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どうか殿下。私共より先に儚くおなり遊ばされませぬよう、何卒お願い申し上げます。
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齢九つにして漸く自我が芽生えたウィレムは、それまでどちらかといえば空けたように生きていたのが嘘のように思考が晴れ渡るのを感じた。
ああ、何もこんな時に自我が芽生えなくても良いのではなかろうか。芽生えた途端に死ぬだなんて洒落にならないのだが。
自分を庇う様にして立っていた男の頭が空に飛び跳ね、床に落ちるのを見たウィレムは即座に死を覚悟した。
逃げ場など何処にもないというのに、ウィレムは息を潜めて身を縮こまらせ、頭を切り離された死体の陰に隠れようと努めた。けれども、そんな彼を嘲笑うかのように死体は勢いよく血飛沫を上げ、大きな音を立てて崩れ落ち、すぐに人非人の視界に入ることになった。
怒気を露わにし返り血を浴びる男は、ウィレムの父でありこの国の王でもある。
ウィレムの母は六年ほど前に、この父王の不興を買い殺されてしまった。そして乳母は一昨年。それから教育係も今し方。王城において彼を守る者は、もう一人もいない。
「愚鈍はいらん。これまでは代わりを作るのが面倒で見逃してやっていたが、もうじき十になるというのに言葉の一つも発しないとは」
塵芥を見るかのような視線を寄越す王を前にしたウィレムは竦み上がった。恐怖から息が浅くなり、まるで誰かに胸を押し潰されているのではないか。そう錯覚するほどの息苦しさを覚えた。
「――し、死に、たいなら、人を巻き込まずに、さっさと死ねばいい」
どのみち死ぬのならば、この最低な男に言いたいことを言ってから死んでやる。
恐怖で思考に異常をきたしたウィレムは、この理不尽な状況に怒りを感じ、その激情に身を任せた。思うように動いてくれない口を彼は懸命に動かし、どもりながらも何とか言葉を紡ぎ出した。
「し、死にたいから、こんなことをしてるんでしょ。もし、そ、そうじゃなかったら、す、す、救いようのない馬鹿だ」
本来であれば、このように無礼な働きをしようものならば、誰彼構わず直ぐにでも首を跳ねられるところだが、王には何やら思うところがあるのか、剣に付着した血を振り払うと鞘に収め、それから先程の怒気はどこへやら、無表情でウィレムをじっと見詰めていた。
まるで値踏みをされているかのような。それはそれは気味が悪いものだった。
「い、いくら国王だからって、こんなにも人の命を軽んじていたら、直ぐに殺されてしまうことくらい馬鹿にだって分かる。それが分からないって言うんだから、貴方は救いようのない馬鹿だ」
ウィレムがそう言い終えると、王はぞっとするような笑みを浮かべ黙って頷いた。決してウィレムの言葉に同意したのではない。まあ悪くはない玩具だ。及第点ではあると、そういった意味合いなのだろう。
「貴方は自分が手練れだから、そう易々と殺されないって思っている。けれど数の暴力には、どうやっても勝てやしない。一対百ではなく、全国民が一斉に襲ってきても貴方は勝てますか。それに周辺国に助けを求められでもしたら、各国の精鋭部隊を相手に一人で勝てるはずがない。もしもいたとすれば、それは怪物だ。幾ら手練れでも千の矢が降るならば、誰も生き残れはしない」
必死に毛を逆立て威嚇をする子猫のような息子の言い分を最後まで聞いた父王は、やがて大きな笑い声を上げた。
「ならば側でとくと見るがいい。千の矢が降ろうとも。万の兵に攻められようとも。その中心に立ち、全てを薙ぎ払う我が姿をな」
奸悪な性格をした人非人は、やはり同じように捻くれた者を好むのだろうか。この日を境にして、ウィレムは王の唯一のお気に入りとなった。
それにしても万のごとき矢が降り注ぐ戦場の中、王に抱かれ悠々と敵軍が死滅していく様を、まさか眺めることになろうとは。あの時のウィレムは思いもしなかった。
