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王都の聖域
17.少しは自覚してください
しおりを挟む和やかな食事が続き、様々なレシピをルナティエラ嬢が我々に教えてくれるが、実際に理解しているのは私とラルムとマテオさん。そして、護衛の二人だけのようだ。
実際に料理をすることが無い人たちには難しい話だったのだろう。
その代わりと言ってはなんだが、衛生面についての話に強い関心を示し、貴族間で協議して実行出来る範囲で手を貸し、国が積極的に働きかけることで話はまとまった。
「そういえば……ルナって、あの変な女の誘拐未遂容疑をかけられていたんでしょ? それって、結局どうなったの?」
何気なくアーヤリシュカ第一王女殿下が発言した内容に、そういえばそうだったと私は父と宰相殿。そして、国王陛下を見る。
疑ったことなど一度も無いが、世間一般には、そう言われて……いた。既に、過去形として取り扱っても良い案件だろう。
むしろ、今はミュリア・セルシア男爵令嬢の狂言ではないかという疑惑が浮上し、それに関しての調査が進められているはずだ。
案の定、私の考えている事に大差ない現状が父の口から語られた。
「ただ……ミュリア・セルシア男爵令嬢の側に置ける者が女性だけだということで、色々やりづらくて仕方が無いのです」
「スレイブを好きに使ってください」
「あ、待てベオルフ! それは……ちょっとだけ待ってくれ」
意外なところからストップがかかったので、私は後ろに控えていたラハトを見る。
彼は眉間に深い皺を刻み、腕組みをしながら必死に何かを思い出そうとしているようであった。
「何かマズイことでもあるのか?」
「うーん……今のところ勘としか言えないんだが、アイツ……何かある。俺が知っているってことは、多分……アイツと関係がある可能性も……」
かなり言葉を濁して伝えてきてくれたが、何を言いたいのか理解した私は言葉を失う。
もし、ラハトの言う事に間違いが無ければ、私はずっと以前からヤツにマークされていたことになる。
いや……マークされて、逐一報告されていたのだ。
だからこそ、黒狼の主ハティは私にそれほど興味を示さなかった。
自分の手中にいる……いや、いつでも命を奪えると判っていた者に割く時間を必要としなかったのだろう。
だが、あの卒業式の日に、全てが変わった。
ヤツの思惑から外れて、話が転がり始めたのだ。
ルナティエラ嬢がリュートの召喚獣となって姿を消し、私は【黎明の守護騎士】として覚醒した。
手駒であったはずのラルムは、主神オーディナルの手でラハトへと生まれ変わり。
都合良く消滅させるはずだったピスタ村は、フェリクスを除き全員死亡したが、狙い通りに力を入手することは出来なかった。
つまり、自分が積極的に動けない状況で、次に打つ手と言えば……自ずと限られてくる。
「もし、スレイブが黒狼の主ハティの配下であったら……そろそろ動き出す頃か」
「多分……本当は気のせいであって欲しかったんだけどさ。どうも……気になってな」
「お前の、その感覚と記憶力を信じよう。スレイブは変わり者で、私にとって害となる行動も多く、色々と悩ませてくれた。それでも、弱き者に優しく親切な奴だったのだがな……」
私の言葉に何かを察したのか、ルナティエラ嬢が腕に触れる。
元気を出すよう、優しく腕を撫でられるが……そこまでショックではないと……思いたい。
できることなら離れたい相手だ。
身の危険を覚えながら、共にいたい人間など存在しないだろう。
だから、せいせいする……と、言えたらどれだけ楽か――
私が絡まなければ、スレイブは文句なしに良いヤツだった。
中性的で整った容姿から、相手を警戒させない優しさがにじみ出ており、女性や子供、お年寄りによく済まれていた。
すぐに逃げられる私とは正反対の位置にいて、気配り上手な男だ。
誤解されがちな私のサポートをして、何度も潤滑油のような役割をしてくれていたのである。
「ま、まあ、俺の気のせいかもしれねーし……そう、気を落とすなよ」
恐る恐るといった様子でラハトが私に声をかけた。
心外だな……
「私は、気落ちなどしていない」
「……自分で判っていないのは重症ですよ?」
「ルナティエラ嬢……アイツのおかげで、私がどれだけ苦労してきたかわかるか?」
「でも、信頼できる友人だったのでしょう?」
友人――そうだっただろうか。
頭の中で疑問を浮かべるが、答えが出ぬまま、反射的に首を横に振っていた。
「いや……使い勝手の良い相手だっただけだ」
「ベオルフ様のそういうところは、気をつけた方が良いですよ? 本当にしょうがない人ですねぇ」
クスクス笑う彼女に文句の一つでも言おうとしたのだが、グイッと思いのほか強い力で引き寄せられてしまう。
目の前にあるのは、彼女の天色の髪。
嗅ぎ慣れた優しく女性らしい甘い香り。
それが、ざわつく心を包み込んで鎮めた。
抱き寄せられて背中をポンポンと叩かれている姿は、はたから見たら意外を通り越して滑稽ですらあっただろう。
だが、彼女の細腕を振り払うことなど、私には出来ない。
