黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

24.ピスタは……とても貧しい村なので

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「あ、あの……お呼びと言うことでしたが……な、なにか……粗相をしてしまったのでしょうか……」
「そなたの名前は何と言ったかな」
「し、失礼いたしました! ら、ラルムと申します」

 豪華な部屋に通されておどおどしていた男は、自分の名前を名乗ると深々と頭を下げた。
 一見どこにでも居る使用人であるが、裏の顔を知っている私は無言で相手を見つめる。

「忙しいところをすまないな。ピスタ村の出身だと聞いたので、案内を頼みたい。疫病が広まっているという話が出ているのでな」
「疫病……ですか?」

 そこで男は目を丸くして顔を上げるのだが、これは素の反応だと感じた。
 つまり、この男は知らなかったのだろう。
 そうなれば、黒狼の主ハティが勝手に動いたか、もしくは……ルナティエラ嬢の侍女をしていたあの女かもしれない。

「村のことも気になるだろうし、適任だと思ったのだが……頼めるか?」
「も、もちろんでございます! 是非とも案内をさせていただきたいですっ!」

 村が心配なのでお願いしますと何度も頭を下げる彼の言葉に嘘偽りなど無かった。
 私がコクリと頷くのを確認したナルジェス卿は、柔らかな声で彼に案内役を依頼し、それに伴う手当を執事に詳しく説明させているが、顔色は冴えない。
 演技では無い――もしかしたら、この男は既に用済みで切り捨てられたのかも知れないと考えれば、今回の騒動も辻褄が合いそうだ。
 おそらくだが、昨晩ヤツが無理矢理此方へやってきたのは、この男も消すつもりであったのだろう。
 我々に勘づかれ、情報を引き出されるのを恐れたのだ。
 つまり、この男は我々に有益な情報を持っているということになるが、その情報をどうやって引き出せば良いのか……

「馬車は二台、私とアーヤリシュカ第一王女殿下と護衛二人で一台、もう一台にベオルフ殿とノエル様とマテオが乗り込む。お前は、ベオルフ殿に同行してくれ」
「は……はい……」
「私のことは気にしなくて良い。案内をしっかり頼む」
「わ、わかり……ました」

 ナルジェス卿と私の言葉に面食らったような表情をしていたが、彼はあまり感情を表に出さないように気をつけながら、深く頷いた。
 ナルジェス卿がここまでお膳立てをしてくれているのだから、何とかしたいところではあるが……あの時の事を思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうなのだ。
 まずは、そこから何とかしなくては……と、溜め息が漏れる。
 ルナティエラ嬢がからむと、少し冷静ではいられない自分の性分が厄介だと感じるとともに、人間らしいところもあったのかと安堵する自分がいるのも間違いはなかった。

 ◆◇◆◇◆◇

 ある程度の準備を整え、馬車で出発をしたのは昼過ぎ頃であった。
 何事もなければピスタ村までは4日かかるらしく、その間にある町や村を経由しながら、疫病の噂や状況を確認しつつ移動するので、かなりの時間を要するようだ。
 馬車の中では、マテオさんが商人のスキルを活かしてラルムと話をしているが、今のところ怪しい様子は感じられない。
 むしろ、村の心配をしていて顔色が悪く、道中で体調を崩すのでは無いかと心配になる。
 万が一にも、この男が切り捨てられていたのなら、この好機をハティが見逃すはずが無い。
 本人が動けずとも、配下の者を使うか、暗殺者でも送り込んでくるだろう。
 そこを警戒しつつ、行動をしなければならないなと考え、マテオさんとラルムの会話を聞きながら外の景色を眺める。

「ピスタの風車は、維持費がかかるでしょうに」
「あ、いえ、アレは村に代々、技師の一族がいて……」
「なるほど、素晴らしい技術者がいてくれるから、あの素晴らしい風車を維持できているのですね」
「は……はい……ありがたいことに……」
「小麦粉もきめ細かくて上質だと聞きますから、一度行ってみたかったのですよ」
「そ、そうなのですか? 村のみんなが聞いたら、きっと喜びます」

