黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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王都の聖域

13.そもそも入れなければ、どうということもあるまい

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 王太子殿下とナルジェス卿の手合わせも終わり、とりあえず、主神オーディナルの作戦を聞こうと、再び父の執務室へ戻る。
 ミュリア・セルシア男爵令嬢との接触から、黒狼の主ハティへ情報が漏れている可能性があるため、時空神と紫黒で完璧な結界を張り巡らせ、内容が外へ漏れないようにしておいたのが良かったのだろう。
 時折、時空神が意味深に笑うのは、おそらく、そういうことだ。
 つまり――ヤツは、偵察するための何かを手に入れたということになる。
 情報収集が出来ないこと。それがヤツにとって一番のダメージであることが、これで立証されたのだ。
 徹底的に、ヤツの目と足を潰す。
 これが、今後の目標だ。
 
「ガイに散々あしらわれておいて、また虫系とは……懲りないヤツだ」
「まあ、かなり小さい羽虫になったからね。見つけづらいとは思うよ」
「見つける見つけないの話ではなく、そもそも入れなければ、どうということもあるまい」

 私と時空神の会話に割って入ってきた主神オーディナルは、何やらとても楽しそうである。
 よほど、黒狼の主ハティが嫌がる事を考えているらしい。

「僕の愛し子が過ごしていた家ほどではないが、この執務室を中心に、玉座までの空間を簡易的に聖域化しようと思ってな。これなら、セルフィスに万が一のことがあっても逃げ込みやすかろう?」
「そんな簡単に聖域化などできないはずですが……」
「普通であれば無理だ。しかし、今回はお前と僕の愛し子が揃っている上に、僕とゼル。ノエルに紫黒がついているのだ。不可能では無い」

 不可能では無いが、可能にするのにどれほどの労力が必要か――
 一時的ではなく、永続的な結界だ。
 此方にかかる負担は計り知れない。
 そう考えるだけで頭は痛くなるが、今後の事を考えれば、それが最善だと判るから面倒である。
 私の手の中で落ち着いているルナティエラ嬢は人間に戻る気配が無い。それを見れば、何を考えているか判るというものだ。
 なるべく、力の消費を抑えて、主神オーディナルの考えを実現させようとしている。
 聖域化に力を貸せば、彼女はすぐに帰らなくてはならない状態になるだろう。
 出来ることなら、もう少しだけクロイツェル侯爵夫妻のためにも居て欲しい。
 それに、私も……癒やしが欲しいと考えてしまうから複雑だ。

「とりあえず、準備をする必要があるな」

 主神オーディナルは、聖域化のために必要な物を準備しはじめたようだ。
 時空神も、それに加わる。
 その様子を眺めながら、私は何となく憮然としてしまう。
 無邪気なつぶらな瞳で「どうしたのですか?」と、此方を見上げてくる小鳥の頭を指先で撫でながら心の平穏を保とうと試みるが、やはり……それも難しい。

 今回の件で色々と迷惑を被ったのだから、こういう場合はユグドラシルが手を貸すべきでは無いのか?
 おそらく、主神オーディナルが聞けば真っ青になりそうな事を心の中で呟く。
 だが、その呟きに反応があった。
 クスクスと楽しげな笑い声が耳の奥に響く。
 まさか、聞いていたのか?
 顔を上げて辺りの様子を窺うが、何の変化も見られない。
 聞き違いだったかと首を捻る間、主神オーディナルの説明は続いていた。
 難しいことを言っているが、要約すれば、私がルナティエラ嬢へ贈った守り石よりも純度の高い宝珠を、各所に配置するという話だ。
 色々と制約があって、設置出来る場所は、かなり限られてしまうとのことであった。

「六カ所か……」
「すぐに設置してこよう。俺が行ってくる」

 ラハトが立ち上がって主神オーディナルから宝珠を受け取ると、ガイもすっくと立ち上がる。

「おそらく、貴族以外の立ち入りを制限される場所があります。私も同行しましょう」
「それは助かります」
「いえ! どうやら兄がお世話になっているようですから、これくらいさせてください!」
「あ、あの……敬語はマズイです。俺……平民なんで……」
「ああ、そういうのは気にしないでください。私は尊敬できる人にしか敬語を使いませんから!」

 王太子の従者が、それでいいのか?
 思わず王太子殿下を見る。だが、王太子殿下は涼しい顔をして何も言わずに苦笑しているだけだ。
 どうやら、王太子殿下公認らしい。
 まあ、問題がある相手なら、「口を開くな」と命じているのだろう。
 こういうところは、臨機応変にやっていそうだと考えて、部屋を出て行く二人を見送る。

「……黒狼の主ハティの妨害は、大丈夫でしょうか」
「ラハトは、お前に次いでハティの力に対抗できる者だ。後れを取ることもあるまい。ガイセルクも野生の勘といえばいいのか? 何かが隠れていたり、様子を窺ったりしていても、すぐに気づくだろうし、恐ろしいほどの身体能力もあるからな。問題無かろう」
「それなら良いのですが……」
「ヘタな相手であれば止めていたが、お前を除けば一番の適任者たちが動いたと思っている。心配するな。あの宝珠を持っているのだから問題は無い」
 
 守り石で作った宝珠にハティは触れる事が出来ない。
 そして、聖域化した場所にも近づけなくなる。
 今まで父の執務室に出入りしていた者で、この後から入るのを拒否する者が出てきたら……それは、ハティの息がかかった者で間違いは無いだろう。
 そういう意味でも、城の一部とはいえ聖域化が出来るのは良いことだ。
 フェリクスが体調を整えられるほど強い効果は無くても、ハティには効果がある。
 それが重要だ。