「大丈夫ですよ。きっと、何らかの理由があるはずです。昔はそうだったかもしれませんが、今は違う可能性もありますよ? まあ……貴方は、予想もしない人たちを引き寄せる人タラシなんですから、少しは自覚して……自信を持ったらいかがでしょうか。黒狼の主ハティは相手に目先の利益を与えて人を集めるけれども、ベオルフ様は人タラシを発動して人を集めているのですから」
「何だソレは……」
「無自覚に色々な人を魅了しちゃうという意味です」
「私に、そんな力は無い」
「力では無く、元々持っている魅力です。あと……あの方がベオルフ様へ向ける視線や好意が演技とは、どうしても思えないのです」
「いや、アレは演技であってくれ」
「いえいえ、あの目は演技で出来るようなモノではありませんよ?」
「違う、アレこそ演技だ。きっとそうだ。そうしたほうが、私の精神衛生上、非常に助かる」
「ベオルフ様……現実は受け入れましょうね」
「あんな現実は御免被る」
肩に目元を押しつけて淡々と語っているが、彼女は何が楽しいのか終始笑っていた。
鈴を転がすようにコロコロ笑う彼女の笑い声は耳に心地良く、ようやくいつもの調子を取り戻したように感じた。
私を心配したのだろう、ノエルが背中にトンッと乗り、紫黒も続いたようで、二つの重みを感じる。
かなり、心配をかけてしまったようだ。
「ベオー、あの人、変だけど……嘘はついてないと思うよー?」
「うむ。変だがな」
ノエルと紫黒に「変」だと連呼される人物ではあるが、確かに、素直な部分も持ち合わせていた。
それ全てが演技と言うには無理がある。
遭難した小さな子供を背負って山を下りた時も、フラフラになりながら守り通したくらいだ。
理由があるなら、それを知る必要があるだろう。
いつまでも……知らないと言っていられない。
「まあ、一部問題はありますが……仲の良い仲間だと思っているのでしょう?」
無言で頷く。
それは、間違いない。
どんなに面倒でも、長く一緒にいることで築き上げられた信頼関係がある。
「本当に、懐へ入れた相手に弱いのですから……でも、そういうところがベオルフ様ですよね」
ヨシヨシ良い子良い子と、母が子を宥めるような口調だが、抵抗する気も起きない。
自分で考えている以上に、ショックを受けていたようだ。
「無関心に見えて、情に厚いんですから……」
「ベオルフ。俺も一緒に確認するし、きっと……あの性悪ハティのことだ。弱みを握っているとか、そういう可能性もあるしさ、徹底的に調べようぜ」
「そういうことでしたら、私が聞き込みをしてみましょう。動くのはそれからでも遅くは無いかと……」
「貴族の間でなら、私に任せたまえ」
ラハトとマテオさんとナルジェス卿から力強い言葉が聞こえ、ゆっくりと顔を上げる。
誰もが心配そうに私を見ていた。
情けないな……こんなことで動揺してどうするのか……
もし、スレイブが裏切っていたとしたら、切り捨てられる強さを――
此方をジッと見つめてくる黄金の瞳を見つめ返し、私は反射的に違うと自らの考えを否定する。
彼女の体からにじみ出るリュートの魔力が「違うだろ?」と言っているような気がしたのだ。
そうだな……それは、強さでは無い。
理解出来ない、邪魔だから切り捨てるという考え方は、私の求める強さでは無かった。
だからといって、リュートのように何もかも信じて自分で背負うことは出来ないし、それはリュートが求める強さであり真似をしたから正しいというものではない。
私に手を貸すと言ってくれる仲間が居る。
その仲間と共に、自分の突き進む道を選び取ることが大事だと考えを改めた。
「何も判っていない段階で決めるには早すぎるな……。皆に心配をかけてすまない」
「いいえ。ベオルフ様がこうなるのは、必ず懐に入れた相手だと相場は決まっております。ラハトさん、マテオさん、覚えておいてくださいね? こういう時のベオルフ様は、いつものような判断が出来ずに止まってしまいますから」
「わ、わかりました……さすがはルナティエラ様……ベオルフという猛獣の扱いに慣れていらっしゃる」
「オイ」
「そういうベオルフ様だからこそ、我々は惹かれ、ついて行こうと決めました。ルナティエラ様も、ご安心ください」
「ありがとうございます。これからも、ベオルフ様のことをお願いしますね」
ルナティエラ嬢の言葉を聞き、素直に頷く従者二人に、彼女は大満足の様子だ。
「でも……良かった。それを理解してくれる人たちが増えて……私の心配事が一つ減りました」
彼女はそう言って私に笑いかける。
とても嬉しそうに……そして、少しだけ寂しそうに――。
その表情を見ていると心の奥底が何故かざわつき、声をかけようと口を開くが、言葉は出てこない。
何を言って良いのか判らず、私は無言で先ほど彼女が私にしてくれたように背へ腕を回し、ポンポンと軽く叩く。
私たちのその姿を、主神オーディナルと時空神が、優しく見守り続ける。
まだまだ、私たちにとって厳しい日々は続きそうだと、私とルナティエラ嬢は同じタイミングで小さく溜め息をこぼした。
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