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王都の聖域
18.我々には何ができるのでしょうか(ハルヴァート視点)
しおりを挟む「楽しい時間は、あっという間ですね……」
ルナティエラ嬢の声が微かに震えていた。
楽しく婚約者と話をしていた私も、その変化に気づいて視線を向ける。
彼女に寄り添うベオルフも、顔色が悪いのは気のせいではないはずだ。
「今のお前達には、少し厳しいだろう。体を楽にして眠りなさい」
主神オーディナルがそう言って、二人の前に立つ。
ソファーに深く体を預ける二人は、硬く手を握り合った。
まるで……離れたく無いと言っているようだと感じるが、私たちにはどうすることもできない。
普段は人間関係に淡泊な私ですら、見ていて辛くなるほどだ。
気になって従者となったガイを見るが、彼は心配そうに眉尻をこれでもかというほど下げている。
「あ、あの……オーディナル様。娘に……コレを渡しても良いでしょうか」
「ん? ……ああ、そうか。そうだな。渡してあげなさい」
オーディナル様が一歩下がり、ソファーに深く座っている娘へクロイツェル侯爵夫人が駆け寄った。
「お母様?」
「これを……いつか、貴女と会えるときが来たらと……お守り代わりに持っていたの。聞き分けの良い貴女が、私や夫を唯一困らせる我が儘を言って手に入れた物ですもの。きっと、意味があったのよね?」
彼女の小さな手に握り込まされているのは、何の変哲も無い小袋だ。
質素な小袋の中身を確認しても良いかとベオルフに確認をとった彼女は、ベオルフに支えられながら袋を開いて見て見る。
そして、彼女は大きく目を見開き固まった。
「ルナティエラ嬢?」
「こ……これは……小豆?」
「ええ。貴女がどうしても欲しいと強請った物よ。熱病にかかった後、記憶を失ってしまったから覚えていないでしょう? でも、貴女は小豆を甘く煮た物が好きだったの」
「……え? だって……それって……」
彼女はとても動揺しているように見える。
ベオルフもそれを感じ取っているのだろう、小さな声で彼女に何かを囁く。
その言葉を聞いていたルナティエラ嬢は、わずかに首を振り、その答えを求めるようにオーディナル様を見上げた。
「聖域化を手伝ってくれた礼だ。あちらでも手に入る物だから、遠慮せずに持って行くと良い。ユグドラシルも了承済みだから、何の問題も無い」
「それならお米や醤油。それか味噌を……」
「あちらには無い物を言われても困る」
「うぅぅ……オーディナル様あぁ……お米が食べたいですうぅ」
「それも、近いうち……いや、もう少しすれば何とかなるはずだ。醤油と味噌については、手を貸してやらんことも無いが……リュート次第だな」
「判りました。とりあえず……私の事に関して、少し……判った気がします。それを伝える為でもあったのですよね?」
「察しが良いな。さすがは、僕の愛し子」
「ベオルフ様、オーディナル様の横っ腹をつねって良いですよ?」
「そうしよう」
「冗談では無いぞっ!? アレは、かなり痛いから駄目だっ」
既に経験済みだということに冷や汗が出る。
ベオルフ……お、お前、本当に大丈夫かっ!?
何をしても許されるという限度を超えているぞ!
「お母様、ありがとうございます。大切にしますね」
「ええ……どうか……どうか無事でいて……また……会えるかしら」
「勿論です。いつになるかわかりませんが、必ず」
「ありがとう」
「気をつけてな……」
「お姉様、お二人のことは僕に任せてください」
「フェリクスは体を治す事を優先してくださいね? お父様とお母様も、あまり無理をなさらないように……」
今生の別れでは無いが、クロイツェル一家の時間を邪魔すること無く、全員で見届ける。
ハティの企てでバラバラになった家族が、ようやく元に戻ろうとしているのだ。
普通の家族に戻ることはできないだろう。
しかし、互いの事を想い、幸せを願うことのできる家族にはなれるはずだ。
「さて、二人とも……暫く眠りなさい。さすがに結びつきが強すぎて、このまま帰すと反動が大きいからな」
「オーディナル様、お願いします」
「任せておきなさい。ベオルフも眠りなさい」
「いえ、私は……」
「今までの比では無いのだ。黙って眠っておきなさい」
オーディナル様の強い口調に不満そうなベオルフへ、ルナティエラ嬢が寄りかかる。
「一人で眠った姿を見せるのは恥ずかしいので、お付き合いください」
「……そう言われたら断れないでは無いか」
「断って欲しくありませんから」
「まったく……貴女は……」
オーディナル様の言葉にすら反抗するベオルフを、いとも簡単に従わせてしまうルナティエラ嬢は、やはり凄い女性だ。
この二人が離れること無く、夫婦になって私を補佐してくれていたら、国はどれほど栄えただろうか――
そう考えるだけで、愚弟の行いを許せなくなる。
せめて、手順を踏んで別れてくれていたら、ベオルフにルナティエラ嬢を預けて、二人がこの国から離れることがないように手を打てたのだ。
おそらく、二人が結婚して子供でも生まれたら、聖獣様だけではなくオーディナル様も可愛がってくださったはず……
それこそ、そんな姿を見た者たちがオーディナル様や聖獣様に愛された国だと騒ぎ、それを聞いた近隣諸国とも、今より確かな友好関係を築けただろう。
まあ、それと同じくして、ベオルフとルナティエラ嬢とその子の警護という問題は発生するのだが、『国の未来』と『警護の手間』を比較するのが馬鹿らしくなるほど些細な問題だ。
愚弟は、輝かしい我が国の未来を、己の欲を満たすことで黒く塗りつぶすところであった。
ギリギリのところを、ベオルフとルナティエラ嬢に救われたのである。
迷惑をかけた二人に救われたのだから、今後は国のために尽くして、本来得るかも知れなかった未来のために、命を削る覚悟で頑張って貰いたい。
「眠ったな……」
オーディナル様の声に顔を上げると、ソファーの上ではベオルフとルナティエラ嬢が頭を寄せ合い、仲睦まじく眠っていた。
手を握りあい、頭を寄せて眠る姿は年相応……いや、それよりも幼く見える。
「二人が眠っている間に、少しばかり話をしておこうか」
オーディナル様がそういって私たちの方を見た。
その瞳は、先ほどまでの慈愛に満ちた色ではなく、威厳に満ちた神の瞳であった。
「あの、その前に質問しても良いですか?」
アーヤああぁぁっ!!!?
