黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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王都の聖域

14.どっちもウキウキじゃねーか

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 取りあえず、当初の目的通り聖域化は成された。
 とはいっても、クロイツェル侯爵夫妻が住まう館より劣る物だ。
 よほど強い力を持つ者は完全に排除できるのかどうかも怪しいレベルである。
 しかし、広範囲を聖域化するのであれば、これが精一杯だ。

「とりあえずは、セルフィスに護衛をつけておくと良い。ミュリアには監視の数を増やせ。しかも、内密にな……この場以外の者には知らせるな」
「は、はい。主神オーディナル様のおっしゃる通りにいたします」

 国王陛下が恭しく頭を下げる。
 おそらく、コレで一時的ではあるがセルフィス殿下の安全も確保されるだろう。
 曲がりなりにも王族なのだから、主神オーディナルの加護の片鱗はあるはずだ。
 滅多なことにはならないし、黒狼の主ハティ自身、すぐに手を出せるとも思えない。
 しかし……

「一部とは言え力を取り戻していたな……」

 私の呟きに、ルナティエラ嬢が頷く。
 それが何を意味するのか、私たちは知っていた。
 自ずと、表情が暗くなってしまう。
 私たちの知らないところで犠牲になった人たちの死を、悼む事しか出来ない事実が不甲斐ない。

「ピスタ村の方々は……」
「大丈夫だ。ちゃんとユグドラシルの元へ旅立ったし、マナを回収していた何かも砕いた」
「そうですか……そうすると、どこかで病が蔓延まんえんして絶滅した村が出てきそうですね」
「だろうな」

 淡々とした私たちの会話を聞いていた父上が渋い顔をして問いかけてくる。

流行病はやりやまいの村?」
「おそらく……多くの犠牲者が出たことでしょう。黒狼の主ハティは、人が死ぬときに放つ力……マナを集めて自らを強化しているので……」
「何か報告が入っているか?」

 父がすかさず宰相殿にたずねる。
 彼は問われる前に、手元にあった資料を青い顔をしながら確認していた。
 暫く紙のめくる音が響いていたかと思いきや、何かを見つけたのか、ピタリと動きが止まる。
 内容を確認した宰相殿の顔色は、青から白へ変化していた。

「……ありました。ここから西の奥まった場所にある村で……病が流行っているという報せが……」
「死者は?」

 国王がすかさず問いかけるが、彼は首を横に振る。
 
「この報告書を作成時点では、死者はいなかったようです。風邪に似た症状だということで、疫病対策の担当者から薪と食糧の支援、それに医者数名を手配したという記録がのこっております」
「単なる風邪か?」
「……風邪よりも少し熱が高いという報告もありますが、10年前に大流行した熱病とは症状が違うと書かれています」
「そうか……」
「風邪は軽視できません。それに、熱が高いのであれば、別の病気だと思われます。どういった症状が出ていますか?」

 ルナティエラ嬢の問いかけに驚きながらも宰相殿は資料をめくっていたのだが、自分を介して説明するよりも見せた方が早いと感じたのだろう。
 彼は資料を持ってやってくると、此方へ紙の束を手渡してきた。
 ルナティエラ嬢は一時的に人型へ戻り、資料を片手にページをめくり始める。
 私と二人で資料を読み進めていくのだが、症状は風邪と変わらないように見えた。
 しかし、医学の進歩した世界の記憶を持つルナティエラ嬢には引っかかる点があったらしい。

「これ……インフルエンザに似ていますね」
「あー、確かにそうかもしれないね」

 ルナティエラ嬢の後ろから資料を覗き込んだ時空神も頷く。

「ただ……時期が……」
「いや、インフルエンザは年中患者がいる病気だよ。ただ、乾燥した冬場に多いっていうだけだね」
「あ……確かにそうですね。誰かさんが夏場にかかっていましたよね……」
「そうそう。あの時の看病が大変だったから覚えているよ」

 それだけで誰がその病にかかったのかを察した私は、朗らかなハルキの顔を思い出し、今現在は健康である事を祈った。

「高熱、頭痛、筋肉痛、関節痛、咳、喉や鼻の痛み、目の充血、悪寒……急激な発症と期間が長いことですか」
「ふむふむ。診察した方が良いだろうけど、ほぼ間違いないかな?」
「接触と飛沫による感染拡大によって、免疫力の低いお年寄りや子供から危険な状態になりますね」
「んー……致死力が高いウィルスを選ばなかったのは、秘密裏にしておきたかったからかな」
「感染力が強い病ですし、弱い子供やお年寄りが亡くなっても不自然とは感じませんからね……他の病でも、犠牲になるのはお年寄りと子供ですから」
「ヘタに騒がれる病気は避けたってところだね。風邪と思って油断していると痛い目に遭うけど……」
「その可能性が高いです」
「警戒されないように範囲を拡大している――つまり、完全に力をとりもどしたわけではないということだな」

 ルナティエラ嬢と時空神の言葉から推察するが、彼女たちも同じ事を考えていたらしい。
 黙って私の言葉に頷いた。

「では……我が国に、また病が流行すると……?」
「おそらくは……」

 宰相殿の問いかけに、私は神妙な面持ちで頷く。
 その間も、ルナティエラ嬢は厳しい眼差しで資料を隅々まで読んでいた。
 すると、何か思うことがあったのか、腰のポーチから何やら棒状の物を取り出す。
 インクを付けないペンだと理解して止めようとしたが、この場にいる者たちなら他言しないだろうと信じて好きにさせる。
 報告書に様々な情報を書き込んでいく彼女の目は真剣そのものだ。
 布で鼻や口元をしっかり覆うことや、うがい手洗いなどの方法も丁寧に書き記されている。
 とりあえず、絵で説明を補足しようとしたので、そこは全力で阻止しておいた。
 もし、彼女が絵で説明を追加しはじめたら、それは古代文字の解読よりも難解な資料になってしまうからだ。
 そろそろ自覚してほしいところなのだが?

