黎明の守護騎士

月代 雪花菜

文字の大きさ
上 下
142 / 229
狭間の村と風の渓谷へ

39.神の力って……どうなってんだ

しおりを挟む
 
 
 それぞれが必要な買い物を終え、馬車に荷物を詰め込み本格的な準備を開始したのは、昼食後であった。
 夜は野宿になると聞いた宿屋の女将と酒場の主人が、善意で準備してくれた携帯食が傷まないよう一手に預かって鞄に入れ、かさばる物も私の鞄に収納する。
 それを見ていたラルムは若干引いていたが、彼らの善意を無駄にしたくなかった。
 まあ……どこからどうみても主神オーディナルの加護の賜物である鞄の性能に、驚くのも無理は無い。
 事実、どれだけの物が入るか想像も出来なかったのだろうが、自分の目で確かめたことで異質さを実感して、言葉にならなかったのだろう。
 それなのに、ノエルから「中に入って寝ておく?」などと言われた彼は、必死に首を横に振って、珍しく私に助けを求める視線をよこした。
 中がどうなっているかわからないが、居心地良く過ごせる保証は無いし、生きて出てこられるとも限らない。
 さすがにノエルを止めていたら、護衛の二人を試しに入れてみる? と言いだし、彼らが泣く前に、これもまた止めておいた。
 ルナティエラ嬢ゆずりの好奇心かはわからないが、とんでもないことを言い出すものだ。
 一度、ルナティエラ嬢から強く言って貰った方がいいかもしれない。
 ノエルはルナティエラ嬢に弱いからな……

「さて、これで荷物は全部か?」

 ナルジェス卿が従者と御者に確認をしている声が聞こえる。
 まだ体調が戻らないラルムを先に馬車の中へ押し込めた私は、忙しそうに動いている護衛達に指示をしていたアーヤリシュカ第一王女殿下へ歩み寄った。

「手順通り、我々が先行します」
「ええ、お願いね。何かあったら、すぐに馬車を止めて連絡して」
「わかりました」

 アーヤリシュカ第一王女殿下の荷物が運び込まれている馬車は、少し重そうだ。
 やはり、かさばる物を先に引き取って正解だったと胸をなで下ろす。
 重くて馬車が動かないなんて話になったら、洒落にならない。
 マテオさんが商人達との取り引きを終えて資金を支払い戻ってきたので、彼にも馬車へ乗り込み、ラルムを見張っておいて欲しいと頼み込む。
 何かにつけて動こうとするのは、元々の性分なのだろうが……今は素直に言うことを聞いて休んでいて欲しい。

「ベオー、ちゃんとやってきたよー!」
「助かる。紫黒、どうだ?」
「……問題無い。ちゃんと作動している」

 肩にとまっていた紫黒がノエルがやってきた方角へ一瞬だけ視線を向けたが、すぐに目を閉じてしまった。
 それだけで確認が出来るのは流石である。
 ナルジェス卿とアーヤリシュカ第一王女殿下と護衛二人が乗り込む馬車にも主神オーディナルの加護はあるが、先行することになれば後方から攻められたときに後手に回ってしまいかねない。
 それを危惧した紫黒がノエルに力の使い方を教え、神獣の間ではよく使われる監視を行うための術を施したようだ。
 これで、敵襲があったとしても素早く対応できる。

「また来てくれよな」
「黎明の守護騎士のあんちゃん、達者でなー!」
「ルナティエラ様と仲良くなー!」

 昨晩まで酒場で一緒に騒いでいた男達が見送りにきてくれたのだが、何故そこでルナティエラ嬢の名前が出るのだろうか。
 しかも、喧嘩した覚えも、不仲になった覚えも無い。
 彼女との関係は、至って良好である。

「問題無く仲が良いのだが……」
「見てないから心配なんじゃないー? ベオとルナの仲よさげな感じって、言葉では伝えられないもーん」

 確かにと頷いた紫黒は肩から移動すると、私の膝上で丸まったノエルの懐に入り、目を閉じてしまった。
 どうやら眠り足りないようだ。

「ノエルは隣に座らないのか?」
「ベオのお膝がいいー。紫黒もそうだよー。ベオの力を感じながら眠ると、元気になれるからねー」
「回復の力が助かる……ラルムも隣に座るといい。回復が早くなるはずだ」
「……え、いや……暑苦しいっていうか……」
「座りなよー。せっかくあけてあげたんだからー」

 なんだ、そういうことだったのかとノエルの頭を撫でると、「えらいでしょ」と目を細めたので目的地に着いて食事をとったらブラッシングをしてやることを約束した。
 とても気まずそうに……ノエルに言われたから仕方なく隣へ座り直したラルムは、「おや?」と首を傾げる。

「何か……少し楽になる?」
「ベオの力だよー、すごいでしょー! ラルムの傷も、殆どベオが治してくれたんだよー? ルナが手助けしてくれたから違和感ないでしょー? でないと、手が使えないところだったよー」

 それでハッキリと記憶が蘇ったのか、彼はナイフで刺した腕の袖をまくり上げ、あらわになった前腕を確認した。

「傷跡一つ……ない……」
「ベオとルナが揃ったら、それくらい朝飯前だってー」
「嘘でも誇張でもなく……本当に、黎明の守護騎士なんだな……いや、疑っているワケでは無いんだけどさ。何と言うか……あまりにも現実離れした……神話の中にあるようなことが目の前で起きているのが信じられなくて……」
「お気持ちは痛いほどわかりますが、事実――ですよね」
「そう……事実……だから困る」
「光栄だと思えば、楽になりますよ」