前線で父王の放った魔力が爆発を起こし、それが僅かに掠った敵軍兵の頭が半分だけ吹っ飛び、脳髄が周囲に飛び散る。そんなあまりにも残酷な光景を目にしたウィレムが、父王の腕の中で嘔吐し恐怖で小便を漏らそうが、泣き喚めこうが。それこそ惨めになるほど必死に謝り倒し、何とか許しを請い願っても。その光景から目を逸らすことを許されなかった。
人が人ではなくなっていく様をウィレムは延々と見続けた。もう六年も前だというのにも関わらず、ウィレムは未だにあの日の絶叫を忘れることが出来ずにいる。あれほどの地獄は、あの世にも存在しない。それが紛うことなき真実だと確信を持って言える。
「――――そうさ。そうなんだよ。お気に入りというか。唯一、あの人が認めた息子になっちゃたんだ。ああ、馬鹿だな俺。さっさと逃げるか死ぬかしとけばよかったんだ。そうすればこんなにも胃がキリキリと痛まずに」
「で、殿下。殿下、一大事で御座います」
済む。そう言い切る前に私室の扉が勢いよく開かれ、警備兵が転げるようにして駆け込んできた。
いやはや、全く以って。ウィレムが王位継承権第一位の王子だということを、この王家に仕える人々は分かっているのだろうか。
ノックぐらいしたらどうなんだという言葉が喉元まで出かかったが、血の気が引き紙のように白くなった警備兵の顔を見たウィレムはそれをぐっと堪えた。
一体全体、今日は何が起きたのか。ああ、もしかしてあれか。恐怖のあまりに手が震え、王に茶を差し出す際に誤って重要書類に零してしまった侍女の命を助けてくれというような、ごく有り触れたお願いだろうか。それともうっかり王の苦手なものを調理してしまった料理人をお助け下さいか。いや、もしかするとこのあいだ後宮に入ったばかりの身の程知らずの女が、王に殺されてしまう前に黙らせて下さいかもしれない。
ウィレムは熟々と警備兵が駆け込んで来た理由を思い浮かべた。
「陛下が。陛下が後宮の女を皆殺しにすると――」
ウィレムは警備兵が全ての言葉を言い終える前に、後宮へと全力で駆けて行った。
何なんだ。父王は残酷だが、その反面聡明であると世間では言われているのだが、それは全部嘘で実際はただの馬鹿なんじゃなかろうか。後宮の女というのは王を喜ばせる為にあるんじゃない。そういう意味合いで入った女もいたが、それはウィレムの母を含め王が全て殺してしまった。今そこにいるのは各国の王族や自国の重要貴族から得た人質であって、そう易々と殺していいものではないとあれほど口酸っぱくなるまで言い含めておいたというのにこの様だ。
「父上は馬鹿ですか。私が毎日毎日、懇々と諭していたのはなんだったのでしょうか。人質は易々と殺してはいけませんと、あれほど言っていたではないですか」
後宮に足を踏み入れたウィレムの目に真っ先に入って来たものは、中庭で一列に並んだ後宮の女達と返り血を浴びた父王だった。彼の足元には胴体から真っ二つに分かれ、千切れた腸が飛び出している女の死体が転がっている。
ウィレムは死体を見やると、あれは小国の第三王女だったかと肉の塊となった女の身分を思い出し、益々父王に対する苛立ちを募らせた。
「さて、そうだったか。確かにそう言っていたかもしれんが、それがどうした」
小言を言われた王は、ウィレムを睨みつけた。人非人である彼からすれば、玩具にもならないただの木偶を切り裂いただけであり、態々その程度で何を騒ぐ必要があるという思いなのだろう。
「それがどうした。ではありませんよ。ああ、厄介なことに一番得にもならない人質を殺してしまうなんて」
どうせ殺すなら、もっと旨味のある国の女を殺せばよかったのだ。ウィレムは王の考えのなさに奥歯を噛んだ。
「どうするんです。あんな兵の練成術だけはやたらとあるくせに、農作物だけで資源は特にこれといってない何の旨味もない国に言い掛かりをつける機会を与えるだなんて。ああいう国は適当に手綱を握り、他国に侵略をかけさせ兵力が弱ったところを押さえつけてしまうのが一番だというのに。殺すにしても時期尚早でしょうが。父上はただ殺戮を楽しみたいだけなのでしょうけれど、私はもうあんなことは懲り懲りです。今回のことはご自分でお収め下さい」
今はあちらの勢力がまだ衰えていないのだから、属国として便利に扱ってやればいいものを。
