪い笑みを浮かべた。

「チビよ。お前、美味い魚の丸焼きは食いたくないか?」

「いまー? いらない。ドラコもらったあめだま、なめるのわすれてた」

 ここらの海に隠れているだろう人魚達を海水ごと焼き殺し、それをドラコに処理させようとペレルヴォは思ったが、いつもならばそれを喜ぶはずのドラコはあっさりと断った。
 ドラコは肩にかけたポシェットから、七色の飴が入った瓶を取り出し、それから瓶の蓋を開けると水色の飴玉を口に入れた。更にもうひとつ赤色の飴玉を取ると、それを持った右手をペレルヴォに向かって突き出した。
 ペレルヴォが私にくれるのかとドラコに問うと、彼は口をモゴモゴさせながら頷いた。ペレルヴォは飴を受け取るとしばらくそれを見つめ、それから空いているほうの手で地面に置かれている鱗を取り、ドラコのポシェットに入れてやった。それを見たドラコは両肩から紐を外し、貴腐ワインをその場に置き満足気に大きく鼻息を漏らした。

「仕方がない。丸焼きは次の機会にするとしよう。雑魚共は運の良いことだ」

 ペレルヴォは赤い飴玉を口に入れ、再びドラコを抱きかかえ来た道を戻った。背後で雑魚がぎゃいぎゃいとさざめいていたので、見せしめに一匹を彼が放った魔力で焼き殺せば途端にしんと静まり返った。それに対して彼は嘲笑を浮かべ、更に鼻で笑った。それからセティの家まで歩くのが面倒くさくなってしまったのか、足元に転移の魔方陣を瞬時に描くと彼はあっという間にセティの庭まで移動した。
 ドラコは珍しい瞬間移動に、ほほーと大口を開けて大喜びし、興奮の余りに羽をピコピコと動かした。

「それにしてもチビよ。この飴は一体、何味だ? 金属を噛んだような味がするんだが」

 ペレルヴォは飴を口に入れてから、舌に差すような痛みを感じていた。加えて飴は生臭くドロッとしており、食えたものでは無かった。

「ひトカゲのちにくあじ」

「そうか。随分と個性的な飴だ。ちなみにお前のは何味だ?」

 ペレルヴォはその場で飴を吐き出すと、何事もなかったかのようにセティの家へと向かった。彼が腕の中にいるドラコに視線をやれば、ドラコは凄まじく不味いあの飴を未だに口に入れモゴモゴと動かしていた。

「るりカエルのぞうもつあじ」

「そうか。美味いか?」

「まあまあ。ちょっとくさい」

 我が使い魔よりはうまいのか。そうペレルヴォがドラコに問うと、ドラコはそれよりは遥かに美味いと頷いた。そこまで使い魔は不味かったのかと、どこか納得のいかないペレルヴォは本格的に品種改良もといキメラの合成を決意した。それからあの不愉快な飴を作った輩に礼をすることも決めた。

「そうか。この飴だが、誰に貰ったか教えてくれないか?」

「いいよー。このまえきたエルフ」

「すまないな。この凄まじく不味い飴の礼をしたくてな」

「エルさん、よろこぶ?」

「ああ、泣き叫んで喜ぶだろうよ」

 ほほーと感心するドラコを尻目に、ペレルヴォは禍々しい笑みを浮かべていた。
 さて、そのエルフとやらの情報をどうやって悪魔から引き出そうか。
 セティとの駆け引き材料をいくつか頭に思い浮かべながら、彼は賢者の家の扉を開いた。
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