黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

30.無理矢理に力を得た代償だ

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 ラルムがベッドに横たわり、少し落ち着きを取り戻した頃、ノエルが顔をあげて「そういえばー」と呟く。

「ベオは、お手紙を届けなくて良いのー?」
「そう考えていたが、ついでにピスタ村の周辺状況を伝えておきたい。ナルジェス卿だけでは対処出来ない事態になっている可能性もある。ヘタをすれば、父の力も必要だろう」
「そっかー、だったらその時に言ってねー! ボクひとっ走りしてくるから!」
「ああ、その時は任せた」
「オーディナル様にも頼まれてるし、ベオの家族とか周辺にいる人の顔は覚えてるよー」

 そうか偉いなと頭を撫でていると、嬉しそうに尻尾が揺れる。
 これは、ご褒美を貰えるタイミングだと思ったのだろうか、ベッドの上に投げ出されていたブラシをくわえて期待に満ちた眼差しを私へ向けてくる。
 さすがにコレは無視をするわけにもいくまいと、ブラシを受け取った。
 すると、嬉しそうにノエルが私の膝上に乗り、上機嫌で尻尾をゆらゆらさせる。
 手のかかる弟の面倒を見ているようだと感じたが、ガイがこういうおねだりをしてきたら……と、思い浮かべて考えることを辞めた。
 気持ち悪いことこの上ない。
 これは、ノエルだから許されることだろう。
 ……いや、ルナティエラ嬢も良いな。
 そんなとりとめも無いことを考えながらブラッシングを開始すると、私たちを横目でチラリと見たラルムが不思議そうに尋ねてくる。

「王太子殿下に、今回のことを報告しなくていいのか?」
「つい最近、王太子殿下の手紙を偽装した事件があったばかりだ。黒狼の主ハティが暗躍している可能性があるので、できるだけ情報のやり取りはノエルに任せたいが……ノエルは今、アーヤリシュカ第一王女殿下の護衛を鍛えている最中なのでな。少しタイミングを計っている」
「……鍛える?」
「そーだよー、少しでも戦えるようにしておかないと、今のままだったら、あの二人は死んじゃうからねー」

 物騒なことを平然と言ってのけるノエルに、ラルムは真剣な眼差しを向けた。

「その訓練……俺も参加して良いでしょうか」
「いいよー? でも、ラルムって強いよね。ボクと同じ素早さ重視だしー」
「だからこそ、もっと強くなりたいのです……これからは、この力が必要になるから……」
「ラルムが強くなったら、ベオがもっと楽になるからいいよー? 現状、ベオが一人で頑張っている状態だしー」
「いや、マテオさんの情報や社交性には助けられているから、一人というわけではない。それにナルジェス卿もうまく立ち回ってくれているし、アーヤリシュカ第一王女殿下も、伝手を使って調べてくれているようだしな」

 マテオさんは不審がらせない動きを熟知しているため、ノエルから見てもわかりやすいのだろうが、ナルジェス卿とアーヤリシュカ第一王女殿下は立場があるためなのか、表だって動いてはいない。
 完全に、商人と貴族の立場の違いから来るものだし、それが悪いとは言えないだろう。
 ただ、有益な情報を掴もうと必死になっていることだけはわかっていたし、厄介な貴族や権力者の対応は彼らに任せているのだ。
 面倒ごとを引き受けてくれているだけでも、ありがたい。

「ベオって、貴族とおしゃべりするのが得意じゃ無いよねー」
「面倒だからな」
「貴族と話をするのが面倒という貴族を初めて見た……」

 ラルムが信じられないと言った様子で此方を見るが、面倒なものは面倒だ。
 ナルジェス卿も、ルナティエラ嬢の件が無ければ遠慮したかったくらいである。
 北の辺境伯ほど砕けた人であるならば話は別だが、好き好んで相手にしたい人種でも無い。
 何せ、いつ発作を起こすかわからない独特な病気持ちだからな……

「とりあえず、お前は体を休めて体調を戻すことを第一に考えろ。ピスタ村に到着する頃には万全にしておけ。ノエルとの訓練は、体調と相談だ」
「……わかった」
「ねーねー、ボクに敬語で、どうしてベオには普通に話すのー? 逆じゃ無い?」
「ノエル様は、オーディナル様の御使いですから……」
「それを言ったら、ベオはオーディナル様の息子だよー?」
「……は?」
「オーディナル様は、ベオを息子だと思ってるの! ルナを娘だと思ってるの! 二人は、オーディナル様の子供なのー!」

