黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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囚われの檻

5.受け継いだ力

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「事情は判った。お前の目的や出自も……その上で、我々の方へ来ると言うのなら止めはしない。だが、知っていることはラハト同様に話して貰う」
「勿論、そのつもりです」

 スレイブの声や表情からは嘘の気配を感じられない。
 全てが事実で本心なのだと察するには余りある、余計なものを含まない真っ直ぐな眼差しだ。
 むしろ、以前よりも穏やかで落ち着いたようにも思える。
 もしかしたら、私に隠し事をしている罪悪感があったのかもしれない。
 
「そのハティという奴は、組織的に色々と動いているようだな」

 今まで沈黙を貫き通していた父の言葉に、私は頷いて肯定する。
 あの男は、人の弱みにつけ込むのがうまい。
 どん底に居る者ほど、黒狼の主ハティの甘い言葉や表向きの言葉は心に刺さるのだろう。
 言葉巧みに集めるのは良いが、その後がコレである。
 薄っぺらい言葉が招いた結果とも言えた。
 
 自分たちの利益を重んじている集団のため、希薄な関係性である。
 だからこそ、厄介だと感じる部分はあった。
 自らが不利となれば、簡単に仲間でも切り捨てる。
 雑草のように根を残して排除しても、また生えてくるのだから厄介以外の何物でも無い。

「スレイブ……お前は本当に大丈夫なのか? 今……二重スパイのようなことをしているのだろう?」
「マズイとなれば逃げ出しますから、ご心配には及びません」

 断言できるほどスレイブの実力は本物なのだろう。
 話を聞いていて思ったが、この男は『恩には恩を、悪意には悪意を返す』――そんな生き方をしている。
 まるで、映し鏡だ。
 自分の生き様をそのまま返してくる相手という事に気づけば、黒狼の主ハティにとって、これほどやりづらい相手は居ないだろう。
 
 そんな中、空気が揺れるのを感じた。
 この気配は――。
 私と紫黒、そしてラハトが同時に室内の一角を見つめる。
 淡い光が放たれ、そこへ現れたのは主神オーディナルだ。
 今回は、時空神がいない。
 どこか急いで来たような印象を受けた。

「ふぅ……僕の愛し子が焦ったように言うから急いで来たが……無事のようだな」
「ルナティエラ嬢が?」
「お前の精神が不安定になっているから、様子を見てきて欲しいと言われてな……まあ、無事ならば問題無い」

 安心したように笑みを浮かべた主神オーディナルは、室内を見渡してスレイブに視線を止める。
 何か感じたのだろうかと注視していると、主神オーディナルは意味深に笑う。
 
「ほう? ベオルフの側には、神族から力の一端を与えられた者が集まるようだな」

 いきなり現れた主神オーディナルに驚き、言葉を失っていたスレイブは、慌てて片膝をつく。
 その姿を横目に、私は主神オーディナルへ問いかけた。

「スレイブも……そうなのですか?」
「愛と美の女神メノが与えたのだろうか……強い生命力と、魅惑の力を感じる。そういえば、遙か昔に人との間に子をもうけたという話があったな……もしや、その子孫か?」

 空に浮いていた主神オーディナルはスレイブの側に着地して顔を……いや、その目を覗き込む。
 スレイブの中に脈々と受け継がれる神力を感じたのか、楽しそうに目を細めた。

「間違いないようだ。人の血の方が濃くなってしまって力という力は残っていないが、それでも十分だ。あの不届き者たちが使う『魅了』が通じないのも、コレが原因だな」

 それだけでは無いような気もするが……全く通用しないというのは心強い。
 血筋に見目麗しい者が多いのも、愛と美の女神が関係しているのであれば納得がいく。
 他の者よりも器用に生きてこられたのは、多少なりとも愛と美の女神から受け継いだ力があったからだと納得した。

「まあ、あやつの使う力は本来、神力に触れる機会の多い神官の血脈や、神の力を受け継ぐ末裔には効かないはずなのだがな……」

 セルフィス殿下のことがあるのでこういう言い方になったのだろうと察し、私は苦笑を浮かべるしかない。
 王太子殿下は頭を下げて「不出来な弟が申し訳ございません」と謝罪している。
 主神オーディナルは気にした風でも無く、ただスレイブという希有な存在に機嫌を良くしているようであった。

「愛情の深い一族だが、その分、憎しみや恨みの感情も強い。それをうまくコントロールすることだ」
「は……はい。肝に銘じておきます」
「ふむ……そうだな、そなたにもマテオたちと同じ外套をプレゼントしてやろう」

 姿を隠すことのできる外套を授かったスレイブは、何度も手元のソレと主神オーディナルの顔を見やり、感極まったように礼を言う。
 その素直な反応に気分を良くした主神オーディナルは、何も言わずに私の手にあったシルヴェス鉱の短剣を手に取ってスレイブへ渡す。
 裏切ることは無い相手と認識したようだ。
 つまり、主神オーディナルがお墨付きを与えた相手である。
 これ以上の警戒は無意味でしか無い。

 それを悟った父や宰相殿。それに、王太子殿下とナルジェス卿の肩から力が抜ける。

「ところで……紫黒はどうして、そんなに丸くなっているのだ?」
「オーディナル、聞いて欲しい! 私は初めて『変態』というものを見たのだ! 文字でしか見た事が無かったが凄いものだな!」
「……そ、そうか。……ベオルフ?」
「ソレに関しては……誠に申し訳ございません」
「好奇心旺盛なのは誰に似たのか……」

 何故か脳裏に浮かぶのは、ちょっとやんちゃな表情をして笑っているルナティエラ嬢の姿――。
 おそらく、主神オーディナルも同じ事を考えていたのだろう。
 私たちは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
 
「ここで言う『変態』って……私の事ですか?」
「お前以外に誰がいるんだよ……」

 キョトンとしているスレイブの横で、ラハトが溜め息交じりに返答した。
 何だかんだで気が合うようだ。

「愛に素直に生きているだけなのに……」
「素直すぎるからだろ」

 ラハトのツッコミに誰もが笑いを堪え、場が和む。
 先程までの空気は霧散し、今は清々しい風でも吹いたように心地良い空間になった。
 とりあえず、私の危機だと慌てて駆けつけてくれた主神オーディナルに礼を言い、肩でまん丸に膨らんでいる紫黒を優しく撫でて宥めるのであった。

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