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狭間の村と風の渓谷へ
17.過去への干渉だよね……
しおりを挟む紫黒と真白、そして主神オーディナルが戯れている姿を和やかな気持ちで眺めていると、隣から物言いたげな視線が突き刺さることに気づく。
だいたい予想はしているが、チラリと視線をやって問いかけてみた。
すると、案の定「戻ってしまった」と残念そうに唇を尖らせる姿は可愛らしいのだが、その恨めしそうな視線は辞めて欲しい物である。
恨めしいのは此方の方だ。
あんな姿をずっと晒していたのだから、これくらいで勘弁して欲しい。
それに、あんな状態のルナティエラ嬢を放置するわけにもいかなかったし、落ち着けるためには私が何とかするしかなかったのだ。
そこは理解しているのか、彼女は何も言わなかった。
しかし……普段の私よりも、あの姿が良いのか……
心の中で呟いた言葉に、意外とダメージを受けてしまう。
い、いや……そうではないだろうが……面白くないのは確かなことだ。
安心させるために包み込むことが出来る、守ってやれる体ではなく、あんなに小さくて頼りない方が好きだと言われたら、少しは傷つくというものである。
「そんなに気に入ったのか? まあ、ゴツイ体を見ているよりも和めるのだろうが……」
思わず零れ落ちた言葉には、いつもと違う響きが混じっていて――そこから何かを感じたのか、ルナティエラ嬢は黄金の瞳を不思議そうに瞬かせたあと可愛らしく小首を傾げて見せた。
「体が大きければ大きいで、違う安心感もありますよ? 不安な時に大きな体でぎゅーってしてくれたら、とっても安心します。今だって、それだから笑っていられるのですもの」
「そうか?」
「いつものベオルフ様も、可愛らしいエナガ姿のベオルフ様も大好きです」
その言葉だけで心が軽くなったような感覚を覚え、素直に「みっともないと思った」と告げると、彼女は全力否定してくれた。
しかも、「一番の癒やし」だとも言ってくれたのである。
ま……まあ、そこまで言われたら悪い気はしない。
しかし、あの頼りない姿だと有事の際には守ることが出来ないので、こういう安全区域限定にして欲しいと切に願う。
そんな私たちのやり取りに興味を覚えたのか、真白が此方を凝視しているのだが、関わったら面倒なので無視を決め込んでいた。
視線で穴が空きそうだと感じるくらいなのだから、ルナティエラ嬢が気づかないはずが無い。
いいのですか? と問うような視線を投げかけてくるが、触れたらいけないのだ。
アレは面倒だからスルーに限る。
だいたい、主神オーディナルと戯れていれば良いものを、何故此方へ興味を示すのか謎だ。
主神オーディナルと仲良くしていろと心で呟き、ルナティエラ嬢にも気にしないように促そうとしたところで、我慢の限界だったのか真白から「むー」という不満げな声が漏れた。
そうなったら次はどういう行動を起こすか理解している私は、ヤレヤレと溜め息をついて視線を真白へ移した。
「そこから飛ぶな。お前の飛行は危なっかしいからな」
「ちゃんと飛んでるもんっ」
「ほー?」
「この華麗な羽ばたきを見よ!」
そう言って主神オーディナルの肩から飛び立った真白は、これまでと変わらない千鳥足のような飛行を皆の前で披露してくれた。
変わっていないが?
いつもの千鳥足飛行だが?
むしろ、今の方が危うくないか?
そんな感想や疑問を飲み込みながら腕を伸ばしてキャッチすると、得意げに真白は言い放つ。
「ちゃんと飛べたでしょ?」
「お前は鳥類というものを、一から勉強し直した方が良さそうだな」
「酷い!」
最初に出会った頃にかぶっていた猫をかぶり直せば良いのに……
まあ、逃げ出した猫は戻ってこないだろうが、多少はマシにはなるのではないか?