 さすがはマテオさんだ……ピスタという辺境の村の情報まで握っているのだから、本当に侮れない。
 恐ろしいほどに情報通である。
 最初は硬い表情をしていたラルムも、顔色は冴えないが、幾分和んできた様子である。
 演技ができないほどに村のことを心配している彼は、今何を想い、何を考えているのだろうか……
 ノエルはというと、朝から大暴れしたせいか、私の膝の上でぐっすりと眠っているし、ラルムにちょっかいをかけることもない。
 今回は、あの白い毛玉がついてこなくて良かったと心から思った。
 アレが大人しくしているはずがないし、馬車の中で暴れるか我が儘を言って好き放題しはじめたら目も当てられない。
 大人しくさせるなら、掴んで握ってみるか?
 手で包み込むと、鳥は大人しくなると聞いたことがあるような気もするが……真偽は定かでは無いので実験してみるのも良いだろう。
 紫黒は言うことを聞くが、真白は……ルナティエラ嬢のところに行って、迷惑をかけていないだろうか。
 アレは、甘えただが暴れん坊でもある。
 そこを理解して甘えさせてやれば大人しくなるのだが……
 そう考えていると、整備された道が途切れたのか、馬車の揺れが激しくなった。
 ガタガタと足場の悪い道が続くのか、乗り心地が最悪な状態になり辟易していると、ノエルがのそりと体を起こす。

「うー……揺れて眠れないー……ベオー……揺れるよぅ」
「仕方あるまい」
「揺れるのは嫌だから、んーと……えーと……確か、空気でクッションを作ると、衝撃を伝えないってルナが言ってたし……こういうことかなぁ」

 ノエルの額にある宝石が緑色に輝いたかと思うと、座面にふわりと風が吹き込む。そして、目に見えない何かが腰の下を包み込んだ。
 何とも言えない柔らかさは快適で、揺れを全く感じさせない。
 マテオさんやラルムにも同じ力を施したようで、ノエルは小首を傾げて無邪気に尋ねてくる。

「どうー? これで揺れないー?」
「すごいな……ノエル」
「え? 前にルナが教えてくれたんだよー? 覚えていないの? 地面にお尻を付けて座っていると冷えるからーってベオがルナを抱えていたら、そういう物を作ればいいんだーって言ってたよ?」

 ボクが大きくなって二人を抱えるっていう案もあったけどー! と、笑って教えてくれたのだが全く覚えていない。
 だが、ノエルが話す私たちは仲が良い兄妹のようで……とても心があたたまる。

「恋人ではなく……兄妹のよう……ですね」

 聞こえた声に視線を向けると、感情が読み取れない表情をしたラルムが此方を凝視していた。
 探るような目では無く、純粋に驚いているようだ。

「私は彼女を妹のように思っている……とても大切な妹なのだ……」
「妹……」
「無事でいてくれたら良い。辛い思いをしていなければ良い。どうか……幸せであってくれと願う」

 私の言葉は、彼にどう響いたのだろうか。
 全く心を持たない者ではないとわかっているから、嘘偽り無い気持ちを語って聞かせた。
 もし、心ない者であれば、疫病に冒された村の話を聞いて、ここまで顔色を悪くして心配をしないだろう。

「俺……いや、私も……村に弟が……年の離れた弟がいるので、その気持ちは痛いほどわかります。ピスタは……とても貧しい村なので……疫病などが流行ってしまったら……医者に診せることもできません」
「だから、心配なのだな」
「はい……」

 これはマテオさんのおかげだろうと思う。
 何気ない会話で彼の警戒心を解いていてくれたから、彼は自分の心に引っかかる言葉を皮切りに、正直な気持ちを教えてくれたのだ。
 彼がルナティエラ嬢にしたことは許せるものではない。
 だが、彼には彼の背負う何かがあったのかもしれないという考えに至り、何故かアルバーノを思い出す。
 ルナティエラ嬢についていた侍女は心底楽しんでいたが、この男はどうだっただろうか。
 本心を隠し、おどけた様子で行動しているようにも見えたし、本来なら無くなった【黄昏の紅華】を探さなければならなかったはずなのに『本業が忙しくなる』と言い、放置して消えてしまった。
 彼の本心はどこにあるのだろう――
 それを知ることが、この騒動を解決する鍵になるかも知れないと考え、私は己の中に息づく怒りへ、ソッと蓋をした。


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