黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

20.きっと、それは10年も20年も先になる話では無い

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 ユグドラシルが指し示した方角とイメージをシッカリと頭にたたき込み、暫くの休息を得た後、ゆっくりと目を覚ます。
 私の枕元には、いつものようにノエルがいて、そのノエルが抱え込むように、小さく丸い毛玉を抱えているのを見つけて軽く眩暈を覚えた。
 どうやら、朝からやってきたらしい。
 もぞもぞと動く真白を見ていると、目を覚ましたらしい小鳥は、周囲を見渡すように頭を上げた。
 その頭にある冠羽の色は、何故か紫紺色……つまり、真白では無く紫黒が来たのか?
 話が違うような気がする上に、真白はどこへ行ったのだろうかという疑問が浮かぶ。
 あのじゃじゃ馬が、大人しくしているはずもない。
 嫌な予感を覚えて紫黒を見つめていたら視線が合い「何故ベオルフが……」と呟いたかと思えば、慌てた様子で何かを確認し始めた。

「やはり……真白に頼んだのが間違いだった! あの馬鹿……やらかしたな!」

 紫黒が口調を荒らげて忙しそうに翼を動かし、何かを探し始めたようだということはわかったが、口を挟んでも良い状況なのかどうかもわからないので見守っていると、不意に主神オーディナルの声が聞こえた。

『真白が……いなくなったのか?』
「どうやら、そのようです」
『……ま、真白っ! どこだっ!?』

 主神オーディナルの力が四方へ飛び散るように広がっていく。
 これはいけないと、慌てて主神オーディナルの腕を掴む。

「いけません。そんな力の使い方をしたら、奴らにバレて面倒なことになります」
『しかし……真白が……真白がどこかへ……きっと寂しくて泣いているはずだ。早く探してやらねば!』

 いや、絶対にそんなタマではない。「ここはどこーっ!?」と大騒ぎはするだろうが、泣くようなタイプではないと断言できる。
 むしろ、自分でわからない場所へ来たと思ったら大人しくしていれば良いのに、どこかへフラフラと移動しそうで……そちらの方が心配だ。
 そういうところがルナティエラ嬢と似ていて、タチが悪い。

「主神オーディナル、落ち着いてください。真白は強い子ですから、泣いたりせずに暴れていないか心配する方が先決かと……」
『え? あ、暴れ……? いや、そんなはずはない。あの子たちと似た、繊細な子なのだから、きっと寂しがって……心細くなっているはずだ』

 色々な物を通して見ているのだろうか。
 あの真白が、そんな性格に見えたのなら、主神オーディナルの目はどうなっているのか心配になってしまう。
 飛ぶより弾けることを得意とする鳥類で、元気いっぱいな上に少々我が儘なところもある。
 まあ、子供だから仕方が無いし無邪気なのは認めるが、心細くて震えるタイプではない。
 どこへ行っても、目的を忘れて何かに戯れ付いていそうだと考えながらも、主神オーディナルの心中穏やかでは無いようだ。
 初対面の私へしていたように、主神オーディナルにも分厚すぎる猫をかぶっていた可能性があるため、そういう判断になったのかも知れないと半ば無理矢理に結論づけ、今にも部屋を飛び出していきそうな主神オーディナルを止める。

「紫黒がここに居るのですから、少し状況を整理してから動いても良いと思われます」
『し、しかし……』
「とりあえず、話を聞きましょう父上。落ち着いてください」

 そう言って、慌てた様子で姿を見せたのは時空神であった。
 彼が此方へ来るとは……それほど、主神オーディナルの様子が変だと感じたのか、力が乱れたのか……
 ハルキのところへ帰ることも、ルナティエラ嬢の方へ行くことも出来ず、少し疲れた様子を見せる時空神に、心底同情してしまった。

「わかっているが……」

 とうとう主神オーディナルまで姿を現してベッドに腰掛け、何かを探っている紫黒の近くで項垂れる。
 主神オーディナルにとって、それだけ鳳凰という存在は言葉に出来ないほど大切であったのだと痛感した。
 息子に宥められても落ち着きを取り戻さない主神オーディナルは、普段から考えられないほど冷静を欠いている。
 思わぬ弱点を作ってしまったと思わなくも無いが、それが主神オーディナルらしいと感じてしまう私は甘いのだろうか。
 本当は誰よりも心優しく、己の身を削ることも厭わないような神なのだ。
 一部、人には理解出来ないような残忍性を見せるが、それはあくまでも人間からの視点であり、管理者という立場から考えれば不自然では無いのかもしれない。
 まあ、私は人間なので、イマイチわからないがな……

