黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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王都の聖域

4.古から蘇る因縁

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 その後、主神オーディナルが望んだ緑茶を入れてみた。
 ルナティエラ嬢の手際を思い出し、それを忠実に再現できたのに、彼女のような風味豊かな緑茶にはならなかった。
 それに不満を抱いていることを察したのか、王太子殿下が苦笑をし、時空神は笑いながら肩を叩く。

「そんなに自分のいれた茶が不満か」

 主神オーディナルは「爽やかで旨いぞ」と言ってくれるが、彼女のいれた緑茶の味を知っているからこそ、不満しかないのだ。

「彼女がいれてくれた緑茶には、もっと奥深い風味と甘みがあったのです」
「それは、仕方ないよ。ルナちゃんは慣れがあるからね。でもさ……初心者で、この味を出すのは凄い事だと思うよ? 何と言うか……特徴が出ているよね。ルナちゃんは甘いけど、ベオルフは爽やかさが際立っている感じだ」
「僕は好みなのだがな」

 主神オーディナルと時空神のフォローはありがたいが、もっと練習しておけば良かったと後悔する。
 せっかく、マテオさんがジャンポーネの茶器を用意してくれたのに申し訳無い。

「ベオルフ。貴方は、このお茶を社交界に広めたいのね?」

 母が確かめるように私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
 
「はい。おそらく、貴族の間で広まっているだろう【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】は、とても有害な物なのです。それを、権力という圧力をかけて排除しても、裏で取り引きをする者が出てくると思われます。ルナティエラ嬢は自分の名前を使っても良いから、社交界から『古い物、遅れている物』として、【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】を追い出して欲しいと……」
「これだけインパクトのあるお茶だったら、それも可能だわ。社交界のみならず、この国から完全に排除することを考えたら、とても良い手ね。社交界を熟知した賢い手段だわ。それだけに惜しいわね……」

 ルナティエラ嬢がこの国にいないのが損失だと言わんばかりの母の言葉に、ナルジェス卿とアーヤリシュカ第一王女殿下は深く頷く。
 おそらく、この二人は私よりもそのことに気づいているはずだ。
 社交界や貴族社会に疎い私でも、彼女の立ち回りは凄いと思うのだから、筆舌に尽くしがたい想いを抱いているに違いない。
 
「今回はセーフか……」

 王太子殿下がボソリと呟く。
 ああ……ナルジェス卿の発作のことかと察した私は、小さく溜め息をついた。
 ナルジェス卿たちには、前もって練習台として緑茶をふるまっていたので、国王陛下達の前で発作を起こさなかっただけだ。
 こうやって、予防をしていなければ、いつ何時発作を起こして暴れ出すか判った物では無い。
 ある意味、扱いに慣れてきたと言っても良いだろう。
 王太子殿下も厄介な友人を持ったものである。

「ねえ、ベオルフ。お茶のいれかたが独特だから、暫く屋敷へ滞在して教えてくれると嬉しいのだけど……」
「その予定です。フェリクスをクロイツェル侯爵夫妻へ送り届けたあと、一度戻ろうと考えておりました。しかし、彼らも一緒なので、滞在は……」
「その手配は、既にしてあるから問題ないわ。あ……でも……オーディナル様もご一緒に……となると、ご満足いただけるおもてなしが出来るかどうか……」

 母が心配そうに主神オーディナルを見るが、かの神は少しの間思案して私を見た。
 基本的に、私やルナティエラ嬢がいれば、こだわりを持たない方だ。
 
「主神オーディナルは、お忙しい身の上ですし、基本的に私が対応します。それに、小さな事に囚われる方では無いので安心してください」
「そうだな。僕のことは気にしなくて良いし、ベオルフがなんとでもしてくれよう。それに、僕の愛し子の方にも行かなければならないからな」

 そういうことにしておいた方が良い。
 真白の件や、ユグドラシルの件を話したところで理解出来ないのだから……
 おそらく、主神オーディナルが忙しくしているのは、真白絡みで浮き彫りになった問題を解決しなければならないからだ。
 現在は、真白が引き起こした問題よりも、そちらのほうが不味いことになっている――が、母達には関係の無い案件である。

「しかし……お茶一つで、そんなに大騒ぎするものか?」
「その、【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】で大問題が起きたから、こうして至急王都へ戻ってきたのです」

 父の脳天気な言葉に私は首を振る。
 さすがに、【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】に関する情報を、手紙に書き記すことは出来なかった。
 ピスタ村が壊滅したことも、詳しく語ってはいない。
 ただ、黒狼の主ハティの策略だと報せただけだ。

「有害な物だと判っていても飲むものは、自己責任だろうに」
「それでは解決しません。根絶しないといけないのです」
「根絶って……さすがに大げさすぎやしないか?」

 これが一般的な反応だろう。
 判ってはいるが、どう説明したものか――実際に目の当たりにしている仲間達も、あの魔物を目にしていたから、事態を飲み込めているに過ぎない。
 あの光景を知らない人に、なんと説明すれば理解して貰えるのだろうか。