彼の国は戦わずして属国になったばかりである。快く王女を人質に差し出したのも、あわよくば子を孕み国母になることを狙っていたに違いない。つまり彼の国の国力は少しも衰えておらず、下手に兵力があるせいで今回のことから戦になるのは目に見えている。
「やはりお前は面白い」
王は狂ったように笑い声を上げた。
血塗れの国王。その彼を睨み付ける王子。生き残りを掛け少しでも狂人の視線から逃れようと息を潜め、存在を殺す後宮の女達。真っ青な顔色で立ち尽くす後宮警備兵。それに対し涼しげな表情で王の側に控える近衛兵。そして石畳の上で血溜まりを作る死体。そのどれもが、花が咲き誇り優美な雰囲気を漂わせている中庭とは不釣り合いであった。
「――しかし、ウィレムにそのように突き放されては、流石の父も不安が残る」
王は血の滴る剣を振り払い、側に控えている近衛兵に手渡した。それからウィレムをまるで幼子のようにして抱き上げ、彼の顔を下から覗き込むと王は態とらしく、いかにも困っているといった表情を見せた。
「彼の国とのこれから起こるであろう戦に、父一人で勝つことが出来るのか甚だ不安だ。ウィレムが居てくれると心強いのだが」
「よくもまあ、そのような嘘を平然と仰る。私は嫌ですからね。あのような地獄は、二度と御免です。何に不安を感じていらっしゃるのかが、私には微塵も分かりかねますが、万どころか億の矢が降っても死なない男が小国を相手にしたくらいで死ぬはずがないでしょう。父上なら笑っている間に一人で制圧なさいますよ」
もう一度あの地獄を味わうだなんて冗談ではない。誰が好き好んであんな場所へ赴くというのか。そんな物好きは、殺戮狂の父王と彼に忠誠を誓う狂った男共の集団である近衛兵くらいなものだ。
「そう言うな。可愛いウィレムが居てくれるだけで、兵共も士気が上がると言っている。今度は着替えを何枚か持って行こう。お前はすぐに汚してしまうから」
殺戮を好む狂王が治める王国内において、幼児でも知るような教訓がある。それは、狂王を賢王たらしむるには王子を使うべしというもので、また王子死すれば賢王再び狂王と成り果てるというものである。
「あの時は誰のせいで服を汚したと思っているんです。全て父上のせいですからね」
分かっているのですかと憤るウィレムを、王は愛おしそうに眺めていたのだった。
ああ、何もこんな時に自我が芽生えなくても良いのではなかろうか。芽生えた途端に死ぬだなんて洒落にならないのだが。
自分を庇う様にして立っていた男の頭が空に飛び跳ね、床に落ちるのを見たウィレムは即座に死を覚悟した。
逃げ場など何処にもないというのに、ウィレムは息を潜めて身を縮こまらせ、頭を切り離された死体の陰に隠れようと努めた。けれども、そんな彼を嘲笑うかのように死体は勢いよく血飛沫を上げ、大きな音を立てて崩れ落ち、すぐに人非人の視界に入ることになった。
怒気を露わにし返り血を浴びる男は、ウィレムの父でありこの国の王でもある。
ウィレムの母は六年ほど前に、この父王の不興を買い殺されてしまった。そして乳母は一昨年。それから教育係も今し方。王城において彼を守る者は、もう一人もいない。
「愚鈍はいらん。これまでは代わりを作るのが面倒で見逃してやっていたが、もうじき十になるというのに言葉の一つも発しないとは」
塵芥を見るかのような視線を寄越す王を前にしたウィレムは竦み上がった。恐怖から息が浅くなり、まるで誰かに胸を押し潰されているのではないか。そう錯覚するほどの息苦しさを覚えた。
「――し、死に、たいなら、人を巻き込まずに、さっさと死ねばいい」
どのみち死ぬのならば、この最低な男に言いたいことを言ってから死んでやる。
恐怖で思考に異常をきたしたウィレムは、この理不尽な状況に怒りを感じ、その激情に身を任せた。思うように動いてくれない口を彼は懸命に動かし、どもりながらも何とか言葉を紡ぎ出した。
「し、死にたいから、こんなことをしてるんでしょ。もし、そ、そうじゃなかったら、す、す、救いようのない馬鹿だ」
本来であれば、このように無礼な働きをしようものならば、誰彼構わず直ぐにでも首を跳ねられるところだが、王には何やら思うところがあるのか、剣に付着した血を振り払うと鞘に収め、それから先程の怒気はどこへやら、無表情でウィレムをじっと見詰めていた。