「あとは、お前が住む屋敷だな。そちらも同じ宝珠を用意しておいた。屋敷の四隅に設置すると良いだろう」
「ありがとうございます」
「本当なら、この城全体……いや、王都全体を覆いたいが……これほどの純度を持つ守り石を創るのには時間がかかる。数を揃えられなかった……すまんな」
「主神オーディナルのおかげで、無防備な状態から安全エリアを築くことが出来るのですから、感謝してもし足りないくらいです」
「そ……そうか? それなら良いのだが……」

 どこか嬉しそうに頬を緩める主神オーディナルに、ルナティエラ嬢がくすくす笑う。
 可愛らしい笑い声に主神オーディナルは嬉しそうに目を細めた。
 主神オーディナルは、私たちの事を考えて最善の手を尽くしてくれている。
 私たちも、できる限りのことをして、主神オーディナルの憂いを断ち切ろう。

「ふむ……配置は終わったようだな」

 主神オーディナルが持っている宝珠が淡く輝く。
 それを、父の机の上に置き、私に手を差し出してくる。
 無言でその手を取ると、反対の手は時空神が握ってきた。
 ルナティエラ嬢は、私の肩へ移動し、主神オーディナルの方には紫黒が、時空神の腕の中にはノエルが飛び込んだ。
 それぞれ配置につくと主神オーディナルが言葉を紡ぎ、それに合わせて宝珠が輝きを増す。
 力が吸い取られるような強い感覚に襲われ、思わず呻く。
 それは、ルナティエラ嬢も同じだった。
 私たちには、負荷が大きいのだろう。
 この世界でも最高峰の神々の力が体の中に流れ込んでくるのだから、苦しくて当然だ。
 しかし、これも多くの人を救うためだと歯を食いしばるが、体の中から大量に抜けていく力のせいか、足に力が入りづらくなって震えてしまう。
 情けない姿を見せるわけにはいかないと、自らを叱咤したその時、背中にソッと手が添えられたのを感じた。
 誰か確認する余裕は無かったが、その手の感触はとても懐かしい。
 
「な……」

 主神オーディナルが驚きの目で私の背後を見つめ、それから深い溜め息をつく。

「全く貴女は……」

 それだけで、誰が手を貸してくれているのか判るというものだ。
 心の中で感謝しつつ、ホッと安堵の息をつく。
 これなら、問題無く目的を達成できそうだ。
 暫くの間、主神オーディナルと私と時空神の間で大きな力が流れていき、それを、ルナティエラ嬢だけではなく紫黒とノエルでフォローするという形になっていたが、明らかに宝珠の色が変化していた。
 淡い黄金に輝く宝珠は、七色になり、まるで真珠のような輝きを宿す。
 
『もう大丈夫。貴方たちには苦労をさせてしまったから……少しくらいは……ね?』

 クスリと悪戯っぽく笑った彼女は、私とルナティエラ嬢の頭を撫でた後に姿を消してしまった。

「あれ? ユグドラシル? もしかして……ベオルフ様、何か言いました?」
「……たいしたことは言っていない」
「もー! ユグドラシルは繊細なんですから、あまり酷いことは言わないであげてください」
「当然のことを言ったまでだ」
「お前達だから許されていることだが……その辺りはちゃんと理解しておいてくれ。他の者がやったら、とんでもないことになるのだぞ?」

 主神オーディナルが、深く……それは深く溜め息をつく。
 だが、その目はどこか懐かしい物を見るような感じだと気づき、私とルナティエラ嬢は顔を見合わせて首を傾げる。
 添えられた背中は、いまだあたたかく、優しい気配が残っていた。

「……確かに、そうかもしれませんね」

 本来なら、ギリギリいっぱいの力を使って成し得たことだろうが、とりあえずは余裕で指定箇所の聖域化に成功したようだ。
 さすがに強い神力にさらされたこともあり、全員が床にへたり込んでいるが、これもすぐに回復するだろう。
 執務室へ戻ってきたラハトとガイが驚き、それぞれ家族の元へ駆け寄って無事を確認しているが問題は無さそうである。

「強い神力にさらされたのか……そりゃそうだよな。フェリクスは治せない聖域だとしても、それを半永久的に維持するようにしたんだし……」
「あはは……さすがに、こたえましたね」
「マテオさんも、それで済んでるのがすげーよな。それに……姫さんも」
「あら、私は仮にも神官の血を継ぐ者だし、神器を持つ者よ?」
「確かに!」

 他の者たちが青い顔をしていても、神力に耐性を持つ者の復活は早い。
 仲間内で一番遅かったのはナルジェス卿だが、それでも父とは比べものにならない速度での復活である。
 王族は代々主神オーディナルの加護を微弱ながらも受け継いでいるので、此方も復活が早いのは納得だが……何故母が、王族よりも早い段階でケロッとしていたのか判らない。
 最後まで、父と宰相殿が苦しんでいたのは想定内だ。
 それも、この聖域化の空間にいれば慣れていくだろう。

 とりあえず、母だけが謎だ――もしかして、ジャンポーネ族に特別な何かがあるのかもしれない。
 そう考えながら主神オーディナルを見るが、かの神は答えること無く意味深に微笑むだけであった。

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