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王都の聖域
19.無駄の無い圧
しおりを挟むあれから少しして眠りから覚めた私は、今後の詳しい打ち合わせの後、一旦、クロイツェル侯爵夫妻の屋敷へお邪魔することになった。
アルベニーリの屋敷も気になったが、そこは応急処置をしてきたから問題無いという時空神の言葉を信じることにしたのだ。
時間と空間を操る神なだけあり、王都内の移動などお手の物。
黒狼の主ハティの好き勝手にはさせないと、彼はルナティエラ嬢には絶対に見せないような暗い笑いを浮かべていた。
暫くの間、疫病対策と魔物の対策が必要になるため、仕事が忙しくなる。
父と国王陛下と宰相殿は、その対策を練るために執務室へ籠もっているが、全て聖域化をした範囲内なので襲撃される心配はないだろう。
むしろ、我々に同行している王太子殿下は仕事をしなくて良いのかと考えてしまったが、主神オーディナルがいるのに国の関係者が誰も同行しない方が問題か……と、考えを改めた。
まあ、ここ最近仕事を詰め込んでいた王太子殿下には良い休息だと、アーヤリシュカ第一王女殿下と楽しげに話をしている彼を横目で見た。
二人は仲睦まじく会話をしており、穏やかな空気が流れていて良い雰囲気だ。
これなら、両国間の戦争はありえないな。
まあ……それだからこそ、黒狼の主ハティは狙ってくるのだろうが――
「どうぞ、大したもてなしは出来ませんが、ゆっくりとおくつろぎください」
クロイツェル侯爵夫妻に案内された屋敷内は、前回の訪問時とは全く違い、清浄な空気に包まれていた。
使用人達の顔ぶれもほとんど変わっているし、雰囲気が明るい。
この屋敷の料理長だという男が何か言いたげにしていたのは気になったが、おそらく、ルナティエラ嬢のレシピの話が広まっているのだろう。
教えるつもりではいるが、その前にやっておくべきことがある。
現在、誰も立ち入りを許されていないルナティエラ嬢の部屋へ、私と主神オーディナル、それにノエルと紫黒は足を運ぶ。
中にある守り石を確認するためだ。
他のメンバーに遠慮してもらったのは、彼女の部屋へ本人の許可無く入れるのが嫌だった……ただ、それだけだ。
しかし、私の考えなどお見通しなのか、誰も異論を唱えること無く、フェリクスの部屋になる予定の場所へ向かったようである。
何の反応も示さないのは、それはそれで……何とも言えない感情を抱える物だなと考えつつ、彼女の部屋の扉を開いた。
「僕の愛し子の部屋も明るくなったな」
「そうですね……」
前回来たときの衝撃は、未だ胸の奥底に残っている。
だが、今は大丈夫だ。
他でもない彼女が、今は笑っていると知っていたからに他ならない。
当時は、それすら判らなかったのに不思議なものだと守り石のある方へ足を運ぶ。
彼女のベッドの枕元に、それはあった。
この屋敷を守るため、大人しく鎮座する守り石を撫でる。
「お前は、そこがお気に入りなのか」
守り石が淡く輝く。
以前は判らなかったが、今はハッキリとその力を感じ取ることが出来た。
私が……【黎明の守護騎士】となった証だろう。
それほど時間は経っていない。
しかし、私は変わった。
そして……彼女も――
「この屋敷の守りは任せた。フェリクスという彼女の弟が増えたから、ちゃんと見守ってやって欲しい」
ふわっと光を強めた守り石は、微かに震える。
任せておけというような力強さに、自然と笑いがこみ上げた。
「ふむ……力も強いな。これなら問題あるまい」
誰も居ないことを確認して姿を現した主神オーディナルも、満足げに微笑む。
紫黒の結界も強いが、彼女の力にさらされ続けて獲得した浄化と、元々持っていた結界に特化した守り石である。
これほど心強い守り石は、この世に存在しないだろう。
まさしく、神器といっても遜色ない力を持つ。
「ベオルフ。念の為に、フェリクスの部屋も見ておこう」
「はい」
主神オーディナルの言葉に従い、私とノエルと紫黒はルナティエラ嬢の部屋を出る。
今後の事を考えた主神オーディナルは、自らの力で一時的に部屋を封じることにしたようだ。
フェリクスを屋敷へ招き入れることによるリスクを考えて、主神オーディナルは、より強い結界が必要だと判断を下したのである。
これまで以上に、奴から狙われる事となるだろう。
しかし、あの守り石のある部屋を主神オーディナルの力で満たして封じることにより、守り石の持つ力を高めたのだ。
完璧な守りがここに完成し、奴も簡単に手は出せまい。
「ふむ……センスの良い部屋だ」
みんながいるだろうフェリクスの部屋へやって来た私が抱いた第一印象は、『柔らかく爽やかな部屋』であった。
炎から遠い色で構成されている部屋なら、炎を思い出すことも少ないだろう。
さすがはルナティエラ嬢の両親といったところか、品の良く上質な家具は母も気に入ったようで、クロイツェル侯爵夫人と話に花が咲いている。
この、広すぎる部屋に驚いたのはフェリクスだけではなく、ラハトもだ。
弟をこれほど好待遇で迎え入れてくれるとは思わなかったのだろう。
驚きと喜びで、少しだけ涙ぐんでいる。
それを知りながらも口にはせず、視線を彼へ向けずに小さな声で問いかけた。
「安心したか?」
「もったいねーくらいだよ……クロイツェル侯爵夫妻にも、ルナティエラ様にも、俺は一生頭が上がらねぇ」
「では、ずっと下げていろ」
ぐすっと鼻を啜るラハトへ、荷物から取り出したタオルを押しつけ、フェリクスから視線を遮るように自分の背に隠す。
全く……涙もろい男だ。
「皆様の客間は準備している最中ですので、お茶でもいかがでしょうか」
クロイツェル侯爵が全員をパーティールームへ誘う。
私たちは案内されたパーティールームへ足を運ぶと、思い思いにソファーへ腰掛けた。
以前、ルナティエラ嬢に【深紅の茶葉】を飲ませていた使用人がいた。
顔ぶれが変わっているから、おそらく大丈夫だとは思ったのだが、念の為に彼女の仲間がいないかラハトに見て貰うため、一度使用人を全員集めて貰うことにした。
クロイツェル侯爵夫妻は、フェリクスと養子縁組をしたことを使用人達に話をするという建前で集めてくれたようである。
おっかなびっくりな様子で集まった使用人達を前に、フェリクスの説明をしているクロイツェル侯爵夫妻を見つめる、使用人の様子を確認する。
念には念を入れて、探っておいた方が良い。
むしろ、ガイのほうが、こういうのは得意か?
