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王都の聖域
11.結局は貴方も私を見捨てるのね
しおりを挟む出来る事なら相手にしたくない……というよりも、何故ここにいるのか疑問しか抱かない相手を見下ろす。
演技がかった仕草で心配をするミュリア・セルシア男爵令嬢と、戸惑いを隠せないセルフィス殿下。
スレイブはどうした……と、心の中で呟く。
見張りを命じていたはずだが、何をしているのかと考えていたら、にわかに訓練場の入り口が騒がしくなる。
スレイブと近衛騎士数名が慌てて駆けつけたのが見えた。
その中には、教師らしき人物もいるところを見ると、授業中に脱走してきたようだ。
「授業中に窓から抜け出すなんて、淑女にあるまじき行為です!」
見事に予想は的中したようだが、呆れて言葉も出ない。
国王陛下もいることに気づいた教師は、慌てて頭を下げる。
私は、その教師に見覚えがあった。
マナーや王宮の歴史に詳しい人物で学園にもよく出入りをしていたし、学園長とは級友で親しくしていた。
才能があり、元々は王太子殿下の授業を受け持っていた教師のはずだ。
おそらく、王太子殿下が手を回して家庭教師につけ、情報収集でもしていたのだろう。
顔を真っ赤にして怒る教師を前にしても、ミュリア・セルシア男爵令嬢は、素知らぬふりをしている。
全く、いつもながら図太い女だ。
「スレイブ……ちゃんと見張っていろ」
「も、申し訳ございません、ベオルフ様……戻ってこられたのですね……少し見ない間に……凜々しくなられて……とても感動しておりますっ!」
ぞわっと鳥肌が立つ。
潤んだ瞳で見るな……ルナティエラ嬢がするなら可愛いが、お前は気持ち悪い。
ナルジェス卿から、とてつもない哀れみの目を向けられるが、気づかなかったことにしよう。
「世辞は良いから仕事しろ」
「本心です!」
「わかったから、仕事しろ」
「はい! 申し訳ございませんでした……以後気をつけます」
声が砂糖菓子で出来ているような甘みを持つ二人の声を立て続けに聞いたせいか、ルナティエラ嬢の声が無性に聞きたくなる。
前にはミュリア・セルシア男爵令嬢。
後ろにはスレイブ。
私がいったい何をしたというのだ。
こんな混沌とした包囲網は望んでいないのだが?
「ベオルフ様、酷いです。手加減をしてくださっても良いのではありませんか? それに、セルフィス殿下が何をしたというのですか……こんなに傷つけて……!」
「ミュリア、違う……ベオルフは、訓練に付き合ってくれていたのだ」
「泣くほど辛い訓練など聞いたことがございません!」
いや、泣くほど辛い訓練はしていないし、どちらかというと、本気で打ち込んでもいないのだ。
それで「辛い」と言われても困る。
本人がしでかしたことを教えてやっただけで、本人はようやく自分の立場を理解したところだ。
邪魔をするな――という意味を込めて、黙ってミュリア・セルシア男爵令嬢を見下ろす。
「ベオルフ様は、ルナティエラ様と親しくするようになって変わってしまいました。以前はもっと優しい方だったのに……どうして……」
「は?」
私の口から素の声が漏れる。
そのトーンでマズイと思ったのだろうか、目の前にいるセルフィス殿下の顔が青ざめ、訓練場の端にいたラハトが慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、それを間一髪でマテオさんに止められてしまう。
さすがに、この場へラハトが飛び込んでくるのはマズイ。
落ち着こうと深呼吸をして、なんと声をかけるべきか言葉を探していると、彼女はキッと私を睨み付けてくる。
「以前はもっと、私のお話もきいてくださいましたし、手を差し伸べてくださいました。困っていたら助けてくださいました。それがベオルフ様の本質でしょう? それなのに……私を誘拐するような方に騙されて……ほだされてしまうだなんて……優しさが仇となったのですね……でも、私は貴方の優しさを知っています。ですから、元に戻ってください。罪は罪です。私の誘拐を企てた彼女は、神の慈悲があったとしても罪を償わなければなりません。かばい立てしてもベオルフ様が辛くなるだけです!」
このときの私の感情を、どう表現すれば良いのだろうか。
無――とは違う、怒りというには大きく、深い何かが心の中を満たしていく。
いっそ、この場で斬り捨ててしまおうか――
頭の中に、そんな言葉が浮かんだ。
それが、とても妙案に思えた時であった。
「真白ちゃんのベオルフに手を出そうとは良い度胸だあああぁぁっ!」
と、白い毛玉が勢いよく飛んできたのである。
見事な速度で割って入ってきた白い毛玉は、ミュリア・セルシア男爵令嬢の頭に着地し、好き勝手に暴れ始める。
くちばしで髪を引っ張り、両翼をバタバタさせてぐちゃぐちゃにし、くちばしで突くという行為を繰り返す。
……どこかで見た光景だな。
そんなことを思いながら、真白の暴れっぷりを傍観する。
「何よ、この鳥! しかも……真白ってなによ!」
「ま、真白ちゃんは真白ちゃんだい! 神獣の王で偉いんだぞ! アンタみたいなのは、ケチョンケチョンにしてくれるー!」
先ほどまでの演技はどこへいったのか、ミュリア・セルシア男爵令嬢がキーキーわめきだし、真白は相変わらず頭上で大暴れだ。
これは……カオスだな。
見るも無惨なほど髪を乱され、何本か引っこ抜かれただろうミュリア・セルシア男爵令嬢の勢いづいた手が、真白を掴もうとしたので、慌てて手を伸ばして回収する。