「まあ、ルナちゃんが書いている通りの対処法ができたら、そこまで深刻な被害は出ないだろうね」
「かなり細かいですね」

 彼女の手元を見て内容を把握していた私がそう言うと、時空神は苦笑を浮かべた。
 
「ウィルス性の病気はこんなもんだよ。しかも、接触と飛沫感染がメインだから、注意していればどうってことはないし、対処はしやすいでしょ」
「本当は、栄養のある物を食べられるように出来たら良いのですが……」

 ルナティエラ嬢の唯一の懸念点はそこだ。
 栄養と睡眠。
 そのどちらも、おそらく十分に確保出来ていないだろう。
 辺境であればあるほど貧しい暮らしを強いられる。
 それを知っているから、彼女の声にも苦い物が混じった。

「それならば、僕の作ったパンの実ロナ・ポウンを食せば良かろう」

 私たち三人をノエルと紫黒をあやしながら眺めていた主神オーディナルが、ボソリと呟く。
 辺境であればあるほど、パンの実ロナ・ポウン木は多いはずだ。
 ここで周知すれば良いと、私はルナティエラ嬢を見た。
 彼女はすぐにそれを理解し、コクリと頷く。
 
「その手がありましたね。しかし……ズルイのですよ、とても簡単に美味しいパンが作って食べられるのですから。私たちは手間暇かけて……いえ、今考えるべき事ではありませんね」

 ルナティエラ嬢が顔を上げて不平不満を述べるが、一旦考えを切り替えたように黙り込む。
 それから、報告書の隅では足りないと、ポーチから取り出した上質すぎる紙を惜しげも無く使って、レシピ作りを開始してしまった。
 パンに関する様々なレシピだ。
 パンのレシピ以外にも水分補給に良い飲み物や、辺境でも手に入れられそうな食材で作った料理など、本当に様々な事が書き記される。
 よく、そんなにもレシピが次から次へと思い浮かぶ物だと感心してしまうが、彼女の持つ情報量に私の後ろに控える二人は言葉も出ない様子だ。

パンの実ロナ・ポウンを使ったパンのレシピは簡単で良いですね。殆ど捏ねる必要もありませんし、発酵しなくても何とかなりそうですもの」
「うむ。それが良い点だろう?」
「さすがはオーディナル様なのです」
「もっと褒めても良いぞ? 僕の愛し子が褒めてくれると嬉しくて仕方ないな」
「主神オーディナル、締まりの無い顔はやめてください。威厳に関わります」

 私の言葉に一瞬シュンとした主神オーディナルであったが、次のルナティエラ嬢の言葉に復活してしまう。

「オーディナル様。パンの実ロナ・ポウンを実際に使ってパン作りを試してみたいのですが……」
「そうかそうか! 勿論、食べても良いのだろうな」
「あ、はい、勿論です。味見をして感想を聞かせてください」
「よし! 何が必要だ? 僕に遠慮無く言いなさい。全て叶えよう!」

 この場所に厨房を作りそうな勢いの主神オーディナルを、慌てて宥める。
 
「嬉しいのはわかりますが、とりあえず落ち着いてください」
「ベオルフ様は、私と一緒に作りましょう!」
「……そうだな」
「結局さ……どっちもルナティエラ様にかかったら、締まりの無い顔になるんじゃねーかよ。どっちもウキウキじゃねーか」

 ラハトのツッコミが入るが、とりあえず私と主神オーディナルは聞こえなかったことにした。
 久しぶりにルナティエラ嬢と二人で料理が出来るのだから、その時間を楽しみたい。
 
 ルナティエラ嬢が料理をすると知り、クロイツェル侯爵夫妻は驚いて目を丸くしていたが、それは夫妻だけではなく、私の仲間以外、全員がそんな反応だ。
 まあ……普通に貴族の子女が料理をするだなんて聞けば、驚くのは当然だろう。
 だが、これがルナティエラ嬢なのだ。
 料理のことになると目を輝かせて、いつも以上に饒舌じょうぜつとなる。
 腕まくりをしている彼女の髪をアップにし、彼女はそのお礼とばかりに私の後ろへ回り込み、エプロンの紐を結んでくれた。
 私たちがそんなことをしていると、本当に料理をするのかと心配そうに見つめてくる両家の家族に、苦笑を交えて「大丈夫だ」と一言だけ告げる。
 言葉で説明するよりも、見て貰った方が……いや、その舌で味わって貰った方が早い。

「ふむ……こんなものか?」
「父上、俺と紫黒の結界の中で無茶をしないでくださいよ」
「僕の愛し子が作るというのだぞ?」
「まあ……気持ちはわかりますが……」
「問題無い。私が何とか出来る。ルナのパンが楽しみだ!」
「だよねー!」

 時空神が苦言を呈すが、ルナティエラ嬢のパンを楽しみにしている紫黒がそれを遮った。
 ノエルも加勢しているので、それ以上は何も言えなくなったようだ。
 主神オーディナルは執務室の空間をねじ曲げたのか、私たちが準備をしている間に、簡単な作業場を作ってしまった。
 これには、全員が言葉を失っているが、慣れている私たちは気にせず、パンの実ロナ・ポウンを手にして準備へ取りかかるのであった。
 
 
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