 切り替えが早いな……と、ラルムが半眼でマテオさんを見る。
 しかし、彼は動じた様子も無く「商人ですから」と朗らかに笑って目を細めた。
 ここまで慕い、受け入れ、付いてきてくれるのは有り難いが……マテオさんの負担になっていないか心配だ。

「それに、オーディナル様はベオルフ様を本当の息子のように大切にされていらっしゃいます。そんな方の従者になれるなど、誉れ以外の何者でもありません。広く知れ渡った後では、お目にかかることすら難しくなっていたはずです」
「……まあ、辺境の貧しい村人の俺が、貴族であり英雄の息子でもあるベオルフに会う機会なんて無かっただろうな。しかも、主神オーディナル様が大切にされている……言葉に並べただけでも気が遠くなる」

 隣で盛大な溜め息を吐き出したラルムは、椅子に深く腰をかける。

「しかし、貴族の馬車ってのは違うんだな。全く揺れないし腰や尻が痛くならなくて助かる」
「いや、それはおそらく……主神オーディナルが……」
「普通そんなことにまで気を配るのか? 親でもやらないだろっ!?」
「だからー、オーディナル様はベオとルナ限定で過保護なんだってー。もし、ベオがお腹空いたって言ったら、周囲を畑にしたり果樹園にしたり野生の獣でいっぱいにしたりして、お腹を満たせるように手配しちゃうくらい甘いんだからー」
「自然の摂理が狂うからやめていただきたいな……」

 私の冷静なツッコミを聞いたラルムは、口をあんぐりと開けて此方へ視線を移した。

「アンタが常識人で良かった……もし万が一、第二王子が加護なんて貰っていたら、とんでもないことになっていたな」
「あり得ないってー! ルナをいじめた奴なんだから、オーディナル様が加護を与えるわけないよー」

 ぷくくっと楽しげに笑うノエルの言葉は、何も安心が出来る要素が無く、ラルムは天を仰ぐ。

「神の力って……どうなってんだ……」
「オーディナル様限定でいうと、何でも出来るし、何でもやれるし、世界を滅ぼすことも簡単かなー」
「物騒だな!」
「人間の尺度で考えてはいけない。主神オーディナルは神であり、創造神なのだ。自分に牙をむく創造物を無視するほど甘い方ではない。創造と破壊は表裏一体。滅多なことをしなければ無関心でいてくださるが……敵と認識したものには容赦が無いのだ」

 私の説明を聞いていたラルムとマテオさんの顔色が悪くなっていくのを見ながらも、それが事実なのだから仕方が無いと深い溜め息をついた。
 主神オーディナルにとって、人の命は何を置いても大切にし、守らなければならないものではない。

「じゃあ、ハティ様――いや、ハティがやっていることは、この世界の破滅への第一歩じゃないか……」
「アイツにそれだけの認識があるとは思えんがな……自分の考えや欲望や願望を優先した結果なのだろう」
「己の欲望に忠実で、他者を虫けらのように考えている目をしておりました……」

 マテオさんにまでそう評された黒狼の主ハティ――果てして、今頃何をしていることだろう。
 おそらく、我らの動きを把握して、色々と策を巡らせている頃ではないだろうか。
 アイツの相手は疲れるが、無視するわけにもいかない。
 奴の関心が、ルナティエラ嬢のみに向かわないよう阻止しなければ、彼女の身に危険が迫る。
 リュートがいても、異なる世界の力と真っ向切って勝負するのは難しいはずだ。
 今のところ、私が優勢に見える。
 しかし、いつまでも優勢でいられるとは限らない。
 彼らの背後にいる者が動き出す前に、ケリをつけておきたいのだ。
 そう考えていた私の右肩に、重みがかかる。
 なんだと視線を向けると、暫くの静寂で気が緩んだのか、それともノエルの術のせいか、ラルムが静かな寝息を立てていた。

「……ノエルか?」
「うん。休ませてあげないとねー」
「まだ顔色が良くありませんし……貧血の時に良いとされる野菜も手に入れてきましたので、スープに入れていただきましょう」
「ほう……そのような野菜があるのか」
「はい。少し苦みのある葉物野菜なのですが、貧血に悩まされる女性が好んで食べるようです」
「そういうことでしたら、ラルムに食べさせましょう」

 体調が悪くても無茶をするラルムを気遣って手配してくれたのだろう。
 マテオさんの心遣いに感謝しながら、「私の肩くらいいくらでも貸してやるから、早く元気になってくれ」と祈るように、荷物から取り出した毛布をラルムの体にかけてやった。

しおりを挟む
感想 1,051

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

やさしい『だけ』の人

家紋武範
恋愛
 城から離れた農家の娘デイジーは、心優しい青年フィンに恋い焦がれていた。フィンはデイジーにプロポーズし、迎えに来ると言い残したものの、城は政変に巻き込まれ、デイジーがフィンと会うことはしばらくなかった。  しかし、日が過ぎてデイジーが城からの街道を見ると、フィンらしきものの姿が見える。  それはありし日のフィンの姿ではなかった。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...