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狭間の村と風の渓谷へ
59.何かを得ているように思える
しおりを挟むルナティエラ嬢が作る夢の世界には一度来たことがあるが、今回もまた風変わりな家であった。
扉を開いて靴を脱ぐ場所があり、それからリビングルームだという室内に入る。
中は、とてもシンプルであるのに、どこか落ち着いた雰囲気があった。
どこの貴族の屋敷にも無い、こざっぱりしているのに洗練された空間だ。
床一つとっても違うと感じる。
木の継ぎ目に違和感がない床は、光沢が出るほど磨かれているのに、足が滑る気配も無いし、床と壁に合わせた家具も色合いの調和が素晴らしい。
何よりも驚いたのは、大きく透明度の高いガラスである。
以前に来たときも凄いな……と、感じていたが、中からの景色は言葉にならない。
光の反射が無ければ、そこに何も無いように思える。
外の景色を楽しむだけではなく、沢山の光を取り入れている素晴らしい部屋だと感じた。
ただ、ところどころに理解が出来ない品物も多く、やはり異世界の家なのだと実感してしまった。
「あー、ルナちゃんの元実家は落ち着くね」
「時空神様にとっても実家のような言い方ですね」
「現在進行形でお世話になっているし、居心地が良くて……」
照れくさそうに笑いながらも手慣れたように時空神は移動すると、人数分の飲み物を準備して戻ってくる。
自分の家だと勘違いしているのではないかと思える行動だが……ハルキの性格を考えれば、時空神を放っておけずに手元に置いているのだろうと容易に想像が付いた。
とりあえず、私とルナティエラ嬢は隣同士で座って、魔力を循環させるために自然と手を繋ぎ合う。
私たちが繋ぎ合った手の上に、真白がすかさず乗っかるのだが、そこに珍しく紫黒も寄り添い、ノエルは私たちの手の下に鼻先を潜り込ませる。
思わずルナティエラ嬢と顔を見合わせてしまうが、神獣達が自分たちなりに手助けをしているつもりなのだろうと察して、好きにさせておいた。
ぐったりと対面のソファーに体を預けている主神オーディナルの方へ行かなくて良いのか気になったが、どうやら私たちのやり取りを見ているだけでも癒やされるのか、とても優しい顔つきで此方を見ている。
以前ハルキがご馳走してくれたコーヒーという飲み物を淹れてきた時空神は、「落ちつきますから飲んでください」とカップを勧めた。
心配している息子の言うがままにカップを手に取った主神オーディナルは、コーヒーを飲んで小さく吐息をつく。
先ほどよりも回復したのだろうか、少し顔色が良くなったようである。
「ところで……オーディナル様は、どうしてそんなにお疲れなのですか?」
「うむ……色々と調べるのにサンプルが必要でな……真白のバグを取り払いながら、例の【黒い羽虫】の事を探っていたのだ」
「ユグドラシル様に依頼されて、様々な世界を短時間で渡り歩いていたので疲れたんだと思うよ」
「意外な事実もわかったしな……」
様々な世界を渡り歩く――我々には想像も付かないが、おそらく普通の管理者には出来ない仕事をしてきたのだろう。
ユグドラシルが依頼するということは、それだけ重要なことであると判断した私とルナティエラ嬢は顔を見合わせて、主神オーディナルの言葉を待つ。
「あの【黒い羽虫】が大量に見つかる場所……その世界に、必ずといって良いほど、【混沌結晶】が存在するのだ。そして、その【混沌結晶】は魔物に寄生して力を蓄えているようだ」
「寄生して力を蓄える? どちらかというと、魔物が力をつけていたように感じましたが……」
「その考えも間違いではない。僕個人の見解だが、力を与える代償として、何かを得ているように思える」
「何かを……得る――」
主神オーディナルの言葉を聞いた私の脳裏に、黒狼の主ハティが思い浮かぶ。
まさかな――
アレに、沢山の世界に影響を及ぼす力など無い。
おそらく、原理が似た何かなのだろう。
悪事を働くヤツの思考は、案外似ているのかもしれない。
「世界を渡ってサンプルを集めるのに苦労したし、意外に面倒だったのは、それに関わる人だな。窮地に陥っている者も多かった。――そういえば、死に急ぐ馬鹿もいたな。何かの強い呪詛にかかっていたから、一応払っておいたが……周囲の人間に恵まれるようであったから、大丈夫だろう」
「さすがはオーディナル様。困っている方々も助けながらサンプルを収集するなんて……オーディナル様にしか出来ないことですね」
「ん? ま、まあ……そうだな。僕だから出来るようなものだな」
ルナティエラ嬢の純粋な称賛が嬉しかったのか、主神オーディナルは満面の笑みを浮かべる。
まあ……彼女に褒められると嬉しくなる気持ちは判るし、私も同じだ。
「その方も、救われていると良いですね……」