 え……嘘……という視線を此方へ投げかけてくるラルムに、否定をして良いのかどうか迷ってしまった。
 実際に、主神オーディナルは私を息子だと言ってくださる。
 さて……どうしたものかと考えていたら、急に現れた小鳥が私の顔面にぶつかった。
 べたりと張り付いた白い毛玉は、ズリズリと落ちそうになっているので、慌てて拾い上げる。

「……紫黒、お前らしくない登場の仕方だな」
「す、すまない……オーディナルから落ちた」
「あちらに行っていたのでは無いのですか? 主神オーディナル」

 私の言葉とともに、慌てて紫黒を拾おうとした姿で部屋に突撃してきたかの神は、私の手に包まれていた紫黒を見てホッとしたようだ。

「いや、バグの修正をしているところでな。まだまだかかりそうなのだ。あの子は本当に困ったことをしてくれた……可愛いから許すが!」
「どこの親馬鹿ですか……で、その問題児は、あちらで大暴れしておりませんでしたか?」
「リュートに馴染んでいるというか、なついていて、上手にストッパーとなっているようだ」
「ルナティエラ嬢といい、真白といい、リュートは色々なストッパーになりますね」
「全くだ」

 ふふっと笑う主神オーディナルに飛びついたノエルは、ブラッシングした後の毛並みを見せて、「綺麗でしょー? ベオがしてくれたんだー!」と自慢している。
 この光景に言葉も出なかったのは、当然ラルムである。
 いきなり出現した小鳥と神々しいまでに光り輝く、この世の者とは思えない美しさを誇る青年――
 このまま気を失っても良いだろうかと泣きそうな顔をしている彼には申し訳ないが、これから長い付き合いになりそうな彼には、こういう状況も慣れておいて欲しい。
 何せ、黒狼の主ハティと相対すると決めたのだから、超常現象にいちいち驚いていたら体も精神も持たないだろう。

「ん? マテオではない者か……呪いの形跡があるな。しかも、僕の愛し子と同じ系統か……厄介なものを……」
「ピスタ村の住人です。義理堅い男で、黒狼の主ハティに騙されていたようです」
「アレはろくなことをせんな……」

 紫黒は彼が誰であるかわかっているのだろう。
 一瞬、鋭い目つきになってから私を見たが、何も言わないことから察してくれたようだ。
 呪いの影響で操られていた者を責めることまではしない……ということなのだろう。

「ふむ……ピスタか……僕が干渉できたら良いのだが、そういうわけにもいかん。だが……覚悟を持った者を目の前にして、何もしないというのも違うな」

 主神オーディナルはそういうと、ラルムの方へ向き直る。
 圧倒的な存在に腰を抜かしそうになっているが、気を失わず自我を保っているだけでも素晴らしい根性だ。
 その点で言うなら、アーヤリシュカ第一王女殿下の護衛をしている二人とは一線を画す存在だと言えた。

「お初に……お目にかかります……ピスタ村のラルムと……申します……」
「ほう? なかなか良い根性だ。技術力も悪くない。ただ、ヤツに仕込まれたという点だけはいけ好かんな」
「オーディナル様、ボクが訓練するって約束したよー!」
「そうか……少し見てみるか……」

 そう言った主神オーディナルは、ラルムのおでこに指を当てて、無言のまま何かを感じているようであった。
 暫く重苦しい沈黙が落ちたが、主神オーディナルが小さく溜め息をついたことにより、全員の緊張感が高まった。
 何を見たというのだろうか……

「ピスタ村へ……本当に行くのか」
「は、はい」
「辛い目にあうかもしれんぞ」
「それでも……私の……故郷なのです。気の良い仲間を見捨てることなどできません!」
「……そうか。ならば、お前は乗り切ってみせよ。全てを乗り越え、その後に全てを投げ出しても成し遂げようという覚悟があるのなら、我が名を呼べ。一度だけ力を貸してやろう」

 破格の申し出だった。
 おそらく不機嫌なのは、ルナティエラ嬢へ危害を加えたことを読み取ったからだろう。
 しかし、それでも力を貸すと言ったのだ。
 その先にある何かを見透し、それが必要だと判断した……間違いない。この男とは長い付き合いになる。
 マテオさんやナルジェス卿にも感じたが、より強い何かを彼からは感じるのだ。

