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王都の聖域
10.全ては、お前が招いたことだ
しおりを挟むまずは、相手の出方を待つか?
まるで体が鉄で出来ているかのようなぎこちなさを見せるセルフィス殿下の動きを見た私の口から、自然と溜め息が零れ落ちる。
軽く挨拶する感覚で木剣を振るうと、簡単にセルフィス殿下の手に握られていた木剣が宙を舞った。
「……本気でお願いします」
「あ……え?」
何が起こったのか判らなかったのだろう。
戸惑いの表情で此方を見て、地面に落ちてきた木剣へ視線を落とし、続いて自分の手を見つめていた。
どうやら、木剣を弾き飛ばされたことも気づいていなかったようだ。
「べ……ベオルフ……以前より、強くなって……いないか?」
「当たり前です。日々鍛錬しておりますので」
いつまでも呆然としているセルフィス殿下を放置していたら日が暮れそうだと、私は地面に落ちた木剣を広い、セルフィス殿下に手渡す。
「もっとシッカリ握っていてください。訓練にもなりません」
「わ……わかった」
先ほどよりは腰を落として木剣を構えたかと思えば、へっぴり腰で打ち込んでくる。
まだ、新人騎士のほうが動けるだろう。
どれほどの間、鍛錬を怠っていたのかわかるというものだ。
話にならん――
苛立ちのままに一歩踏み込み、万が一の時を考えて副団長が装備させていたのだろう、鉄製のハーフプレートメイル目がけて木剣を横へ薙ぐ。
本気で力をこめていないので踏みとどまれるだろうと思っていたが、彼は無様に尻餅をついてしまう。
剣術ばかりか筋力の衰えも著しい。
これで木剣を持つのもどうなのだと疑問を覚えていたが、どうやら、打撃の衝撃で呼吸が一瞬止まっていたのか、セルフィス殿下は大きく咳き込んだ。
「あ……あの……ベオルフ様、もう少し力をセーブしてください」
副団長が慌てて駆け寄ってきて私にそう言うが、父と国王陛下が無言で首を振って彼を止めてくれた。
情けない――それが、私の素直な感想だった。
「今まで……学生生活で貴方は何をしてきたというのだ……まさか、たった一年でこのていたらくとは……情けないにもほどがある」
「全員が……お前のように出来ると思うな! 剣術や馬術だけならわかる……騎士団長の息子だからな。でも、何なんだ……勉学やマナー講習も常にトップ成績を収めるだなんて……お前みたいな完璧になれるわけないだろう!」
惨めに地面に座り込み、私を睨み付けて怒鳴るセルフィス殿下を見下ろす。
涙目になって怒鳴っている姿は、とても惨めで情けない。
とても、王族だとは言えない姿だ。
「オーディナル様に愛された存在だからか? そんなのズルイだろ! そんなお前と一緒にするな!」
ぴぃっと甲高い小鳥の鳴き声が、かすかに聞こえた。
どうやら、ルナティエラ嬢が怒っているようだと考えるだけで、少しだけ冷静になれる。
私の代わりに怒る人がいるのだ……その人にみっともない姿など見られたくは無い。
だから、私は淡々と語ることにした。
「……朝起きて顔を洗い、水を飲んでから表に出て、朝食まで朝の訓練。朝食を取ったあとは、授業の準備と着替えを済ませて教室へ向かう。午前の授業を受けて食堂で昼食をとり、その後は授業前まで読書。午後の授業を受け、放課後は図書室でその日の課題を終わらせる。それが終われば厩舎へ行って馬の世話をするかわりに乗馬を1時間ほど練習させてもらい、食堂で夕食をとる。その後は、夜の訓練。宿舎へ帰り、風呂に入って読書をしてから寝る」
スラスラと語って聞かせる。
脳裏に浮かべることも容易い、私の学園生活だった。
「これが、私の学園生活のスケジュールだ。有事の際はこの通りとはいかないが、鍛錬を怠ったことはない。卒業前の一年は、北の辺境と学園の往復に時間を費やした。しかし、それも勉強だ。毎回宿屋に泊まれるわけではないので、野営の知識が必要だ。危機管理能力、水や食事を確保するための知識、人や獣との戦い方、地図や地形のメリットやデメリット。天候による体調変化の管理――あげていけばキリが無い。それを全て無かったことにして、ズルイだと? 私のコレは努力ではないのか? 全て、神から与えられたものか?」