「気になるなら、最後のエリアを確認しに行くついでに様子を窺ってこよう」
「父上……あの世界の時空神が仕事をしていると思いますので、ヘタな干渉は危険ですよ?」
「僕以上の力を持つ者は居ないし、管理者には許可を得て行動している」
「それなら良いのですが……」
よほどルナティエラ嬢に褒められたことが嬉しかったのか、ついつい必要の無い仕事を増やしてしまう主神オーディナルを見て時空神がストップをかけたが、こうなっては止まらないだろう。
一応、無事を確認するくらいだというので、問題はないだろうが……他の神々に迷惑をかけるようなことだけはやめておいて欲しいものだ。
「真白ちゃんの『とりもち』って、役立ってるー?」
「ああ、おかげでどんどん羽虫が捕獲できている。それ専門の管理者が調べているところだから、サンプルが沢山必要なので助かっているぞ」
「よかったー! リュートに自慢しちゃおーっと!」
「全くもう……真白はすぐリュート様に報告して褒めて貰おうとするのですから……」
「んー……じゃあ、カレーパンでもいいよー!」
「この食いしん坊さん」
困った子ね……と、ルナティエラ嬢は手の上で「ふーふーふ」と笑っている真白を指で突いた。
それも嬉しいのか、真白はコロコロ転がり落ちながらきゃっきゃ声を上げて笑う。
元の位置に戻ってきた真白が「もう一回ー!」とせがみ、「この子ったら」と楽しげにクスクス笑うルナティエラ嬢たちの可愛らしい姿に、此方が和んでしまう。
「カレーパンとは……?」
私も気になっていたが、真白が夢中になる物に興味を覚えた紫黒が可愛らしく小首を傾げてルナティエラ嬢に質問すると、彼女が答えるよりも早く、真白が口を開いた。
「あ! 紫黒にも食べさせてあげたいー! ルナー、カレーパンー! 熱々のヤツー!」
「全くもう……」
「ここはルナちゃんの夢の中だから、容易に創造できるはずだよ?」
時空神にそう言われた彼女は、ハッとしてから目を閉じると両方の手のひらを上に向け、何かを受け取るような形を取る。
すると、その手には金属の大きめな器が現れ、その上に丸みを帯びているが、表面に細かく何かをまぶしているようにも見えるパンらしき物が綺麗に並んでいた。
「あ、うまく行きました! 揚げたてをイメージしたのですが……先ほど作った状態で現れましたね」
ルナティエラ嬢の話では、夕食のあとに差し入れが必要な者たちがいて、リュートに頼まれて作ったようだ。
彼女がパンを配ろうと、金属製のトングという道具を使ってカレーパンを持ち上げたのだが、シュバッという空気を切る音と共に真白がパンに食らいついた。
見事にぷらんぷらんとぶら下がっているが……ルナティエラ嬢は呆れた様子で「またやってる……」と真白のお腹を突く。
「そうやって食べるのがマナーなのか?」
紫黒が興味深そうにパンを見て、真白に習い同じようにぶら下がる。
いや待て、そんなマナーは無い。
いくら違う世界だと言えど、それは無いだろうと紫黒を止めたかったが、あまりにも純粋に「そうだよ!」と言いたげな目をしていたので戸惑ってしまった。
「真白、嘘を教えてはいけません。紫黒、これはお行儀の悪いことですから、ダメですよ?」
ルナティエラ嬢に教えられた紫黒は慌ててくちばしを離して、「知らなかった……ごめんなさい」と丁寧に謝罪をするが、真白はまだぶら下がったままだ。
「真白。お行儀良くしないか」
「はっ! ベオルフに怒られちゃう!」
パッと離れて、紫黒と同じ位置に着地した真白は、リュートと一緒にこうやって食べて楽しかったのだと教えてくれた。
こういう面では厳しいかと思っていたリュートだが、意外と甘やかしているようだ。
このままでは、神獣として威厳が――いや、もともと無かったな。
紫黒はまだしも、真白には無い。
自由気ままな姿でも問題はないだろうが、人に迷惑をかけないようにしてほしいと願うばかりだ。
「ベオルフ様も食べますよね?」
「こんなチャンスは少ないから是非に……あとは作り方も教えて貰えないだろうか」
「わかりました。ご説明いたしますね」
いつの間にか出現している皿の上に、丸っこいパンが乗せられる。
どうやら、油で揚げたらしいパンの表面をトゲトゲした何かが覆っていた。
真白が目を輝かせて、紫黒にどれだけ美味しかったか語っている姿を見ると、期待も膨らむというものだ。
時空神はというと、先ほど淹れてきたコーヒーに氷とたっぷりの牛乳を加えているが、何か理由でもあるのだろうか。
とりあえず、彼女の自信作であろうパンのレシピを、また一つ覚えられそうだと頬を緩め、今は眠りの中にいるであろう仲間達に振る舞えるようになれば良いと思うのであった。
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