まるで値踏みをされているかのような。それはそれは気味が悪いものだった。
「い、いくら国王だからって、こんなにも人の命を軽んじていたら、直ぐに殺されてしまうことくらい馬鹿にだって分かる。それが分からないって言うんだから、貴方は救いようのない馬鹿だ」
ウィレムがそう言い終えると、王はぞっとするような笑みを浮かべ黙って頷いた。決してウィレムの言葉に同意したのではない。まあ悪くはない玩具だ。及第点ではあると、そういった意味合いなのだろう。
「貴方は自分が手練れだから、そう易々と殺されないって思っている。けれど数の暴力には、どうやっても勝てやしない。一対百ではなく、全国民が一斉に襲ってきても貴方は勝てますか。それに周辺国に助けを求められでもしたら、各国の精鋭部隊を相手に一人で勝てるはずがない。もしもいたとすれば、それは怪物だ。幾ら手練れでも千の矢が降るならば、誰も生き残れはしない」
必死に毛を逆立て威嚇をする子猫のような息子の言い分を最後まで聞いた父王は、やがて大きな笑い声を上げた。
「ならば側でとくと見るがいい。千の矢が降ろうとも。万の兵に攻められようとも。その中心に立ち、全てを薙ぎ払う我が姿をな」
奸悪な性格をした人非人は、やはり同じように捻くれた者を好むのだろうか。この日を境にして、ウィレムは王の唯一のお気に入りとなった。
それにしても万のごとき矢が降り注ぐ戦場の中、王に抱かれ悠々と敵軍が死滅していく様を、まさか眺めることになろうとは。あの時のウィレムは思いもしなかった。
前線で父王の放った魔力が爆発を起こし、それが僅かに掠った敵軍兵の頭が半分だけ吹っ飛び、脳髄が周囲に飛び散る。そんなあまりにも残酷な光景を目にしたウィレムが、父王の腕の中で嘔吐し恐怖で小便を漏らそうが、泣き喚めこうが。それこそ惨めになるほど必死に謝り倒し、何とか許しを請い願っても。その光景から目を逸らすことを許されなかった。
人が人ではなくなっていく様をウィレムは延々と見続けた。もう六年も前だというのにも関わらず、ウィレムは未だにあの日の絶叫を忘れることが出来ずにいる。あれほどの地獄は、あの世にも存在しない。それが紛うことなき真実だと確信を持って言える。
「――――そうさ。そうなんだよ。お気に入りというか。唯一、あの人が認めた息子になっちゃたんだ。ああ、馬鹿だな俺。さっさと逃げるか死ぬかしとけばよかったんだ。そうすればこんなにも胃がキリキリと痛まずに」
「で、殿下。殿下、一大事で御座います」
済む。そう言い切る前に私室の扉が勢いよく開かれ、警備兵が転げるようにして駆け込んできた。
いやはや、全く以って。ウィレムが王位継承権第一位の王子だということを、この王家に仕える人々は分かっているのだろうか。
ノックぐらいしたらどうなんだという言葉が喉元まで出かかったが、血の気が引き紙のように白くなった警備兵の顔を見たウィレムはそれをぐっと堪えた。
一体全体、今日は何が起きたのか。ああ、もしかしてあれか。恐怖のあまりに手が震え、王に茶を差し出す際に誤って重要書類に零してしまった侍女の命を助けてくれというような、ごく有り触れたお願いだろうか。それともうっかり王の苦手なものを調理してしまった料理人をお助け下さいか。いや、もしかするとこのあいだ後宮に入ったばかりの身の程知らずの女が、王に殺されてしまう前に黙らせて下さいかもしれない。
ウィレムは熟々と警備兵が駆け込んで来た理由を思い浮かべた。
「陛下が。陛下が後宮の女を皆殺しにすると――」
ウィレムは警備兵が全ての言葉を言い終える前に、後宮へと全力で駆けて行った。
何なんだ。父王は残酷だが、その反面聡明であると世間では言われているのだが、それは全部嘘で実際はただの馬鹿なんじゃなかろうか。後宮の女というのは王を喜ばせる為にあるんじゃない。そういう意味合いで入った女もいたが、それはウィレムの母を含め王が全て殺してしまった。今そこにいるのは各国の王族や自国の重要貴族から得た人質であって、そう易々と殺していいものではないとあれほど口酸っぱくなるまで言い含めておいたというのにこの様だ。