「まあ、言葉で言っても理解出来ないよ。だからこそ、手紙でも書けなかったんでしょ?」

 隣に座っていた時空神が、私の肩に手を乗せて微笑んだ。
 その時になって、何故、彼が主神オーディナルに同行したのか――その答えを理解した。
 彼は時と空間を操る神だ。

「言葉で説明するより、その時の映像を見た方が早いよ。異国には『百聞は一見にしかず』という言葉もあるくらいだしね」

 そう言うやいなや、時空神の力が発動する。
 中央に映し出されるのは、ピスタ村での悲劇であった。
 私たちは二度目――
 それでも、言葉に出来ない衝撃を覚える。
 
 村の惨状を知らなかったフェリクスは、その惨劇を……村の最期を、その記憶に焼き付けようとしているのか、瞬きも忘れて見入っていた。
 村に入る前から、血まみれで倒れていた村長。
 ラルムとの会話。
 村長の死、村人の無残な姿、暴れ狂う魔物と化した黒い猛牛、黒い結晶、そして、動き出す屍――

 その凄惨な光景に、誰もが言葉を失っていた。
 だが、時空神が見せたピスタ村の惨劇を客観的に見たことで、一つの違和感を覚えたのだ。

「知りませんでした。あれほど変化しているとは……」
「ああ、ベオルフは力を使うと黄金に変化する。僕の愛し子も変化するだろう?」
「……彼女は銀色になりますね」
「お前の力は太陽そのもので、僕の愛し子の力は月そのもの。お前達の属性にあった変化だが……無茶をしたな。あの力を使えば体の負荷も想像を絶するものであったろうに……」
「いえ、さほど……ユグドラシルがルナティエラ嬢に無理を言ってサポートしてくれたので……」
「それがなければ、お前の命が大幅に削られていただろう。気をつけることだ。大きな力には、それ相応の対価が必要になる。まあ……そうならぬよう、我々が手を尽くすが……あまり心配をさせるな」

 主神オーディナルは、そう言って私の頭を片腕で抱え込む。
 心底心配したという態度を見て、申し訳なさから詫びたのだが、暫く離して貰えなかった。
 おそらく、私が考えている以上に、あの力は危険な代物だったのだろう。
 何故、そんな力が私の中にあるのか……それは判らない。
 だが、だからこそ、私が【黎明の守護騎士】なのだと思えた。

「これが事実であれば……世界は……崩壊します」

 震える声で宰相殿が呟く。
 国王陛下も無言で口元を手で覆っているし、先ほどまで自体を軽く見ていた父は、厳しい眼差しで時空神が操る過去の光景に見入っている。
 母は涙を流すフェリクスを抱き寄せ、仲間は自分たちの知らなかった……私が乗り越えた状況を再確認してショックを隠し切れていない。

「兄上……これが【黎明の守護騎士】の力ですか? 人の戦い方ではありませんので参考になりませんが……おそらく、魔物は人の手に余ります。おそらく、騎士団でも抵抗することが出来ないでしょう」

 この中で意外にも冷静だったのはガイだった。
 魔物の戦力を見極め、自分が知りうる者たちの戦力と比較して、対抗することが出来ないと判断したのだ。

「それに対しては、少し考えがある」

 私は短槍を取り出して短剣モードへ切り替えると、ガイへ向かって投げた。
 それを難なく受け取ったガイは、まじまじと見つめ、ある事に気づいたのか驚きの表情を見せる。
 先ほどとは打って変わり、希望を宿した目で此方を真っ直ぐ見つめてきた。

「この……基本素材はシルヴェス鉱ですかっ!」
「主神オーディナルが改良してしまって殆ど別物になってしまったが、良く判ったな。今のままでは難しくても、シルヴェス鉱で作り上げた武器と鎧ならば、後れを取ることは無いだろう。まずは騎士団に装備させることを徹底させて欲しい。鉄ではダメだ。シルヴェス鉱は、主神オーディナルの力と親和性が高い」
「うむ。それは間違い無いな。それに、その鉱石は若干だが神力が宿る。光属性の鉱石だから対魔物にも有効的だろう」

 主神オーディナルの言葉を聞き、ガイは父を見つめる。
 何をいいたいのか判ったと、父は手でガイを制して頷いた。
 その顔は、騎士団長とは違う、領主としての物であった。

「つまり、大量のシルヴェス鉱が必要になるという事だな。職人達も大忙しになるだろう。……すまんな、ベオルフ。事情を知らなかったとは言え、こんな事になっているとは……」
「想像出来ない事ですし、言葉で説明するのも難しかったので……連絡が遅れて申し訳ございません」
「いいや……おそらく手紙に書き記されていても、にわかには信じられなかった。ベオルフの判断は正しい」

 父がここまで厳しい表情をしているのも珍しい。
 だが、それだけの理由があった。
 事態を把握した父の手腕に、今後がかかっているのだ。
 
「この化け物――魔物という生き物は……すぐに国を攻めてくるのでしょうか。国としても対策を練らなければなりません」
「事件の発端である黒狼の主ハティは、まだこの事実を知りません。知れば、大量に魔物を作りだし、この世界を混沌へと導くでしょう。ですから、このことは公にせず、ここにいる者だけにとどめておいて欲しいのです」
「そのための結界だよ。父上が快適に過ごすためのものじゃない。この情報がどれだけ危険で、外部に漏れたらどうなるか判っていたから徹底したんだ」

