黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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王都の聖域

29.聖剣クラレンツァ

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 幼いルナティエラ嬢を抱えていた私の背後に、大きな力を感じる。
 どうやら、ようやく用事を終えて姿を現したらしい。
 私と幼いルナティエラ嬢が視線を向けた先に出現したのは、主神オーディナルだ。
 かの神は、私と幼いルナティエラ嬢を見て目をパチクリさせてから小首を傾げた。

「お前達……いつの間に子供ができていたのだ?」
「冗談にもほどがあります」
「オーディナルさま……」

 私たちの冷めた視線を受けた主神オーディナルは気まずそうに視線を逸らして咳払いをし、ガイが創り出したルナティエラ嬢だと知るやいなや、懐かしいと目を細める。

「あの頃の愛らしい姿と同じだが、髪色が違ったのでな」
「そういえば、この頃のルナティエラ嬢は黒髪だったのですね」
「うむ。とても艶のある綺麗な色だ。少し手を加えても良いか?」
「ガイに影響が出ないのであれば……」

 それなら心配ないと笑い、主神オーディナルが幼いルナティエラ嬢に触れる。
 見慣れた天色の髪が、夜の漆黒へ染まっていく。
 何とも艶のある、とても美しい髪だ。
 こんな色艶は、この世界で見た事が無い。
 黒なのに光があり、透明な黒とはこういうものだと妙に納得してしまった。

「黒髪とは……こんなにも美しいものなのですね」
「サラサラで艶々なのだ。触り心地も最高だぞ」

 主神オーディナルに勧められたが触れて良いのかどうか疑問を抱き、迷いが出る。
 そんな私の心情を察してか、幼いルナティエラ嬢は「どうぞ」と言って頭を差し出してきた。
 恐る恐る触れてみると、いつもの感触と変わらないはずなのに、なんとも不思議な感覚を覚える。
 おそらく、主神オーディナルの力がこもった髪だからだろうが……黒髪のルナティエラ嬢もいいな。

「髪を撫でてご満悦の兄上と、撫でられて照れてる姉上……この場面を見られただけで、私は感動です!」
「お前がルナティエラ嬢を幼子にした理由は、あとで問い詰めたいのだが?」
「無理を言わないでください。いつもの姉上まで成長させようとしたら力が足りなかった感じなんですから」

 そういうものなのか――と考えている私の手が止まっていたのだろう。
 幼いルナティエラ嬢が私の手に小さな手を添える。

「もっと、ナデナデしても良いのですよ?」

 舌っ足らずな口調で、いつもの彼女のようなことを言い始めた。
 こういう風に甘えてくる事は珍しいが、撫でてくれと言うことなのだろう。
 優しい手つきで頭を撫で始めると、彼女は満足げに微笑む。
 こうしていたら、オリジナルの彼女と全く変わらない。

「黒髪のルナだー! 可愛いなぁ」
「うむ、雰囲気が変わって良いな」

 神獣達にも大好評な黒髪の幼いルナティエラ嬢は、少しばかり恥ずかしいのか、頬を紅潮させて照れ笑いを浮かべている。

「黒髪を初めて見ましたが……とても綺麗で、姉上に似合っておりますね。いや、いつもの髪色も素敵ですし……うーん……悩ましい!」
「同感だ」

 ガイの言葉に心底同意する。
 黒髪の幼いルナティエラ嬢は、肌の白さが際立つ。
 現在の年齢であれば、この世界の女性には無い美しさを醸し出していたかも知れない。
 しかし、今の天色の髪も、この世界では珍しい色だ。
 人とは違う妖精のような可憐さと美しさを持つ。

