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王都の聖域
23.パンの実《ロナ・ポウン》の亜種
しおりを挟むとりあえず、一旦落ち着こうと、全員が庭に設けられたテーブル席へ座る。
程よく汗をかいていたため、失礼にならないよう洗浄石を使ったが、アーヤリシュカ第一王女殿下が「やっぱり……ソレいいわね」と、恨めしそうに呟いたのが印象的であった。
身なりを気にする女性には、喉から手が出るほど欲しい物であることに、間違いは無いだろう――が、此方も譲る気は無い。
コレのおかげで、返り血や汚れを気にする必要がなくなったのは大きいからだ。
ルナティエラ嬢と話をしていた温泉の案件を進めれば良い物を――。
とりあえず、先程の主神オーディナルが言っていた件が気になるので、話を振ってみる。
「主神オーディナル、ルナティエラ嬢のためになる訓練法とは?」
「そう急くな。お前は本当に……まあ、判らんでも無いがな」
主神オーディナルは呆れたような声を出すが、私が自分の話に食いついている様子が嬉しいのか、口元が緩んでいる。
そのことに全員が気づいているけれども、あえて口にしない。
機嫌を損ねると大変なのも理解しているからだ。
「まず、無意識に使っている無効化の力だが……これは、少し待て。今は何をしても変わらん」
「……それが一番重要なのですが?」
「順序というものがある。お前の力の要である事に変わりは無いが、そこが一番……何と言えば良いのか……複雑なのだ。神ですら手が出せぬ領域なため、ユグドラシルが準備をしている」
「……は?」
「お前の魂の根幹に関わる力だからな。僕でもヘタな事は出来ない」
主神オーディナルの言葉を聞き、私は頭を抱える。
ユグドラシルが直接手を出さなければならない力が私の中にあるとは、どういう意味だ?
管理者である主神オーディナルすら手が出せないとなれば、この『無効化の力』は、とんでもない力だという事にならないか?
「魂に関わる力というのは少なからず存在するが……お前の場合、かなり特殊だから、ヘタな事は出来ない。理解出来たか?」
「とりあえず、考えても仕方の無いことだという事は理解しました。それよりも、ルナティエラ嬢のためになる事とは?」
「お前は、自分の力よりも、僕の愛し子の方が大事なのか……」
若干引き気味な主神オーディナルではあるが、この神にだけは言われたくない。
「今手が出せないのなら、聞いても意味が無いでしょう」
「それはそうなのだが……まあいい。次に、僕の愛し子の浄化と対になっている回復の力……此方は、我々でも干渉できる力だ」
我々――という言葉に反応するように、時空神が姿を現す。
気さくに朝の挨拶をしてきた彼の手には、見たことの無い果実が握られていた。
「ソレは?」
「ジャンポーネにある物でね。こっちのパンの実の亜種なんだ」
そう言われて見れば、確かに大きさや形はパンの実に似ている――が、外皮の色は違う。
時空神様の持つ、パンの実亜種は、外皮が黄金色をしているのだ。
「実はコレ、ルナちゃんが探している物の1つなんだよね。でも、何と言うか……これも、妹の伝え方が悪かったせいで、とんでもない事になっていてね」
そういうと、時空神は大きな深皿を用意して、そのパンの実亜種を割り入れた。
すると、そこから……パンの実同様のドロリ……いや、それよりは少々固めの物が出てくる。
ぽてっと深皿の上に落ちた中身は、少し透け感のある白色をしていて艶がある。
試しに触ってみると、弾力があって何とも面白い感触だ。
「つまんでみて」
「はあ……」
言われたとおりにしてみると、その白い物体は、熱で溶けたチーズのように伸びた。
ん? ということは……チーズの一種なのだろうか。
「コレはね、あらかじめ加工したあとの物を出しただけで、加工する前はこんな感じなんだよ」
そう言って時空神が新たに出してきたのは、薄茶色の外皮に包まれたパンの実亜種。
先程と何が変わるのか注視していると、割った中身が明らかに別物であった。
小さな粒状の物がザラザラ音を立てて流れ出てくる。
手に取って見ても柔らかさの欠片も無い、麦に似ているが、それよりは少し大きめの白い粒だ。
「これは、ジャンポーネで餅の実と呼ばれていてね。祝い事の際に、村長や村人が時間をかけて祈祷し、中身を皆で分けて年始に食べるという風習があるんだよ」
「祈祷……?」
「そう。祈りを捧げ、力を捧げ、想いを捧げて黄金色に染まったら『神々の祝福をいただいた、おめでたい食べ物』になるんだ。キミの母親だったら知っているはずだよ」