 時空神が、この国の重鎮である国王陛下と宰相殿と父を見て、力強く言い放つ。
 反論は許さないと、その視線には圧が込められていた。
 そうして、時空神が働いてくれているのに、主神オーディナルは若干物言いたげな表情を見せている。
 言いたいことはわかるが、今は我慢しておいて欲しい。
 さすがに空気を読んだのか、主神オーディナルは小さく溜め息をついた後に指を空中へ滑らせた。

「死人が……屍が動き出す現象は、【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】を体内に取り入れたからだ。これについては、彼奴も理解している。それ故に、貴族の間で流行らせたいのだ。グレンドルグ王国とエスターテ王国の両国間で戦争を引き起こし、屍の部隊を作り上げ、人々を死へ追いやる。その際に、自らの力を引き上げようという魂胆だろう。まるで……魔神側についた死人使いのようだな」

 主神オーディナルの言葉に、国王陛下たちが顔色を失った。
 そう――これは、単なる黒狼の主ハティが引き起こした問題では無い。
 今まで神話や伝説であった……遠い過去の話が、現世に蘇ったのである。
 
「そんな、まさか……いや、しかし……オーディナル様がいらっしゃる上に、【黎明の守護騎士】も復活した。信じたくありませんが……これが、真実なのですね」

 宰相殿の震える声が無情に響く。
 受け入れがたい事実だっただろう。
 しかし、私の仲間は予想していたようで、無言のままに力強く頷いていた。

「私は彼が暗殺されるかもしれないという報せを受けて、此方へやってきました。それを阻止するために来たのですが……おそらく、月の女神様のお導きだったのだと思います。月の神器を持つ私、太陽の神器を持つ資格のあるラハト。そして、王笏を継承するであろう彼と【黎明の守護騎士】であるベオルフ……これだけの者たちが一堂に会している。これが偶然だとは思えません」
「国王陛下――いえ、父上。覚悟を決めてください。これは、異形なる物の仕業と言うには、あまりにも大きな力です。それこそ、魔神が復活したと考える方が自然かと……」
「……そうだな。私に代替わりした時、初めて主神オーディナル様からコンタクトがあった。当時は愛し子の件であったが……それが、ここへ繋がっていたのか……」

 さすがに、私も聞いていなかった魔神復活の件は驚いたが、事前にそういうことは教えておいて欲しい。
 主神オーディナルは、何か考えがあって私たちには言わなかったのだろうか……?

「いや、違うな……私は……知っていたのか――」
 
 小さく独りごちる。
 失った記憶の中の私は、このことを知っていたのだ。
 だからこそ、動くことを選んだ……多くの人を犠牲にして安寧に過ごすより、戦いに身を投じて守り抜くことを誓った。
 主神オーディナルが大きく力を失うことを覚悟しても、私たちを守ろうとしてくれたのにも関わらずに――だ。

「今からでも遅くは無いぞ?」

 主神オーディナルの言葉の意味を理解出来たのは、おそらく私と時空神だけだろう。
 時空神様も、いいんだよ? と微笑む。
 今なら、何も見なかったことにして、庭園へ戻ることが出来ると主神オーディナルは言っているのだ。
 冗談では無い。

「私たちは、すでに覚悟を決めております。そのために、今は離ればなれになろうとも、共に戦っているのです」
「……そうだな。お前達にとって、何より厳しい状況であろうとも、その道を選んだのであったな……。魔神は、まだ完全に復活していない。しかし、予兆は確認されている。本当にしぶといことだ」
「もう、隠し事はございませんか?」
「心外だな。これは、お前達が僕に教えてくれたのでは無いか」
「やはり、そうでしたか……封じられた記憶というのも面倒ですね」

 平然と言ってのける私に主神オーディナルは、一瞬ポカンとしてから深い溜め息をこぼし、呆れ顔で此方を見つめる。

「そんなことを言っても、封印は解かんぞ」
「自分で解いていくので問題ありません」
「そうしてくれ。負担の大きな力だから、徐々に取り戻していけば良い。焦らずとも、魔神に打ち勝てる力を、お前達は持っているのだからな」
「そう……ですね」
 
 ピスタ村の犠牲があって露見した、黒狼の主ハティと、その手の者たちの目論みが露見した現在。
 古から続く神と魔神の戦いに巻き込まれた無力な人間は、どうすれば良いのだろうか。
 それが、今後の課題であり、魔神サイドについている者たちに、打ち勝つ希望となるだろう。
 暗い表情を浮かべる人々に一筋の光が射したとき、真の意味で魔神と戦う事が出来るのでは無いだろうか。

 今回は逃がさない――

 封じられた記憶の中の私が、そう呟いた気がした。
 この因縁を断ち切る力は必ずあると信じて、私は静かに目を閉じるのであった。
 
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