「髪色だけで、これほど変わるとは……」
「変装で髪色を変えると良いって言いますが、判ったような気がしますね!」
「そうだな」

 ガイの言葉に頷いていたのだが、主神オーディナルが黙ってガイの腰辺りを凝視している。
 そういえば、戦神の剣があったな……。

「何故、お前がここに……と言いたいが、まあ、そうだろうなとは思っていた」

 主神オーディナルは心底呆れたというように溜め息をつく。
 その言葉に、ガイの側で大人しくしていた戦神の剣がカタリと震えた。

『戦神様の……命であったため……』
「あの馬鹿は、僕が何故動くなと言ったのか判っていないと見える……。しかも、余裕そうだな……担当している割合を増やすか」

 無慈悲な主神オーディナルの言葉に、戦神の剣は謝罪を繰り返すが聞いていない。
 まあ……主神オーディナルの命に逆らったのだから、多少のペナルティーは必要だろう。

「しかし、自分の血を分けた子孫が心配になったのも判る。今回は大目に見てやらんでもないが……」

 主神オーディナルは少しばかり考えを巡らせたあと、ニンマリ笑う。
 どうやら、とんでもないことを思いついたらしい。

「よし、お前は暫く『アルベニーリ家に伝わる伝説の剣』として地上にとどまれ。そうだな……二百年ほどで良いだろう」
『その間、戦神様の元へは戻るなという意味でしょうか』
「そういうことだ。アレも判っていて送り出したはずだからな」
『そういうことでしたら、謹んでお受けいたします』

 戦神の剣がアルベニーリ家に力を貸すことで、この問題を不問にするという主神オーディナルの言葉に驚いたが、そうでもしなければ裏で他の神々が動いていると知られてしまう。
 それが誰かにバレてしまうのがマズイ状況なのだと察し、私とガイは顔を見合わせる。
 さすがに口外してはいけないのだと理解していたのだろう、ガイは力強く頷いてくれた。

「ガイセルク・アルベニーリ。お前に、戦神の剣――いや、聖剣クラレンツァを授ける。お前の力量であれば、問題無く使えるだろう」
「オーディナル様……ありがとうございます! これで、兄上の力になれます!」
「うむ。その点は大いに期待している」

 聖剣クラレンツァを手にしたガイは、嬉しそうに剣に語りかける。
 仲睦まじいその様を見ていると、まるで長年を共に戦ってきた戦友のようにも見えるから不思議なものだ。

『我があるじは、戦神様によく似ていらっしゃる。おそらく、戦神の血が一番濃く現れた方なのだと思います』
「そうだな、それは否定せん。そのセンスや動き、クセも似ているからお前もフォローしやすいだろう」
『オーディナル様の慈悲に、心からの感謝を捧げます。本当に、ありがとうございました』
「お前の忠義があってこその今回だ。……まあ、あの者にはキツく言い聞かせておくから、暫くは自由にしているといい。心赴くままに……な」

 まるで厄介なあるじの面倒を見てきたのだから、これから暫くは休暇を与えると言うような口ぶりである。
 よほど苦労してきたのだろう。
 だが、ガイの世話も大変だと思うのは私だけだろうか……。

「さて、ベオルフ。私たちの用事も済んだからソロソロ帰らないとな」
「そうだな……」

 紫黒の言葉を聞いた幼いルナティエラ嬢は、ハッとして私を見上げたとたんに悲しげな顔をする。
 そんな表情をされたら……置いていけるはずも無い。

「主神オーディナル……」
「う、うむ……そうだな。これは……困ったな」

 私にギュッと抱きつく幼い黒髪のルナティエラ嬢。
 ガイの夢が創り出した虚像にしては、とても現実味がある。

「戦神の血の成せる業か……それとも、僕の愛し子の残した想いが強すぎたのか……。想いが力を持ち、まるで精霊のような存在になりつつあるが……」
 
 ジッと見上げてくる黄金の瞳は涙で潤み始め――こうなってはお手上げだ。

「主神オーディナル……どうにかできませんか」

 ルナティエラ嬢に甘い私と主神オーディナルは、この幼いルナティエラ嬢の様子を見て途方に暮れるしかない。
 これまで感じてきたピンチなんて比較にもならないほど困り果て、私はこの想いを残した本人に「何とかしてくれ……」と助けを求めるのであった。

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