「……そ、それ……は……」
「命を狙われて野盗と戦ったこともある。最北端の地では、群れを成すオオカミや巨大な熊とも戦わなくてはならなかった。その時、貴方は何をしていた?」
セルフィス殿下は息を呑む。
答えられるはずが無い。
ルナティエラ嬢を虐げ、ミュリア・セルシア男爵令嬢の気を引くために寄り添い、男女の仲を深めていたなど口が裂けても言えないだろう。
「ルナティエラ嬢は、常に私の心配をしていた。自分がどういう状況であるかを隠して……貴方は本来、守る立場であったはずだ。それを信じて任せていた私が……大馬鹿だった」
「そ、それは……」
「私も……貴方も許されない。あんな奴に踊らされ、大切な人を傷つけた。だからこそ、この騒動の黒幕である黒狼の主ハティを許すことは無い。必ずこの手で仕留める。ヤツは……必ず、この国を破滅へ導くだろう。負けられないのだ……私は、絶対に、あんな卑怯者に負けられんのだ」
腹の底から湧き上がってくる怒りと無念な思い。
後悔してもしたりない――当時を思い出すだけで、吐き気がする。
「貴方はどうするのだ? 今のまま、地べたに這いつくばり、不平不満を叫ぶだけか? それで満足か?」
「……満足なわけ……満足なはずがないだろう! 私はいつもお前が羨ましかったのだ! 何でもそつなくこなし、ルナからも信頼されて……いっそのこと、お前達が恋仲にでもなれば諦めもついたのに……初恋だったんだ! だから、無理を通したのに……なんで……私の側にいると、お前達の側にいる時のように笑わないんだ……」
「貴方が甘えすぎたのだ。全て任せすぎたのだ……彼女が優秀であったから、全て任せた貴方の責任だ。本来は、寂しがり屋で甘えたで……好奇心旺盛な人なのだ。それを全て否定していったのは、他でもない貴方ではないか」
「私が……否定した? そんなつもりは……」
無いと言いたかったのだろう。
しかし、それを言う前に思い当たる節があったのか、セルフィス殿下の顔が真っ青になり黙り込む。
「貴方は取り返しの付かないことをした。結果、二度とルナティエラ嬢が貴方の元へ戻ることは無い。その現実を受け入れた上で、今後のことをシッカリと考える事だ」
「もう……戻らない? 二度と……?」
「戻らない。それに、戻ってきても、私が貴方に会わせない。信用できん」
「私は……友達だろう?」
「今の状況で、それを言うのか? ならば、それだからこそ無理だと言わざるを得ない」
「……そう……か、私は……色々と間違えたんだな。周囲の声に踊らされ、父や兄にも見限られ、お前やルナにも……見放されたのか……」
「被害者ぶるのもたいがいにしろ。全ては、お前が招いたことだ」
今までで一番厳しい口調でそう言うと、セルフィス殿下は項垂れた。
「何が真実か見極めようともせず、勝手に判断して断罪した――それは、これから貴方が生涯背負っていく罪だ」
静まり返った訓練場に私の低い声が響く。
何を思い、何を感じたのだろうか。
地面にぽたりぽたりと雫が落ち、染みを作る。
情けない――が、ようやく自分の犯した罪を理解したのだろう。
後悔の涙が雨のように、大地へ降り注ぐ。
「セルフィス様!」
そんな彼に飛びついたのは、聞きたくも無かった気分を害する甘ったるい声――
ぴよぉっ!? という奇声が聞こえたが、聞かない振りをする。
今は、それどころではない。
此方も、久しぶりの対面か……と、私は小さく溜め息をつく。
地面に座り込むセルフィス殿下を支える女性――ミュリア・セルシア男爵令嬢は、私を睨み付けるのであった。
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