私の視線から色々感じ取ったのか、真白は目の前でぽんぽんに膨らんでプリプリ怒っている。
そして、此方を興味深そうに見つめていたルナティエラ嬢を見て、ぱぁっと表情を明るくさせた。
「良かったー。元気になってる! さっきまで死にそうになってたから、心配してたんだぁ」
「さっきまで?」
「真白……」
さすがの失言に呆れ果ててしまったが、真白もこれはマズイと感じたのだろう。
小さく飛び上がって首をすくめている。
その仕草が愛らしかったのか、ルナティエラ嬢は上機嫌で真白を撫でて頬を寄せた。
それほどまでに、小さくてもふもふしたものが好きなのか。
今度そういう物を見つけたら、土産として買ってきても良いか……と考えていたら、真白もルナティエラ嬢に抱きつきながら小さな声で呟く。
「ルナは、あったかくてふわふわで良い香りがするの。ママがいたら、こんな感じなのかなぁ」
その言葉に深い孤独を感じ、先ほどまで泣いていた姿を思い出して何とも言えない気持ちになる。
孤独に頑張り続けてきた真白と紫黒だ。
これからは、少しずつでもこの孤独が埋まっていけば良い。
主神オーディナルが側に居るのだから、難しい話では無いだろう。
「そう感じて貰えたら嬉しいです」
「えへへ……ルナは優しいから好きー! ベオルフは意地悪だからキライ」
「駄目ですよ? キライなんて言葉は、軽々しく使う物ではありません。ベオルフ様は無視しているように見せかけて、ちゃーんと見てくれていますからね?」
「……うん、知ってる。キライって言ってゴメンナサイ」
ルナティエラ嬢に諭された真白は、素直に頭を下げて謝罪する。
こういうところが素直で良い子だと感じた。
「気にしていない。本心では無いのはすぐにわかる。お前はルナティエラ嬢に似ているからな」
「あれ? 私はベオルフ様に嫌いだなんて言った覚えはありませんが……?」
「小さい頃は言っていた」
「記憶にございません」
「都合の良いことだ」
「本当に記憶にございません」
「思い出したら教えてくれ。その時は『ほらな?』と言ってやろう」
「もうっ!」
ペチペチ叩いてくる彼女を見つめながら、幼い日の出来事を少しだけ思い出す。
些細なことで機嫌を損ねて「そういう意地悪なことを言うベオルフ様はキライです」という彼女は、言ってから気まずそうに体を揺らし、パッと此方を見て「嘘です、キライじゃ無いです、好きですーっ」と抱きついてくるのだ。
知っていると頭を撫でてあやし、暫く離れない。
それを主神オーディナルとノエルが呆れたように見つめ、笑うのだ。
優しく幸せな時間であった。
今からは考えられないくらい平和で、平穏な日々――
そこから出ることを望んだ私たちの決断は間違いでは無かったのだと、日々感じている。
何故そう考えたのか、どうしてそうしなければならなかったのか明確に思い出すことは出来ないが、心が――魂が感じているのだ。
私とルナティエラ嬢が決断したことにより、破滅へ向かうしか無かった世界は徐々に変化しはじめている。
それを、まだ悟られてはいけない。
魂の内側から、そんな声が聞こえた気がした……
「ベオルフ。紫黒の報告は本当か?」
主神オーディナルの言葉で現実に引き戻された私は、声がした方へ視線を向けると時空神が神妙な面持ちで此方を見ていた。
「過去への干渉だよね……」
「過去への干渉?」
「本当です。先ほどまで意識が無かったのは、紫黒と真白に連れられ、過去へ赴いていたからです」
「過去?」
時空神の言葉を肯定していると、ルナティエラ嬢は話が読めずに首を傾げて問いかけるように言葉を繰り返す。
そんなルナティエラ嬢に真白が丁寧な説明をしはじめ、当時を思い出して苦しみはしないかと心配しつつも、その様子を見守った。
「ねーねー、ルナ。秋の収穫祭くらいに変な物を食べなかった? お茶をすすめられたり、変な食べ物を持ってこられたり……」
真白の言葉を聞きながら過去の記憶を辿り始めた彼女の顔色は若干優れない。
やはり、良い記憶では無いので苦しいのだろう。
しかし、思いのほかシッカリした声で彼女は語り出す。
「侍女が珍しく、温かな食事を運んできてくれたことがありました。それを食べた翌日に体調を崩して……確か、お茶も勧められたような……そちらは手をつけなかったので、機嫌を損ねてしまいました」
「えー、何ソレ! 冷めた食事しか持ってこないとか最悪じゃないかーっ」
ルナティエラ嬢の言葉を聞いて怒りだしたノエルを時空神が抱え、時空神は主神オーディナルの言葉を待つ。
主神オーディナルには、何がわかったのだろうか。
「なるほどな……その時に混入されたと考えて良いだろう。まさか、根絶させたと思っていたコレがまだ残っているとはな……」
「あの時、確かに絶滅したはずですよね」
「管理システムからも確認したが、【黄昏の紅華】の残量は0であったはずだ」
厳しい表情のまま此方へ歩いてきた主神オーディナルは、ルナティエラ嬢の額に指を置いてから何かを探るように力を注ぐのだが、何も引っかからなかったのか変化は無いように見える。
「……ふむ。ベオルフのおかげか、それとも僕の愛し子の体質か……いや、熱を出したというのなら、拒絶反応が起きていたのだろう。体質とベオルフのおかげで後遺症も無く完全除去出来たというところか」
「え、えっと……毒だったのでしょうか」
「毒よりも酷い中毒性のある物質で、人の体に害を及ぼす物だ。人だけでは無く神族にも影響を与え始めたので排除したのだ」
「麻薬に近いけれども、人には毒反応が出てから、それを乗り越えた人に極度の中毒性を発症するようだよ。神族には精神汚染と神力減退の症状が現れたという報告があるね」
麻薬という言葉に思わず顔をしかめてしまった。
ルナティエラ嬢は知らないかもしれないが、数年前にエスターテ王国より南にある小国で大流行した人を壊す薬のことだ。
中毒性も強く、人の精神を蝕み正常な思考力を奪う。
痛みにも鈍くなり、言われたとおりに動く兵士を作るため量産されたところを、エスターテ王国に叩かれて壊滅したと聞いている。
その時に多くの兵が死亡し、国力が低下したために我が国と同盟を強めようと考えたのでは無いかという話が出てきたくらいだ。
そんな一国を壊滅させるほど厄介な物と同等とは……あの女――絶対に許さん。
侍女の顔は覚えているし、怪しい動きをしていた男の顔もシッカリ記憶している。
黒狼の主……ハティの方へ与したことを死ぬほど後悔させてやろうと心に誓い、拳の色が変わるほど力を込めた。
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