いや、ノエルや紫黒もいるのだから、ここは神獣の出番だろう。
ノエルは私の意図を察したのか、尻尾をピンッと立てたかと思いきや、使用人達の前をウロウロしはじめた。
主神オーディナルの御使いであるカーバンクルの出現に、使用人達の表情が強ばる。
もしかしたら、喋るカーバンクルのことも噂として広まっているのかもしれない。
「んー……うーん……ベオー! 大丈夫そうだよー!」
「ええ、兄上。変な気配は感じません!」
「まあ、悪い事を考えるようなら、すぐにこの屋敷から叩き出されるだろう」
ノエル、ガイ、紫黒の言葉を聞き、私は深く頷いた。
ガイや神獣達がそう言うのであれば……と、安堵の吐息をつく。
「神獣様たちの審査を通過することが出来たお前達なら大丈夫だとは思うが、フェリクスは我が娘が選んだ後継者だ。くれぐれも、粗相の無いようにな」
「ルナが選んだって言う事は、オーディナル様も許可したってことだからねー? そこんとこ、わかってるー? オーディナル様の御使いであるボクが言っているんだし……ねぇ?」
さすがはノエル。
追い打ちをかけていくスタイルだな。
「さすがはノエル様……」
「無駄の無い圧……」
普段から、そういう圧をかけられている護衛達がボソボソと呟く。
「いや、アレはベオルフがノエル様に任せたからだろ? 張り切って頑張ってるんだって」
「ノエル様は、頑張り屋さんですからね」
ラハトとマテオさんも暢気なものである。
いや、慣れすぎているというべきだろうか。
私たちの様子に、アーヤリシュカ第一王女殿下とナルジェス卿は笑いを堪えているし、王太子殿下は深い溜め息をついていた。
ここで、経験値の差が出てくると言うワケか……と、感心していたら主神オーディナルが姿を消したままの状態で私の背後に立つ。
『使用人の前に姿を現すのはマズイか……』
『我慢してください。人払いをしてからお願いします』
勘の良い母と弟も、今のところ穏やかに会話を楽しんでいる。
普段の様子から考えても、寛いでいるのだと理解し、今のところは大した問題が無いように思えた。
今のところ外部との接触があり、一番手薄になるのは使用人だ。
出来る事なら、常に目を光らせておきたい。
『フェリクスなら、悪意のある者を見抜けそうですが……』
『快復したら可能だろう』
自然と私と主神オーディナルは、フェリクスへ視線を向ける。
彼が纏っている力は、とても弱々しい。
しかし、その力が放つ輝きだけを見れば強いものだ。
兄のラハトには敵わなくとも、普通の人間にはあり得ない輝きである。
やはり、太陽神の神器を守ってきた神官の血を引く者だ。
『ここへ来るまでは苦しそうでしたが、この屋敷に入ってから調子が悪いという感じはありませんね』
『まあ、あれほどお前達の力を蓄えた守り石なのだ。この世界で一番の聖域という言葉に嘘偽りは無かったということだな』
『しかも、主神オーディナルが強化したところですしね……』
『お前達と相性が良いから当たり前だ』
何故かとても胸を張って得意げな主神オーディナルに、棒読みの礼を言ってから私の膝へ戻ってきたノエルを撫でた。
紫黒は最近私の頭の上が気に入ったのか、ふくふくと丸くなって落ち着いている。
どうやら、これは真白の影響らしい。
となれば……頭上を陣取られているのは、ルナティエラ嬢かリュートなのだろう。
それはそれで……見て見たいな――などと、他愛の無い事を考えながら、窓の外へ視線を移す。
遠くに見える黒い影は、誰の物だったのか……
パチンっという音を立てて掻き消える影に、私は目を細めるのであった。
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