オーディナル様に向かって臆することも無く疑問を投げかける彼女に、此方の方が驚き過ぎて声が出てこない。
しかし、オーディナル様は怒ることも無く「なんだ?」と彼女の言葉の続きを待った。
「ベオルフとルナちゃん……離れる時が凄く辛そうなんですけど……いつも、こんな感じなのですか?」
「ふむ。そうだな……お前達に判りやすく説明するのは難しいが、言い例えるなら簡単だ。お前達の中で四肢をもぎ取られて平気な者はいるのか?」
とんでもなく物騒な言葉が出てきた。
返答するまでも無く、そんな状態になって生きている人間の方が稀だろう。
腕一本でも、とんでもないことだ。
「この子達の繋がりは強い。それこそ、自らの体をもぎ取られるような痛みに耐えて、離ればなれで活動している」
「一緒にいることは……できないのですか?」
「できん。もし、二人が今、一緒にいることを選べば、一つの世界が滅ぶ」
二人が離ればなれになって活動する理由は、世界を救うためだと、他でもないオーディナル様から告げられた。
つまり、この二人は間違いなく世界を救済する者であり、現在進行形で、その活動をしているのだ。
本人達が身を削り、対価を払い、世界を支えている。
「……二人が対価を払っているからこそ存在する世界で、我々には何ができるのでしょうか」
自然と私の口から言葉が零れ落ちる。
それを待っていたとでも言うように、オーディナル様が微笑む。
「何、難しいことではない。心のままに動くが良い。だが、一つだけ頼むことがあるとすれば……姫巫女、ラハト。お前達のような者を探し出すのだ。先ずは、風と水の神器を守護する一族が良いな」
「私たちのような……? 神器を守る神官の一族と神器を探すのですね?」
「風と水については、神官を探す必要が無い。神器だけで良い。四聖神の文献から当たれば、何かしらのヒントが見つかるだろう」
四聖神――この世界において、火、水、風、土を司る神々だ。
太陽神と月の女神のサポートをしていたと言われる神々であり、他の神とは一線を画す実力を持っていたと文献には記されている。
暫くは、古書漁りだな……と、私は小さく溜め息をついた。
「あの、俺からも一つ……いいですか?」
「なんだ?」
「四聖神の神器と神官を、ハティが狙っているっていう解釈でいいとは思うのですが。それなら、何故……神官は探さなくても良いと? 探して保護するのが先決ではないのでしょうか」
「ふむ……お前は何故、ベオルフについてきた」
「え……あ、いや……気になったから? 放っておけなくて……」
「姫巫女は?」
「お、同じく……妙に気になったんです」
ソレが答えだというようにオーディナル様が笑みを深める。
つまり……
「ベオルフがいれば、神官は自ずと引き寄せられて集まってくるということですか」
「正解だ。ベオルフの力は人を惹きつける。神聖なる力に強い興味や関心を持つ者が、神官の血筋には多い。必ず、何かしらの形で接触してくる」
私は思わず、ベオルフの従者であるマテオと、行動を共にしているナルジェスを見た。
太陽神の神器を守護する血筋のラハト。
月の女神の神器を守護する血筋のアーヤ。
ベオルフの旅に同行する仲間の二人が、その力を所持している。
もしかしたら、この二人も何かしらの力があるのではないか?
「ふむ……お前は感覚が鋭いのだな。これまでの王族の中では随一だ。ベオルフと気が合うはずだな」
満足げに微笑むオーディナル様の言葉で、私の推測が間違いでは無いのだと知る。
意外だと思うと同時に、どこか納得している自分がいた。
そして、今後は、その神器の奪い合いが中心になるのだろうと察し、古書との睨み合いを憂い嘆くのは、とても愚かなことだと思えたのである。
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