「真白、そのくらいにして――」
私は回収した真白を見て言葉を失った。
無言のままに真白を掴んでいない方の手で眉間を揉みほぐし、もう一度真白を見る。
手の中の真白は視線が泳いでおり、ソワソワしていたのだが、それもそのはずだ。
白い毛玉にあるはずの、天色の冠羽が、この小鳥には無かったのである。
「何をしているのだ……」
「だ、だって……色々な意味で……あぶなかったから」
誰が……と、言わなくても判っている。
おそらく、彼女は私が考えている事に気づいたのだ。
「大人しくしていろ」
「いーやーでーすー」
「あのなぁ……」
「ま、真白ちゃんは、気に入らないんだもん! だから、自分でやるもーん!」
「……それが答えか?」
「そうなの。それが、真白ちゃんの答えなの」
困ったヤツだ……と呟いて頬を寄せると、小鳥は満足げに両翼を広げて、私に抱きついた。
甘いと判っていても、自分でやるというのだから仕方が無い。
「神獣だかなんだか知らないけれども……こんな……無礼なことして、タダで済むと思っているのっ!? 私はヒロインなのよ!? 絶対に許さないんだから!」
「ミュリア、やめろ。ベオルフは……間違っていない。その小鳥はただ単にベオルフを慕っているだけだ。傷つけないでやってくれ」
「私を傷つけた鳥なのにっ!? セルフィス……貴方、私と小鳥、どちらが大切なの!」
「ミュリアが大切だから、我慢してくれと言っているんだ。神獣様は、オーディナル様に連なる方だろう。だったら、滅多なことをしてはいけない」
「どうして……セルフィス。今までだったら……私を最優先に考えてくれたでしょう? 庇ってくれていたでしょう? 優しくしてくれたじゃない」
目の前では痴話喧嘩が繰り広げられている。
だが……今回は、セルフィス殿下が、幾分まともなことを言っているように思う。
本来は素直な方なのだが、変な方向へ突き抜けそうになっていたところを、なんとか踏みとどまったのだろうか。
「甘やかすだけが優しさでは無いよ。私は……本当は……ベオルフたちに、そう教わってきた。ミュリアにも、そうするべきだったんだ。すまない……私が間違っていた。ミュリア……二人でやり直そう。罪は罪として認め、今後のために償っていこう。私は……努力する。一度失った信頼は戻らないけど……でも……頑張ろうと思う」
「……そう……貴方も……結局は私を見捨てるのね……」
冷たい声だった。
今までの甘ったるい声より、何倍もミュリア・セルシア男爵令嬢という女を現している声だと思えた。
それは、私の腕の中にいる白い毛玉も同じだったのだろう。
ブルリと震え、小さな声で「なんか……マズイ感じです」と呟く。
「見捨てたりしない。私も一緒に償う。二人で幸せになるためにも、これからは頑張ろう。二人なら、努力していけるはずだから」
セルフィス殿下はミュリア・セルシア男爵令嬢へ向かって微笑みかける。
そこには、今までに無い強さを感じた。
どうやら、覚悟を決めたようだ。
「……そうね。貴方の言う通りだわ。私も……二人の未来を考えて、精進しなくては……もっと頑張ったら、みんなに認めて貰えるかもしれないものね? 今のままでは良くないわ。きっと……この私たちの決意は、神様にも届くはずよね?」
「あ、ああ。そうだ、ミュリア……判ってくれて、ありがとう。やはり、ミュリアは素直で健気で素晴らしい女性だ」
「私……頑張るわ。先生、今までのご無礼をお許しください。私……これから気持ちを入れ替えて頑張ります」
「……え、ええ……では……授業に戻りましょうか」
「はい。……皆様、お騒がせして申し訳ございませんでした。それでは、失礼いたします」
教師と共に一礼をして去って行くミュリア・セルシア男爵令嬢の後を、スレイブや近衛騎士数名が追いかける。
何事も無く終わったように見えたが、そうではない。
しおらしいことを言っていたが、彼女の目の奥にあった暗い光が気になった。
良からぬ事を企んでいなければ良いのだが……
これまで以上に気を引き締めようと考えながら、いまだ地面に座っているセルフィス殿下へ手を差し伸べた。
「言葉だけにならないようにな」
「わかっている……もしも、また道を踏み外すようなら、今度は容赦なく斬り捨ててくれ。……我慢してくれて、感謝する」
「……何のことだ」
「とぼけるなよ……一応、これでも付き合いだけは長いんだから……」
セルフィス殿下は泣きはらした真っ赤な目で笑う。
まるで憑き物が落ちたような顔で笑うセルフィス殿下は、幼少の頃に見たままの笑顔であった。
これなら、多少は期待が持てそうだ。
だが、道のりは容易くない。
茨の道を踏みしめ、それでも足らないと石を投げられ続けるような屈辱の日々だろう。
しかし、彼は覚悟したようなので、今後を見守っていきたい。
まあ……次にやらかせば、本人の許可も得ているので片付けるのも容易いだろう。
「もう……大丈夫そうですね」
白い毛玉が私の腕の中で、コッソリと笑う。
全く……と呆れ顔で頭を指先で突くと、すぐさま羽毛を膨らませるが、それも長く続かず、くすくす笑い出した。
数名の従者らしき者たちがセルフィス殿下を支え、訓練場の外へ連れて行く。
今度会うときは、もっとマシな顔つきになっていることを願い、私たちは顔を見合わせて笑い合った。
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