急に話を振られて驚いた母ではあったが、懐かしさが勝ったのか、目を細めて嬉しそうに、当時を思い出して語る。
「あ……はい……懐かしくて……懐かしすぎて……驚いて言葉も出ませんでした。ジャンポーネの『祝い餅』ですね。祭事の際や祝い事の際には、必ずいただく食べ物です。小さく切って乾燥させると、長期保存もできるので重宝しておりました。ただ……時々、ご老体が餅を喉に詰まらせるのが問題で……」
「ああ、よくある事故だね。飲み込む力が弱くなっているから、大きな塊を食べたら危険だよ」
「は、はい。小さく小分けにしているのですが……大きい物が食べたいみたいで……」
「頑固な年寄りは困るよね」
まるで、世間話でもしているような時空神に呆れていたが、そういえば、この神はフレンドリーで話しやすかったなと思い出す。
こうして、その世界の情報を不自然に感じることなく引き出しているとなれば、大した神である。
「つまり、その祈祷をしろ……と?」
「祈祷というが、己の力をこの餅の実へ込めているだけだ。まあ、年始のアレは僕も手を貸しているけれども……基本的に、自分たちの力を使っている」
「……ジャンポーネの人は……魔力が豊富……いや、その身に宿る力を使えるのですか?」
「念を込めるという意味でなら使える。だが、お前のように、具現化して放出することはできない。だからこそ、守り袋やそういう類いの物が多く存在するのだ」
「なるほど……念を込める事が出来るのですね」
本当に不思議な一族だ――と考えながら母を見る。
母は懐かしそうに白くてぽってりとした餅を凝視し、少しだけソワソワしていた。
そうか――これは食べ物なのだから、ルナティエラ嬢の為になる物で、母にとっても懐かしい故郷の味だ。
しかも、祝い事に食べるような特別な物であれば、それなりに意味があったのではないだろうか。
「何故、この餅の実を?」
「この餅の実には、微弱ではあるが浄化の効果がある。フェリクスにも良いし、一度黒狼の主ハティの力に汚染されたクロイツェル侯爵夫妻にも効果があるだろう。そして、何より……僕の愛し子が泣いて喜ぶ」
それは聞き捨てならない。
私は食い気味に問うた。
「泣くほどまでに喜ぶ食べ物なのですか?」
「間違いないと断言できる。本当なら、米や味噌や醤油を直接渡してやりたいのだが、それは難しい。だが、この餅の実は、あちらの世界にもあるから、譲渡可能だということだ。小豆も然りだな」
「なるほど……」
「付け加えて言うのなら……小豆と餅の実は、相性が良い」
「そうなんだよねぇ、とっても相性がいいんだよ。俺はおはぎやぜんざいが好きなんだけどね、陽輝が作るぜんざいは絶品で! 甘さ控えめな上に、ふっくらとした小豆と塩味のバランスが絶妙なんだよ!」
そうだった――この時空神、ハルキ語りになると色々と饒舌になったのだと思い出し、思わずコホンと咳払いをしてしまった。
それで我に返った時空神は、慌てて口元を手で覆い、照れたような笑い顔を浮かべる。
これには、主神オーディナルも苦笑いだ。
「まあ、あの者の腕前も相当な物だから、判らなくは無いが……。とりあえず、ベオルフには、この餅の実へ力を注ぐ練習をして貰う。これは、純粋な力を注がなければならず、余分な物を受け付けない神聖な木の実だ。先ずは1日に3つ。確実に力を注げるようになれば、数を増やしていく」
「わかりました」
「1つ目はお前達、ベオルフの旅の仲間で定期的に食せ。2つ目はクロイツェル侯爵夫妻。3つ目を僕の愛し子へ回す」
「……つまり、3つ目まで力を注げなければ、ルナティエラ嬢が……泣くかも知れない……と?」
「そうなるな」
「全力でやりましょう」
1日3つのノルマ、絶対に完遂しようと誓った私に、ラハトが冷めた視線を向けてくる。
「本当にお前って……」
「まあまあ、やる気に満ちあふれているから良いじゃ無い。そろそろ、マテオも戻ってくる頃だし、先ずは1つ目と2つ目に力を込めてみたらどうだい?」
時空神に言われるがまま、私は差し出された餅の実を受け取った。
パンの実よりもずっしりとしている餅の実を受け取ると、母が懐かしそうに実を撫でる。
母にも懐かしい味を食べて貰いたいし、フェリクスやクロイツェル侯爵夫妻のためにもなる食べ物であれば、全力で挑むしか無い。
何よりも、ルナティエラ嬢が泣くほど喜ぶ代物だ。
必ず3つ目まで到達してみせると、私は強い決意を秘めて、実へ力を注ぐのであった。
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