「ダメだ、色々な座標を転々としているみたいで、行方が掴めない……」
「その座標を全部教えてくれる? 俺が行ってくるよ」
「しかし……」
「大丈夫。そのための時空神だよ」
「申し訳ない……」
「よしよし、大丈夫だからね。そのかわり、父上を頼むよ」
「わかった……ありがとう」
「紫黒は良い子だね。じゃあ、ベオルフ、あとはお願いするね」

 少し心配だけど……と呟く時空神がいらぬ心配で心を痛めないように、力強く頷いて見せる。
 すると、それを理解してくれたのか彼は柔らかく微笑んでから姿を消した。

「主神オーディナル、時空神が調査に向かってくれましたから、大丈夫です」
「心配ない。アレに何かあったら、私にはわかる。今は無事だ」

 ちょんちょんと項垂れる主神オーディナルの膝上に乗った紫黒に、弱々しい笑みを浮かべて見せ「そうだな」と小さな声で呟いた。
 いかん……かなり重症だ。
 ここで、私は寝転けているノエルを揺さぶり起こし、「ふにゃ? なにぃ? 朝ご飯~?」なとど、暢気なことを言っている体を問答無用で抱き上げて、主神オーディナルの膝上に乗せた。

「どうしたの~? うわぁ……紫黒がいるー。こっちにきたのー?」
「うむ。どこぞの馬鹿がやらかしたせいで、私が此方へ来てしまった」
「そうなんだっ! 大変だねー……でも、心強いかも! よろしくねーっ!」
「よろしく頼む」

 暢気に主神オーディナルの膝上で会話を交わす神獣が二体……
 その和やかな雰囲気で幾分落ち着きを取り戻したのか、主神オーディナルは表情を和らげた。
 やはり、こういうときにはノエルだという判断に間違いは無かったようである。
 ノエルと紫黒に癒やされながら、平常心を取り戻した主神オーディナルには、伝えなければならないことがあった。

「主神オーディナル……ここより南西にある、風の渓谷……ピスタ村はご存じですか?」
「ピスタ……ああ、知っている。小さくて貧しい村だが、人が善く、みんな精一杯に生きている場所だな。あそこの風は心地良く、風車が建ち並んでいたはずだ」

 ユグドラシルが見せたイメージ通りのようだと確信し、ユグドラシルとの会話を主神オーディナルへ報告すると、かの神は渋い表情をしてから信じられんと呟く。

「あの村に【黄昏の紅華】があるというのか……?」
「それを確認しようと思います」
「……そうだな。出来るだけ早く確認した方が良いだろう。ユグドラシルが直接言ってくるということは……大至急調査が必要だと言う案件だ」

 さすがにユグドラシルの補佐をしていただけはある。
 どれだけ重要な情報で、急がなければならないのかを理解している……とはいえ、そういう急ぎの案件を持ってこないで欲しいというのが本音だが、ルナティエラ嬢の事もあるから、そうも言っていられない。
 人が善い村人――主神オーディナルが言うのなら、間違いは無いだろう。
 だったら、何故そんな危険な物と関わっているのか……
 おそらく、村の人々は【黄昏の紅華】の詳しい効果を知らないのだろう。
 つまり……村人を使って、よからぬ事を企む者たちがいるということだ。
 村人に怪しまれず、それを調査する……ルナティエラ嬢にかけられた嫌疑を晴らすという目的から逸れて随分遠くへ来てしまったような気もするが、全ては彼女につながり、我が物にせんと暗躍する深淵のように深い闇へ繋がっていく。
 なんとも不思議な感覚だ。
 まるで、初めからそうなるように道が敷かれていたのでは無いかとさえ思える。
 ユグドラシルの導きか……
 それとも、何かの因果なのかはわからないが、引力のような物を感じた。
 いつかは引き寄せられ、深淵の縁に立ち、その深い闇と対峙する。
 今では無いが、いつか……
 きっと、それは10年も20年も先になる話では無い。
 そんな漠然とした予感を胸に、やっておかなければならない課題や準備が山積みだと溜め息をつき、いつものように朝日に彩られて様々な色を織りなす空を見つめた。

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