「ありがとうございます……全身全霊をもって、ピスタ村を守りたいと思います」
「……そうか」

 低く呟かれた声に含まれた、何とも言えない寂しげな響きに、ラルムは気づかなかったようだ。
 良くないことが起きている。
 しかも……もしかしたら……と、嫌な予感が脳裏をよぎったが、言葉にすることは無かった。

「主神オーディナル……此方に長居しても問題はないのですか?」
「今は大丈夫だ。少しは休ませて欲しいしな……それに、そろそろ時間だろう」

 何気なく外へ目をやると月は高い位置にあり、おそらく殆どの人が眠りについている時間である。
 ルナティエラ嬢は、まだ起きているようだが……大丈夫だろうか。
 そんなことまでわかるようになった自分たちの変化は、あまり気にならない。むしろ、もっとお互いのことを理解していた時があるように感じるから不思議だ。

「とりあえず、二人とも休みなさい。今は休息が必要だ」

 主神オーディナルは私とラルムにそう言うと、眠るように促した。
 横になっているラルムへ手をかざした瞬間、彼は何かを言おうとしたまま、意識を失ったかのように眠りに就いたようである。

「眠らせたのですか?」
「体と精神が限界だったようだからな……命を削って得た力を暴走させたのだ。あと十年ほどしか生きられんだろうな」
「命を削って……」
「無理矢理に力を得た代償だ。むごいことをする……弟を、村を……守りたいという純粋な気持ちを逆手に取られた結果がコレとは……」
「オーディナル様……」
「呪いを解除することができただけでも良かったと考えよう。そうでなければ、この者は、もっと短い人生しか歩めなかったはずだ」

 紫黒の言葉に、主神オーディナルは頷く。
 守りたい純粋な気持ちをもてあそぶ――黒狼の主ハティらしいやり方だと思えた。
 こうやって犠牲になった者も多いのではないだろうか。
 ヘタをすれば、王太子殿下対策に目を付けられていたアーヤリシュカ第一王女殿下も、その一人になっていたかもしれない。
 彼女は、王太子殿下を守るためなら、どんなことでもしようという決意があった。

「もともと、身体能力が高く、精神力も強かったから狂うことも無く力を手にすることが出来たのだろう。本来なら、神官や司祭になれる器であったものを……」
「そう……ですか」
「ベオルフ。この者をちゃんと見ていて欲しい。そして、最後の瞬間まで信じてやってほしい。おそらく彼は自分で乗り越える。そうしたら……完全に断たれることは無く、細く険しくとも道は開けるだろう」
「心配しなくとも、私は彼を見守りましょう。主神オーディナルが我々を見守ってくださったように……」

 そう伝えると、主神オーディナルは嬉しそうに頬を緩める。
 それほどたいしたことはしていないと言うが、主神オーディナルの偉大さは、私たちが誰よりも知っているし、感じているのだ。
 偉大なる主神オーディナルのような寛大な心では見守ることが出来ないかもしれないが、できる限りのことはしようと心に誓った。

「しかし、意外でした……ルナティエラ嬢の件を見たのに、怒らなかったのですね」
「何を言う。ベオルフもそうではないか」
「……そう……ですね。何故でしょう……本当は怒っていたのですが……事情を知ったからかもしれません」
「そうだな……僕も同じだ。強い想い、願い、祈り、絶望……それでも捨てられなかった希望を見たからだ。僕は、そういう人間が嫌いでは無い。間違いを犯したからと、すぐに切り捨てるようなマネはしない。性根から腐っているのなら話は別だが、この者は違う」

 誰と比較しているのだろうと考えなくても思い当たる辺り、溜め息が出そうになるが……確かに、あの女とは違う。

「それに、大切な人を守りたいと強く願うが故に、必死になりすぎて周囲を不幸にする者は少なくない。神族にだっているのだからな……」
「神族に?」
「……まあ、この話は良い。とりあえず、ベオルフも休みなさい。そろそろ、あちらで話をしよう」
「はい」

 明かりを消してベッドに横たわると、ノエルが潜り込んでくる。
 どうやらベストポジションがあるようで、何度かグルグル回っていたが、すぐに落ち着いたようだ。
 主神オーディナルと紫黒は、すぐに移動するため、眠る準備をしている私たちの傍らに立ち、優しい眼差しで見下ろしていた。
 目を閉じる直前、主神オーディナルが遠くを見て、少し寂しげに……いや、泣きそうな顔をした様子が、とても気になった――

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