「父上は馬鹿ですか。私が毎日毎日、懇々と諭していたのはなんだったのでしょうか。人質は易々と殺してはいけませんと、あれほど言っていたではないですか」
後宮に足を踏み入れたウィレムの目に真っ先に入って来たものは、中庭で一列に並んだ後宮の女達と返り血を浴びた父王だった。彼の足元には胴体から真っ二つに分かれ、千切れた腸が飛び出している女の死体が転がっている。
ウィレムは死体を見やると、あれは小国の第三王女だったかと肉の塊となった女の身分を思い出し、益々父王に対する苛立ちを募らせた。
「さて、そうだったか。確かにそう言っていたかもしれんが、それがどうした」
小言を言われた王は、ウィレムを睨みつけた。人非人である彼からすれば、玩具にもならないただの木偶を切り裂いただけであり、態々その程度で何を騒ぐ必要があるという思いなのだろう。
「それがどうした。ではありませんよ。ああ、厄介なことに一番得にもならない人質を殺してしまうなんて」
どうせ殺すなら、もっと旨味のある国の女を殺せばよかったのだ。ウィレムは王の考えのなさに奥歯を噛んだ。
「どうするんです。あんな兵の練成術だけはやたらとあるくせに、農作物だけで資源は特にこれといってない何の旨味もない国に言い掛かりをつける機会を与えるだなんて。ああいう国は適当に手綱を握り、他国に侵略をかけさせ兵力が弱ったところを押さえつけてしまうのが一番だというのに。殺すにしても時期尚早でしょうが。父上はただ殺戮を楽しみたいだけなのでしょうけれど、私はもうあんなことは懲り懲りです。今回のことはご自分でお収め下さい」
今はあちらの勢力がまだ衰えていないのだから、属国として便利に扱ってやればいいものを。
彼の国は戦わずして属国になったばかりである。快く王女を人質に差し出したのも、あわよくば子を孕み国母になることを狙っていたに違いない。つまり彼の国の国力は少しも衰えておらず、下手に兵力があるせいで今回のことから戦になるのは目に見えている。
「やはりお前は面白い」
王は狂ったように笑い声を上げた。
血塗れの国王。その彼を睨み付ける王子。生き残りを掛け少しでも狂人の視線から逃れようと息を潜め、存在を殺す後宮の女達。真っ青な顔色で立ち尽くす後宮警備兵。それに対し涼しげな表情で王の側に控える近衛兵。そして石畳の上で血溜まりを作る死体。そのどれもが、花が咲き誇り優美な雰囲気を漂わせている中庭とは不釣り合いであった。
「――しかし、ウィレムにそのように突き放されては、流石の父も不安が残る」
王は血の滴る剣を振り払い、側に控えている近衛兵に手渡した。それからウィレムをまるで幼子のようにして抱き上げ、彼の顔を下から覗き込むと王は態とらしく、いかにも困っているといった表情を見せた。
「彼の国とのこれから起こるであろう戦に、父一人で勝つことが出来るのか甚だ不安だ。ウィレムが居てくれると心強いのだが」
「よくもまあ、そのような嘘を平然と仰る。私は嫌ですからね。あのような地獄は、二度と御免です。何に不安を感じていらっしゃるのかが、私には微塵も分かりかねますが、万どころか億の矢が降っても死なない男が小国を相手にしたくらいで死ぬはずがないでしょう。父上なら笑っている間に一人で制圧なさいますよ」
もう一度あの地獄を味わうだなんて冗談ではない。誰が好き好んであんな場所へ赴くというのか。そんな物好きは、殺戮狂の父王と彼に忠誠を誓う狂った男共の集団である近衛兵くらいなものだ。
「そう言うな。可愛いウィレムが居てくれるだけで、兵共も士気が上がると言っている。今度は着替えを何枚か持って行こう。お前はすぐに汚してしまうから」
殺戮を好む狂王が治める王国内において、幼児でも知るような教訓がある。それは、狂王を賢王たらしむるには王子を使うべしというもので、また王子死すれば賢王再び狂王と成り果てるというものである。
「あの時は誰のせいで服を汚したと思っているんです。全て父上のせいですからね」
分かっているのですかと憤るウィレムを、王は愛おしそうに眺めていたのだった。
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